【お題フェス11手】さすらいのナイスガイ~流れの風来坊~

八木崎

クールで粋なナイスガイ



「ここが、次の町かぁ……」


 川のせせらぎに耳をすませながら、散り掛けの桜の木が並ぶ堤防沿いをゆっくり歩いていく。

 俺の名前は流翔馬ながれ しょうま。重いリュックを背に、各地を旅する流浪人るろうにんである。

 空は雲ひとつない晴天。気温も春の陽気が暖かくて心地いい。


 そんな中、一陣の風が通り過ぎていった。

 着ているコートと、首に巻く赤いスカーフが風に煽られて揺れる。

 テンガロンハットが飛んでいきそうになるのを手で押さえながら、ジッとその場でやり過ごす。


 すると、その風に運ばれるように桜の花びらが1枚、宙を舞った。

 飛んでいく花びらを眺めながら、俺はフッと笑う。


「……良い風だぜ。まるで、俺を歓迎しているようだ」


 ここに可愛い女の子がいれば、キャーッと黄色い悲鳴が上がっただろう。

 まさに粋でクールなナイスガイ。うむ、完全に決まった。

 新たな町にやって来た登場シーンとしては、百点満点と言えるぜ。


「さて、そんなことより……腹が減ったな」


 ぎゅるるる、と応えるように腹の虫が鳴く。

 実はここしばらく、まともなメシにありつけていない。

 確か、最後に食べたのは……昨日の昼だ。それも道端に生えていた、赤色のキノコ。

 とても綺麗な色をしていたけど、焼いて食ったら美味だった。

 しかし、キノコ1本では十分に腹は満たされないわけで。


「川で魚を釣って食べるのもいいが、それを待つほどの余裕は今の俺の腹には無い。一刻も早く、何かを食べたい」


 右手で腹を押さえつつ、俺はどこかに安い飯屋はないかと歩きながら探す。

 そしてしばらくすると、町の中心に位置する小さな商店街へと辿り着いた。

 少し寂れた感じの場所だが、ここなら何か、良い感じの店があるかもしれない。


 俺は物色するように辺りを見回しながら、商店街を歩く。

 途中、寿司屋とか焼肉屋とか見掛けたけど、俺の手持ちでは到底払えない。

 うーん、どうしたものか。このままだと、本当に飢え死にしてしまうぞ。

 俺のお腹がまた、空腹を訴えてきたその時だった。


「……お?」


 そこで目にしたのは、店先に吊るされた『ラーメン』という暖簾のれん

 店は年季の入った古びた外観だったが、中から漂ってくるいい匂いに、思わず惹かれてしまう。


「ラーメンか……。うん、いいな」


 こういう店なら、そこまで高くはないだろう。

 それに何より、この美味そうな匂いに抗えそうにない。

 さっそく俺は、意気揚々と店の扉を開ける。


「へい、らっしゃい!」


 店に入るなり、威勢のいい声が厨房から俺に向かって飛んでくる。

 着古したエプロンを付けた、背中が少し丸い白髪頭のおっちゃんだ。


 俺が店内を見渡すと、カウンター席が6つほど、テーブル席は4人掛けが3卓あった。

 こじんまりとした内装だが、どこか味のある雰囲気の落ち着いた場所だなと思った。

 ……ただ、客入りはゼロ。そこだけがちょっと不安ではあるが。


 俺は一番端のカウンター席に向かうと、リュックを足元に置き、テンガロンハットとコートを脱ぐ。

 席に座った瞬間、おっちゃんが水が入ったコップを出してくれた。


「兄ちゃん、何にする?」


「……ラーメン、ひとつ」


 机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持っていきながら答える。

 我ながら渋くカッコイイポーズだ。これにはおっちゃんも目を引いて――


「あいよ!」


 しかし、おっちゃんは短く返事をして、厨房へと引っ込んでいく。

 ……まあ、こういうこともあるさ。別に気にしてなんかいないさ。


「しっかし、あれだな兄ちゃん。そんなヘンテコな格好をして……旅人か何かかい?」


 調理中、おっちゃんがそんな風に話し掛けてきた。

 おっちゃんの言葉に、俺はフッと鼻で笑った。

 そして、わざとらしく肩をすくめながら答える。


「まあな。各地を渡り歩く、風来坊ってやつさ」


「ほぉ……」


 厨房から聞こえてきたのは、半信半疑といった調子の相槌だった。


「もしかして、あれかい? 今、流行りのゆーちゅーばーとかいうやつなのかい?」


「……いや、違う。動画投稿なんてしてない」


「じゃあ、何だって旅をしているんだ?」


「それは、そうだな――」


 俺はそう前置きを置いた上で、バッと立ち上がる。

 そして顎に手を当て、床に置いたリュックを踏み台にしてクールに決める。


「この俺を必要とする人間が、全国各地にいるからだ」


「…………」


 おっちゃんが沈黙したまま、俺のことを見ていた。


「だからこそ、俺は旅を続けているんだ。困っている誰かを手助けするべく、風が吹く方へ、気の向くままに。全国津々浦々ってな」


 よし、自分で言っておいて何だが、なかなか良い台詞だと思う。これはポイント高い。

 だが――


「ふーん、そうなんだな」


 ……反応、薄っ!

 おっちゃんはそれ以上深掘りするでもなく、黙々と調理を続けている。

 どうやら俺の言葉は、特に刺さらなかったらしい。


 ……まあいい。こういうのは、分かる人にだけ分かればいいものだ。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は席に座り直した。


「はいよ、お待ち!」


 そして丁度いいタイミングで、カウンター越しにドン、と音を立ててラーメンが置かれた。

 湯気の向こうに見えるのは、澄んだスープ。チャーシュー、メンマ、ナルト、刻みネギ。

 余計なものは何もない、昔ながらの一杯だ。


「おお!」


 昨日に食べた焼きキノコとは段違い。醤油と鶏ガラの香りが食欲を刺激する。

 たまらず俺は割り箸を手に取ると、「いただきます!」と告げ、すぐさまラーメンに食らいついた。


「……っ!」


 思わず、目を見開いた。あっさりしているのに、しっかりとコクがある。

 鶏ガラの旨味が舌にじんわりと広がり、後から醤油のキレが追いかけてくる。

 派手さはないが、気取らず、誤魔化しもない――そんな味だ。


「うまい……」


 久しぶりのまともな食事。それも相まって、更に美味しく感じる。

 夢中で麺を啜り、スープも全部飲み干して、俺はあっという間に完食してしまった。


「ごちそうさまでした!」


 手を合わせ、感謝の言葉を述べる。うん、実に美味しかった。

 こんな安らかな気分はいつぶりだろうか。


「兄ちゃん、随分と美味そうに食うねぇ。こんな若い奴は久しぶりだ」


 上機嫌に笑いながら、おっちゃんはそう言ってきた。


「それだけ美味かったからな。こんなに満足した食事は久々だぜ」


「そうかいそうかい。そいつは良かった」


 俺の言葉に嬉しそうに頷くおっちゃん。

 そして空になった丼をカウンターの上に置くと、俺はリュックから財布を取り出した。


「それで、いくらだ?」


「ラーメン1杯で、600円だ」


 うむ、凄く安い。あの美味さでこの値段。かなり良心的な価格だ。

 これなら俺の手持ちでも、問題なく払えて――


「……ん?」


 財布の中を覗き込み、俺はそのまま固まった。


 小銭入れの中。そこには百円玉が3枚と十円玉が2枚。合計320円。


「…………」


 念の為、財布を逆さにしてみる。

 カラカラ、と虚しい音を立てて、5枚の硬貨が転がり落ちただけだった。

 あ、あれ……? 俺の記憶では、もっとあったような……。


 冷や汗が肌を伝っていく。俺はゆっくりと顔を上げた。

 カウンターの向こうでは、おっちゃんが腕を組み、じっとこちらを見ている。

 その目は優しいが――誤魔化しは通じなさそうな目だった。


「兄ちゃん、もしかして……足りねぇのかい?」


 厳しく追及するような低い声。その声にビクッと体が震え上がる。

 さっきまでの和やかな空気は何処へやら。一転して、ピリッとした緊張感が走る。


「あー、そのー……」


 俺は視線を泳がせながら、どう返答すべきか言葉を探す。

 しかし、いくら考えたところで良案なんて出てこない。

 手持ちの金がこれしか無い以上、俺が取れる選択肢なんて1つだけだった。


「お、おっちゃん……」


「なんだい?」


「まずは、その……これを受け取ってくれ」


 そう言って俺はなけなしの全財産を丼の横に置いた。


「ほう、320円。それで、残りの280円は?」


「残りは、その……」


 俺はそう前置きした上で、一歩後ろに下がる。

 そして地面に膝をつき、額を床に擦り付けるようにして――


「不足分は働いて返します! だから、許してください!!」


 渾身の土下座でおっちゃんに懇願した。

 こうして、俺は足りない分の金額を補填する為、臨時のバイトとして働くことになったのだ。




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