第5話
翌朝。
嫌な予感と共に目覚めた俺の勘は、最悪の形で的中した。
「……なんだこれ」
千代田学園の正門前。
普段なら遅刻ギリギリの生徒が走っているだけの場所に、黒山の人だかりができていた。
ウチの生徒だけじゃない。他校の制服や、スマホを構えた私服の野次馬まで混ざっている。
「おい、来たぞ! あれが天堂ヤマトだ!」
「マジで? あんなモブ顔が?」
「レイラ様を誑かした底辺ってこいつかよ」
俺が姿を現した瞬間、数百の視線が一斉に突き刺さった。
殺意、嫉妬、好奇心。
混じり合った負の感情が、物理的な圧力となって押し寄せてくる。
やっぱりバレてる。
昨日の掲示板、『特定班』の仕事が早すぎるだろ。
「退(ど)け」
その時、人垣を割るようにして、低い声が響いた。
野次馬たちが、まるでモーゼの海割れのように左右へ避けていく。
その中心を、悠然と歩いてくる男がいた。
整えられた金髪に、ブランド物の制服。
腰には、S級探索者の証であるプラチナのタグが揺れている。
御堂(みどう)カズヤ。
国内最大手のクラン『金色の獅子』の御曹司であり、学園でもトップクラスの実力者だ。
「貴様が、天堂ヤマトか」
御堂は俺の目の前で立ち止まると、値踏みするように鼻を鳴らした。
「ふん。魔力反応なし、覇気もなし。見るからに貧相な雑魚だな。こんなFランクのゴミが、あの動画の男だとは笑わせる」
「……俺に何か用か、御堂」
「口の利き方に気をつけろ、底辺」
御堂の目が細められ、鋭い殺気が放たれる。
周囲の生徒たちが「ひっ」と悲鳴を上げて後退るほどのプレッシャーだ。
「単刀直入に言おう。レイラ様から手を引け」
「は?」
「貴様のような地を這う虫ケラが、空を舞う高貴な白鳥に関わっていい道理はない。あの配信も、何か汚い手を使って彼女を洗脳したのだろう? スキル【家事】? 下らない。男なら剣で語れ」
御堂は一歩踏み出し、俺の胸ぐらを掴み上げようと手を伸ばした。
「身の程を知れ。彼女は近い将来、この俺の妻となる女性だ。貴様のようなゴミが触れていい相手では――」
バシィッ!!
乾いた音が響き、御堂の手が弾かれた。
俺が払ったのではない。
横から割り込んだ、白銀の影によるものだ。
「――私の旦那様に、何をする気ですか?」
氷点下の声。
神崎レイラが、俺と御堂の間に立ちはだかっていた。
その瞳は、昨日俺に見せた甘いものとは正反対の、絶対零度の冷たさを湛えている。
「レ、レイラ様……?」
「おはようございます、ヤマトさん。怪我はありませんか?」
レイラは御堂を無視して振り返ると、俺の腕にぎゅっとしがみついた。
柔らかい感触と、いつもの甘い匂い。
さっきまでの殺伐とした空気が嘘のように、彼女の周りだけお花畑が展開される。
「あ、ああ。大丈夫だけど……」
「よかった。虫が飛んでいたので、払っておきました」
「虫……っ!?」
御堂の顔が屈辱で真っ赤に染まる。
S級探索者である自分が、Fランク如きのために「虫」扱いされたのだ。プライドの高い彼には耐え難い侮辱だろう。
「レイラ様! 目を覚ましてください! そいつはただのFランクです! 貴女に相応しいのは、同じS級であるこの僕だ!」
「御堂さん。ランクなど飾りです。ヤマトさんの料理の腕前は、貴方の剣技の100倍は価値があります」
「りょ、料理だと……っ!?」
レイラの言葉に、御堂の中で何かが切れた音がした。
「ふざけるな……料理だと? 探索者が料理ごときにうつつを抜かしてどうする! 強さこそが全てだ!」
御堂は憎悪に満ちた目で俺を睨みつけた。
「天堂ヤマト! 貴様に決闘を申し込む!」
「えぇ……」
「来週の『ダンジョン実習』だ! そこで僕とどちらが多くの成果を上げられるか勝負しろ! もし僕が勝ったら、レイラ様の前から永遠に消えろ!」
「いや、勝手に条件決められても」
「逃げるのか? 腰抜けめ!」
俺がため息をつこうとした瞬間、腕の中のレイラがニヤリと笑った。
「いいですよ。受けましょう」
「えっ、神崎さん?」
「ただし、もしヤマトさんが勝ったら、今後一切私たちに関わらないでください。……いいですね?」
売られた喧嘩を、なぜか彼女が買ってしまった。
御堂は勝利を確信したように、歪んだ笑みを浮かべる。
「いいだろう。後悔するなよ、ゴミ屑が。来週、ダンジョンの床を舐めさせてやる」
捨て台詞を残し、御堂は取り巻きを引き連れて去っていった。
残されたのは、再びざわめき出した野次馬たちと、頭を抱える俺。
そして。
「ふふっ、楽しみですねヤマトさん。彼をボコボコにしてやりましょう(ハート)」
やる気満々の、最強の嫁(予定)だけだった。
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