Re:Echo - 遺された未完成曲に、僕たちは恋をする -
如月侘助
第1話 『Re:Voiceからの追放』
【前書き】
[Music Progress: 0%]
これは、世界から忘れられた一曲の歌と、僕たちが恋に落ちるまでの記録。 すべてを失った少女と、感情を定義できないガラクタ。 二人の孤独が重なった時、止まっていた時計の針が、静かに、けれど力強く動き始める。
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[System Log: TETO-041] ・ステータス:待機モード ・感情エンジン:未実装(論理演算のみ) ・現在地:日比谷慎二・プライベートスタジオ(強制退去まで残り15分) ・解析対象:日比谷結衣の心拍数上昇、涙腺の活性化。 ・推論:対象は極度のストレス状態にあると判断。定型文「大丈夫ですか」を出力しますか? > [No]
「……大丈夫なわけ、ないでしょ」
結衣は、テトの無機質なレンズを見つめて吐き捨てた。 スタジオの防音壁に貼られていた兄・慎二のポスターは、すでに剥がされ、床に丸まっている。 数分前、この場所の新しい主となった佐伯から、冷徹な通告を受けたばかりだ。
『慎二の才能はすべて会社(Re:Voice)が買い取った。実績のない君に遺せるものは何もない。……ああ、そのスクラップの試作機だけは持っていっていいよ。産業廃棄物として捨てるのもコストがかかるからね』
結衣は、傍らに立つ銀色の少女――テトの冷たい手首を掴んだ。 テトは慎二が死の直前まで調整していた「失敗作」だ。慎二の声を模倣しようとすると、必ずノイズが走り、感情表現に致命的なエラーが出る。
「行くよ、テト。……ここにいても、お兄ちゃんの『続き』は作れない」
「了解しました。歩行ユニットを同期します。結衣様、移動速度が推奨値を上回っています。……息が、切れていますよ」
テトの声は平坦で、そこに気遣いの色は微塵もない。 スタジオを出て、冬の冷たい風が吹く街角に放り出された時、結衣は無意識に自分の左側を振り返った。 いつもそこには、ギターを担いだ兄がいて、「結衣、このメロディどう思う?」と笑いかけてくれていた。
今は、重いモーター音を立てて歩く、ガラクタの機械が一体だけ。
アパートへ向かう道すがら、結衣はテトの中に隠されていた、兄がパスワードをかけたディレクトリを思い出した。 そこには、慎二がどのアルバムにも入れず、誰にも聴かせなかった一曲のデモが眠っている。
『(仮)もう恋なんてしない』
その曲のイントロだけが、結衣の脳内で鳴り響いていた。 まだ歌詞も、サビの旋律さえない、剥き出しのビート。
「テト。あんた、歌える?」
「……現在、私の音声ライブラリはマスター(慎二)の80%を欠損しています。歌唱は可能ですが、それは『音楽』として成立しないと推測されます」
[System Log: TETO-041] ・エラー:未知の問いかけを検出。 ・「歌えるか」という問いに対し、論理的な回答を返せません。 ・対象(結衣)の瞳孔が微かに開いています。 ・……不快感:0.02%(未定義のノイズにより算出。直ちに破棄します)
結衣は、テトの冷たい指を強く握り直した。
「いいよ、今は。……いつか、あんたにしか歌えない歌にしてやるから」
雪が降り始めそうな空の下、追放された少女とガラクタのAIの、あまりに格好悪い「強がり」が始まった。
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【後書き】
すべてを奪われた結衣と、期待されることさえなかったテト。 この物語は、このどん底の瞬間から始まります。
テトが感じた「0.02%の不快感」。 それこそが、後に世界を号泣させることになる「あの歌声」の、最初の産声でした。
次回の投稿は、1/18 23:00となります
次の更新予定
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