茜色の空に(school Ver.)

菜乃ひめ可


 キーンコーンカーンコーン……――。


「はぁ、やっと終わったー」

「ねぇ、脳が疲れる。あ、でも亜子ちゃんはこれから部活でしょ?」

「うん! 部活は勉強と違って楽しいよ~? 絵美も入ればいいのに」

「えーっていうか、もう三年だし」

「確かに! あっはは」


 クラスで仲良しの亜子ちゃんと、何気ない話をしながら笑い帰り支度を終える。


「んじゃ絵美、また明日~」

「うん。またね亜子ちゃん、部活頑張ってー」


 教室を出たところでバイバイと手を振った私は、彼女の背中が見えなくなるまで見送る。それから階段とは逆方向へと歩き出した。


 亜子ちゃんのように部活をしている生徒は部室へと向かい、私と同じく帰宅部組の子たちは、これからどこに行こうかとキャッキャ話しながら校門を出ていく。

 その横を超特急で自転車をこぎ追い越していく同級生は、毎回声をかける間もなく去る。そんな光景を当たり前のように見るたび、私は「きっとアルバイトでもしているんだろうな」と勝手に想像するのだ。


 そんな放課後。

 いつもと何も変わらない、帰宅前の夕方に。

 いつもの場所へ、私の足は向いていた。



――ガラ、ガラ……。


「ふぁ、風が気持ちいい」


 白い雲、流れる空気、そのすべてを色づける太陽。窓から見上げる空は、毎日違う表情をしている。その日その日で変わる空の色は、悲しみや苦しみ、優しさに喜びも。それは天気に左右されるわけではなく、目の前で見える景色で感じるもの。


「人の感情で、空の見え方も変わるのかも」


 その日あった出来事や気分で、それぞれに感じる風は変化する。ただそんなことを詩人のように心の中で呟いた私は、今日も広大で手の届かぬ高さの空に癒され、微笑んで、ご機嫌に空を眺めていた。


 すると。


――ガラガラ、ガラ。


(え? 誰か来た)


 ほとんどの生徒がいなくなった、静かな校舎内。この日、私が来ていたのは、誰も来ないはずの空き教室。先生に怒られるかも? まさかと思いハッとして、振り返った私は、扉の前に立つ人物に驚く。


「ひ……広瀬、くん?」

「よぉ相田。何やってんの、こんなとこで」


 名を呼び合ったその人物は、一年、二年と同じクラスだった広瀬くんだ。三年では別のクラスになって離れた。しかし、同じクラスの二年間を思い返してみても、彼となかなか会話することができず、なんだか落ち込んだ記憶しか無い。そんな彼が目の前にいるのは、緊張というよりはなんだか恥ずかしく、視線を外してしまう。


 元々、男の子と話すのが少し苦手な私の心臓はドキドキして、彼からの問いへ答えるのに少々時間がかかった。


「えっと……空を、見てるの」

「そっか」


 数分後、一言だけ返すことができた。

 そんな私の声を待つ間、広瀬くんは聞き返すこともない。それから私が感じている景色へ融け込むように、ゆっくりと動く。気付けば窓二つ離れたところに、自然と立っていた。


「……」

(そういえば、広瀬くんはどうしてここに? 自分の教室ならまだしも、ここは空き教室だし。今は備品とか、何も置いてないのに)


 そうなのだ。この教室に忘れ物を取りに来るはずもない彼は、どんな用事があってきたのだろうと思い、無意識に私は少しだけ首を傾げる。


(でも、なんだろう。そこまで緊張しないかも)


 しばらく黙ったままで、それぞれに空を見上げる。

 運動部生徒の掛け声や、吹奏楽部が練習をする楽器音も、今は不思議と気にならないくらい、心は静けさを纏う。それはいつも、空き教室で一人、空を眺めている時と同じ――居心地の良さを感じた。すると心地よい沈黙の中を、広瀬くんの声が抜けていく。まるで、そよ風のように。


「綺麗だな」

「?」

「空」

「……うん」


 それから五分くらい経った頃。空が強く、濃く、染まり始めた。


「こっから見える空色、なんか良い」

「…………うん」

(私も、心からそう思ってる。だけど)


 もうすぐここは特別進学クラスのための教室として使われることが決まったらしい。今は改装工事前で片付けられ、机も椅子も黒板も、何もなく殺風景だ。しかしその古くなった雰囲気がまた落ち着き、私にとってはこのまま残してほしいなと思うくらい好きな場所である。


(いつだっけ、工事が入るの)


 もうこの教室で、こうして空を見上げることもないんだなと思うと、寂しい気持ちになる。なぜだか潤んできた瞳に太陽の眩しさも相まって目を細めた私に、広瀬くんはまた、同じ言葉を呟いた。


「綺麗、だな」

「ぇ、あ、うん。もうすぐ、陽が沈ん――」

「いや、お前がさ」

「……ぇ?」


 太陽が傾き、美しいコントラストを奏でる空は夕陽色へと変化していく。


「相田絵美さん」

「ぅ、あ、はい?」


 苦手意識でドキドキしていたさっきまでの心臓音は、いつしかくすぐったいようなキュウっと胸が締め付けられるような初めての感覚で鼓動を打つ。


「入学式で見かけて何となく気になって、同じクラスにもなれて。それからずっと、俺は相田のこと目で追いかけてた」


「……わ、たし?」


 顔はリンゴみたいに真っ赤で、聞こえそうなほどのドキドキが自分の気持ちを表す中で、同じく頬を染めた彼から、告げられた言葉。


「そう、お前のこと。三年でクラスが離れてから、この気持ちが……自分の想いは本気だって改めて分かった」

「そ……その」

「相田、好きだ」



 フワぁぁ――……。



 私は一瞬、時がとまったのかと思う。瞬間、教室の窓につけられたカーテンが、急に吹いた強い風で私たちの間へ舞うと、互いの瞳を見つめ合っていた視界を真っ白なカーテンが一瞬遮る。その時間は短くて、でもとても長く感じた。



 フヮ――。


 視界が戻り、時が動き出す。

 彼とまた目が合うと、はにかみ笑顔で言葉をかけてくれた。


「綺麗だ」

「広瀬くん……」

「太陽の光に負けない。相田は俺の中でずっと輝いてる」

「は、ずかし……」


 すぐには返事できないけれど。


「返事は急がない。とりあえずさ、良かったら今日一緒に帰らないか?」

「う、うん……あり、がと」


 初めて歩く、時間。

 見上げた夕空はいつもよりも、明るく感じて。


「風、冷たくなってきたな。寒くない?」

「え、うん。だぃ、じょぶ」


(逆に身体が火照って、ぽかぽか)


 そういえば私も、広瀬くんのこと、目で追うことが多かったなと、隣で歩く彼を横目で見つめながら自分の行動を思い返す。もしかしたら、私もずっと彼のことを気になっていたのかもしれない。


 自分の心が密かに抱く深奥の気持ちに気付いた、ある日の放課後。


「あ、もう夕陽が沈む」

「う、うん」

「家まで送ってく」

「あ、ありがと」


 そんな、茜色の空に――自分の気持ちを映した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

茜色の空に(school Ver.) 菜乃ひめ可 @nakatakana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画