底辺配信者の俺、ダンジョンでS級美少女(国民的アイドル)のお弁当を作ったら、なぜか「旦那様」と呼ばれてバズり散らかしている件 〜戦闘力ゼロの【家事スキル】が、実はダンジョン最深部で最強でした〜
kuni
第1話
「――はい、というわけでね。今日も今日とて同接はゼロですけど、めげずにやっていきたいと思います」
ダンジョンの薄暗い岩壁に、俺の虚しい独り言が反響する。
宙に浮いたドローンカメラに向かって愛想笑いを浮かべるが、手元のタブレットに表示された視聴者数は、残酷なまでに『0』のまま動かない。
「えー、現在の場所は『千代田ダンジョン』の深層、地下30階層のセーフティエリアです。いやあ、ここまで来るのしんどかったなー」
俺の名前は、天堂(てんどう)ヤマト。
しがないFランク探索者であり、底辺ダンジョン配信者だ。
探索者としての才能はからっきし。剣も振れなきゃ魔法も撃てない。
持っているのは、ダンジョン探索には1ミリも役に立たない外れユニークスキル、【家事】だけ。
じゃあなんでこんな深層にいるのかって?
単純な話、ここじゃないと手に入らない『食材』があるからだ。
「よし、そろそろいい感じかな」
俺はカメラのことなど半分忘れ、目の前の『鍋』に集中した。
携帯コンロの上でコトコトと音を立てているのは、愛用の寸胴鍋。
中身は、さっき道中で拾った(・・・・・・・)Sランクモンスター、『レッドボア』のバラ肉だ。
醤油と酒、そしてダンジョン産の希少な蜜糖でじっくりと煮込んだ角煮。
飴色に輝く脂身が、プルプルと震えている。
「うん、レッドボアの肉は下処理さえ間違えなきゃ、最高に柔らかくなるんだよな……」
蓋を開けた瞬間、爆発的な湯気と共に、甘辛い濃厚な香りがセーフティエリアに充満した。
これだけで白飯が3杯はいける暴力的な香りだ。
「よし、完成。……誰も見てないけど、いただきまー」
箸を伸ばそうとした、その時だった。
ズリ、ズリ……ッ。
通路の奥から、何かを引きずるような音が聞こえた。
魔物か?
俺は慌てて鍋を背に隠し、身構える。ここは安全地帯のはずだが、イレギュラーはつきものだ。
暗闇からふらりと現れたのは、魔物ではなかった。
「……は、ぁ……はぁ……」
長い銀髪は泥と埃にまみれ、美しい顔立ちには血の跡がついている。
純白だったはずの軽装鎧はボロボロに裂け、所々から白い肌が覗いていた。
その姿を見て、俺は息を呑んだ。
見間違えるはずがない。
街中の広告、テレビ、雑誌、どこを見ても載っている『彼女』だ。
「か、神崎(かんざき)レイラ……!?」
日本最強と謳われるS級探索者にして、国民的アイドル。
常に冷徹なまでに完璧な立ち振る舞いから、『氷の令嬢』と呼ばれる高嶺の花。
そんな雲の上の存在が、なぜか今、俺の目の前で幽霊みたいに揺れている。
「……いい、匂い……」
彼女の虚ろな瞳が、俺……の背後にある鍋に固定された。
「え?」
「お腹……すい、た……」
ぐうううううううううううううゅ!!
セーフティエリアの静寂を切り裂く、雷鳴のような腹の虫。
クールビューティーの代名詞である彼女からは想像もつかない、情けない音だった。
直後、彼女の膝がガクリと折れる。
「っと、危ない!」
俺は慌てて駆け寄り、倒れ込む彼女の体を支えた。
軽い。S級探索者とは思えないほど、華奢な体つきだ。
だが、ひどい状態だった。
服は魔物の返り血と泥でゴワゴワになっており、これでは傷の手当てもできないし、何より不衛生すぎる。
「……う、うう……汚い、ですよね……私……」
薄く目を開けたレイラが、恥ずかしそうに身を縮こまらせる。
潔癖症だという噂は聞いたことがある。この汚れは、彼女にとって地獄だろう。
「大丈夫です、じっとしてて」
俺は彼女の体に手をかざし、念じた。
発動するのは、俺の数少ないスキルのひとつ。
「――スキル、【洗濯】」
シュワンッ!
心地よい音と共に、淡い光がレイラを包み込む。
一瞬の後。
彼女の鎧や衣服にこびりついていた泥、血、汗、埃汚れが、跡形もなく消滅した。
まるでクリーニングから戻ってきたばかりのように、ふわりと柔軟剤の香りが漂う。
「え……?」
レイラが目を見開き、自分の袖口を見る。
新品同様になった衣服。ついでに髪の汚れも落ちて、サラサラの銀髪が復活している。
「あ、あの……今、なにを……魔法?」
「いえ、ただの家事スキルです。それより、お腹空いてるんですよね?」
俺は彼女を岩場に座らせると、鍋から熱々の角煮を取り出し、タッパーに盛ったご飯の上に乗せた。
煮汁が染み込んだご飯の上に、箸で切れるほど柔らかい肉の塊。
最強の『角煮丼』だ。
「ほら、熱いから気をつけて」
差し出すと、レイラの手が震えていた。極限状態すぎて、箸を持つのも辛そうだ。
仕方ない。
「……失礼しますね」
俺は肉とご飯を箸で摘み、ふーふー、と息を吹きかけてから、彼女の口元へ運んだ。
いわゆる、その、『あーん』というやつだ。
レイラは一瞬、驚いたように目を瞬かせたが、本能には抗えなかったらしい。
小さく綺麗な口が、ぱくりと開く。
「ん……」
彼女が、肉を噛み締めた瞬間だった。
「――っ!!」
カッ、と彼女の瞳が見開かれる。
次の瞬間、あの『氷の令嬢』の瞳から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「おい、しい……っ! なにこれ、おいしい……!」
「よかった。レッドボアの肉、クセがあるから心配だったんですけど」
「柔らかい……噛まなくても溶けちゃう……あったかい……」
彼女は俺の手首をぎゅっと掴み、身を乗り出して次のひとくちをねだった。
まるで餌を待つ雛鳥だ。
クールで冷徹? どこがだ。今の彼女は、ただの腹ペコな美少女にしか見えない。
「ダンジョンで、こんな温かいご飯……初めて……」
「え、いつも何食べてるんですか?」
「……高カロリーゼリーと、固形バー……」
「うわぁ……」
それは心も荒むはずだ。
俺は甲斐甲斐しく、彼女が満腹になるまで角煮丼を食べさせ続けた。
三杯おかわりをした頃には、彼女の顔色はすっかり良くなり、頬は幸せそうな桜色に染まっていた。
「ふあ……」
満腹になった安心感からか、レイラが小さく欠伸をする。
「ごめんなさい……なんだか、急に眠気が……あなたの匂い、すごく落ち着く……」
「あー、洗濯したての服ですからね」
「んぅ……おやすみ、なさい……」
コテン。
レイラは無防備にも、俺の肩に頭を預けて眠ってしまった。
規則正しい寝息が、耳元で聞こえる。
銀色の髪が頬をくすぐり、甘い香りが鼻孔を突く。
「……マジかよ」
俺は天を仰いだ。
あの神崎レイラを拾って、餌付けして、今、肩枕で寝かせている。
これ、夢なら覚めないでほしい。
Fランク探索者として泥水を啜り続けてきた人生だったけど、今日ですべてが報われた気がする。
「さてと、そろそろ配信切って、彼女を地上まで送らないとな」
俺は幸福感に浸りながら、放置していたタブレットを手に取った。
どうせ視聴者はゼロだ。アーカイブも残さず、こっそり終了ボタンを押して――。
画面を見た瞬間、俺の思考は凍りついた。
**『同接:125,890人』**
「は?」
数字の桁がおかしい。
故障か? いや、それにしては……。
画面の右側、コメント欄が、とんでもない速度で流れていた。
まるで滝だ。文字が速すぎて読めない。
『うおおおおおおおおおお!!』
『レイラたんの寝顔キタァァァァァァッ!!』
『おい誰だこの男!? そこ代われ!!』
『氷の令嬢がデレたぞ! 歴史的瞬間だぞこれ!』
『めっちゃ美味そうに食うじゃん……可愛すぎかよ』
『スパダリすぎるwww』
『家事スキルってあんな一瞬で汚れ落ちるの!?』
『結婚しろ』
『もうしてるだろこの雰囲気』
『【速報】神崎レイラ、無名のFランク配信者に餌付けされる』
「え……あ、あの……?」
俺の手が震える。
カメラの方を見ると、電源ランプは呑気に赤く点滅していた。
――全部、流れてた。
俺が鼻歌交じりで料理するところも。
S級美少女に「あーん」して食べさせたところも。
そして今、彼女が俺の肩で無防備に寝息を立てている姿も。
「う、うわああああああああああっ!!??」
深層のダンジョンに、俺の絶叫が虚しく響き渡った。
俺の平穏な底辺ライフは、どうやらこの瞬間、終わりを告げたらしい。
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