最弱種ゴブリンに転生したけど全能解析と無限捕食の権能で神をも超える。~ゴミ扱いして捨てた魔王軍を横目に、俺を慕う絶世の美女たちと多種族共生最強帝国を建国して世界を平らげる~

旅する書斎(☆ほしい)

第1話

湿った土の匂いと、鼻を刺すような腐臭が肺を満たした。

重い瞼を持ち上げると、そこには見覚えのない岩肌が広がっている。

天井からは水滴が垂れ、絶え間なくピチャリ、ピチャリという音を反響させていた。


「……ここはどこだ」


口から漏れたのは、低く、しゃがれた奇妙な音声だった。

俺は自分の喉に手を当てる。

指先に触れた感触に、思考が冷え固まった。

ざらついた皮膚。節くれ立った関節。

視界に入ってきたのは、緑色の皮膚に覆われた、か細く醜い三本指の手だった。


「なんだ、これは。俺の手じゃない」


俺は地面の水溜まりを覗き込む。

水面に映っていたのは、歪んだ耳と大きな鼻を持つ、小鬼の顔だった。

ファンタジー小説やゲームで幾度となく見た、最弱の雑魚モンスター。

ゴブリン。それが今の俺の姿らしい。


「冗談だろう。俺が、こんなゴミのような魔物になったというのか」


混乱しかけた瞬間、視界の端で何かが明滅した。

意識を向けると、半透明の青いプレートが空間に浮かび上がる。

まるでゲームのステータス画面だ。


名前:なし

種族:ラント・ゴブリン

レベル:1

体力:10/10

魔力:5/5

攻撃:3

防御:2

俊敏:4

魔導:1

スキル:全能解析、無限捕食、進化の導き手

称号:転生者


「ラント・ゴブリン……」


ラント(Runt)。発育不全、あるいは群れの中で一番の出来損ないを意味する言葉だ。

ゴブリンの中でもさらに最底辺。

それがこの世界における俺の初期位置というわけか。

あまりにもふざけた待遇に、乾いた笑いが漏れる。


「おい、いつまで寝ているんだ。この出来損ないが」


背後から、鼓膜を震わせるような怒声が叩きつけられた。

振り返るのと同時、強烈な衝撃が腹部を襲う。

視界が反転し、俺の体はボールのように吹き飛んで岩壁に激突した。


「が、はっ……」


激痛が走る。

肺の中の空気が強制的に排出され、咳き込む。

ステータス画面の体力バーが、一撃で半分以上も消し飛んでいた。

顔を上げると、そこには豚の顔をした巨漢が立っていた。

肥満体でありながら全身が筋肉の鎧に覆われている。

鼻息を荒くし、汚物を見るような目で俺を見下ろしていた。


《対象解析開始》

《種族:オーク・コーポラル レベル:15》

《状態:通常 脅威度:高》


脳内に無機質な声が響く。これが『全能解析』か。

俺の意思とは無関係に、相手の情報を瞬時に丸裸にするらしい。

オーク・コーポラル。魔王軍の下級兵士長クラスだ。

レベル1の俺とは、現時点で天と地ほどの差がある。


「すまない。今起きたところだ」


俺は痛みを殺し、努めて冷静に答えた。

感情任せに噛みつけば、その場でミンチにされるだけだ。


「口の利き方に気をつけろ、ゴミ屑が。貴様のような規格外の弱種、本来なら生まれた瞬間に潰しておくべきだったんだ」


オークは鼻を鳴らし、巨大な足で俺の頭を踏みつけた。

グリグリと地面に顔を押し付けられる。

泥と砂の味が口の中に広がった。


「明日、人間たちの砦へ突撃をかける。貴様らゴブリンは矢避けの肉壁だ。精々、我らオーク様の盾として役に立て」


「……なるほど。使い捨ての道具というわけか」


「そうだ。光栄に思え。魔王軍の捨て駒として死ねるのだからな」


オークは下卑た嘲笑を残し、洞窟の奥へと歩き去っていった。

遠ざかる背中を見送りながら、俺はゆっくりと体を起こす。

怒りはなかった。

あるのは、冷徹なまでの計算だけだ。


「肉壁として死ぬ? 断る」


俺は自分の掌を見つめ、握りしめる。

力は弱い。爪も脆い。

だが、俺には与えられたギフトがある。

『全能解析』と『無限捕食』。

この二つがあれば、世界の理(ことわり)すらも覆せるはずだ。


「まずは現状の打破だ。少しでもステータスを底上げする必要がある」


俺は洞窟の隅、湿気が溜まる暗がりに目を向けた。

そこには、青白く発光する奇妙なキノコが群生している。

通常の生物なら本能的に避けるような、毒々しい色合いだ。


「解析」


思考するだけで、情報が脳内に奔流となって流れ込む。

名称:マナ・マッシュルーム。

微量の魔力を含有しているが、神経毒の成分が強い。

通常のゴブリンが食せば、数分で呼吸困難に陥り絶命する。


「毒か。だが、俺には関係ない」


『無限捕食』の概要には、「対象を摂取することで、その者の能力、記憶、魔力を100パーセントの確率で継承する」とある。

毒だろうが呪いだろうが、食ってしまえば俺の糧になるだけだ。

俺は躊躇なくキノコを毟り取り、口の中へ放り込んだ。


強烈な苦味と、舌が痺れるような刺激。

だが、俺は顔色一つ変えずに咀嚼し、嚥下する。


《無限捕食が発動しました》

《対象:マナ・マッシュルームを分解・吸収します》

《神経毒を無効化。魔力変換を行います》

《スキル『魔力感知』を獲得しました。魔力の最大値が1上昇します》


脳内に響く通知音と共に、体の内側から熱い力が湧き上がってくる。

視界が明瞭になり、空気中に漂う微弱な魔力の流れが、色のついた粒子として視認できるようになった。


「……素晴らしい。本当に食うだけで強くなるのか」


俺の口元が自然と歪む。

努力も修練も必要ない。

ただ食らい、奪い、自らの血肉に変えるだけ。

これほど効率的で、救いようのないほど強力なシステムが他にあるだろうか。


「次だ。もっと食わせろ」


俺は飢えた獣のように洞窟内を徘徊し始めた。

壁に張り付いた苔。

岩陰に潜む多足の蟲。

泥水の中に蠢く得体の知れない生物。

目に映る有機物を、片っ端から解析し、口へ運ぶ。


「不味いな。だが、栄養価は悪くない」


泥のような味の苔を飲み込む。


《無限捕食により、土耐性を獲得しました》

《体力の最大値が2上昇しました》


硬い殻を持つ甲虫を、殻ごと噛み砕く。

口の中に嫌な汁が弾けたが、それすらも快感に変わる。


《対象:アイアン・ビートルを捕食》

《スキル『硬質化』を獲得しました》

《攻撃力が2、防御力が3上昇しました》


食べるたびに、筋肉の繊維が作り変えられていく感覚がある。

骨密度が増し、皮膚が硬質化し、神経の伝達速度が向上していく。

弱いゴブリンの肉体が、急速に生物としてのランクを駆け上がっていた。


洞窟の奥へ進むと、一匹の巨大なネズミと鉢合わせした。

体長は五十センチほど。鋭い前歯は人間の指など容易く食いちぎるだろう。


《対象:ジャイアント・ラット レベル:3》

《推奨:捕食による俊敏性の向上》


「今の俺の実験台には丁度いい」


ネズミが威嚇の鳴き声を上げ、飛びかかってくる。

速い。

だが、魔力感知と強化された動体視力を持つ俺の目には、その軌道がスローモーションのように映っていた。


「そこだ」


俺は最小限の動きで突進を回避する。

すれ違いざま、手に入れたばかりの『硬質化』を発動させた指先を、ネズミの首筋に突き立てた。

ズブリ、という生々しい感触。

指は肉を裂き、頸椎を正確に破壊していた。

ネズミは痙攣し、すぐに動かなくなった。


「雑魚が。俺の糧になれることを感謝しろ」


俺は温かい死肉に食らいつく。

血の味が喉を潤し、肉が胃袋に落ちるたびに力が漲る。


《ジャイアント・ラットを捕食》

《スキル『疾走』を獲得しました》

《俊敏が5上昇しました。経験値が規定に達しました》

《レベルアップ。レベルが5になりました》


全身の細胞が活性化し、疲労が消し飛ぶ。

レベルアップに伴う全ステータスの底上げ。

今の俺ならば、先ほどのオーク相手でも不覚は取らないだろう。

だが、まだ足りない。

あいつらを殺すだけでは不十分だ。

俺を見下したことを後悔させ、絶望の中で食い尽くすには、圧倒的な「差」が必要だ。


「もっと強い獲物はいないか」


俺はさらに深く、暗い闇の奥へと足を進めた。

しばらく進むと、肌に触れる空気が変わった。

冷たく、澄んだ空気が流れてくる。

視界が開け、巨大な地底湖が姿を現した。


湖面は淡い青色の光を放ち、幻想的な光景を作り出している。

そのほとりで、一匹の美しい獣が水を飲んでいた。

月光を固めたような銀色の毛並みを持つ狼。

その姿は神々しくすらある。


《対象:シルバー・ウルフ レベル:8》

《種族特性:高速移動、鋭敏な嗅覚》

《警告:対象はゴブリン種にとって捕食者にあたります》


「捕食者? 違うな」


俺は音もなく石剣を抜いた。

ボロボロの支給品だが、今の俺が握れば凶器と化す。


「捕食するのは俺の方だ」


殺気を放つ。

狼が弾かれたように顔を上げ、こちらを睨んだ。

低い唸り声と共に、銀色の残像となって襲いかかってくる。

その速度は、先ほどのネズミとは比較にならない。

通常の動体視力では捉えることすら不可能だろう。


だが、『全能解析』が未来を予測するかのように、狼の攻撃ルートを脳内に描画する。

右から左へ。喉笛を狙う牙の軌跡。


「遅い」


俺は一歩踏み込み、カウンターの要領で石剣を振り抜いた。

『硬質化』で強度を増した筋肉が、風を切る音を置き去りにする。

剣閃が銀色の毛並みを切り裂き、鮮血が舞った。


「キャウンッ!」


狼が悲鳴を上げ、地面を転がる。

致命傷ではないが、機動力は奪った。

俺は間髪入れずに距離を詰め、狼の首を片手で鷲掴みにする。

抵抗しようと爪を立ててくるが、硬質化した俺の皮膚には傷一つ付かない。


「終わりだ。無限捕食」


俺がスキル名を口にした瞬間、狼の体が光の粒子となって分解され始めた。

生命そのものが、俺の体内へと吸い込まれていく。


《シルバー・ウルフの捕食に成功》

《スキル『銀狼の嗅覚』『瞬発力強化』を獲得》

《レベルが8に上昇しました》

《進化の条件を満たしました。進化先を選択可能です》


脳内にツリー状の図形が展開される。


・ホブゴブリン(一般進化)

・スカウト・ゴブリン(敏捷特化)

・マジック・ゴブリン(魔力特化)


どれも平凡だ。

俺が求めているのは、こんな既定路線の進化ではない。

思考した瞬間、全能解析が隠されたルートをこじ開けた。


《条件達成を確認。ユニーク進化『バリアント・ゴブリン』を提示します》


バリアント(変異種)。

通常に存在しない、規格外の進化系統。

全ステータスの成長補正が極大化し、あらゆるスキルの適正を持つ万能型。


「当然、それだ」


選択を確定させる。

心臓が早鐘を打ち、全身の骨格が軋みを上げて変形を始めた。

激痛はある。だが、それ以上に凄まじい快楽があった。

矮小だった手足が伸び、筋肉が密度を増して張り詰める。

汚い緑色だった皮膚は、鋼のような光沢を持つ灰色へと漂白されていく。


光が収まった時、水面に映る俺の姿は別物になっていた。

背丈は人間に近く、醜悪だった顔つきは精悍に、そして冷酷な美しさを帯びている。

瞳は鮮血のような真紅に染まり、暗闇を見通す力を宿していた。


「力が……溢れてくる」


握りしめた拳から、バチバチと魔力が放電する。

これなら、あのオークどもを素手で引き裂ける。


その時、新しく手に入れた『銀狼の嗅覚』が微かな匂いを捉えた。

甘い花の香りと、鉄錆のような血の匂い。

同族の体臭ではない。もっと高貴で、純粋な魔力の香りだ。


「……客か」


俺は匂いの元を辿り、湖の対岸へ向かう。

岩陰を回り込んだ先で、俺は興味深い光景を目撃した。


数匹のゴブリンが、一人の少女を取り囲んでいた。

薄汚れた衣服でも隠しきれない、透き通るような白い肌。

月光を織り込んだような金色の長髪。

そして何より特徴的なのは、背中に生えた半透明の美しい羽だった。


《対象解析:ハイエルフの王女 ティナ》

《状態:魔力封印、衰弱》


ハイエルフ。森の貴族とも呼ばれる希少種だ。

なぜこんな最底辺の掃き溜めにいるのか。

状況から察するに、魔王軍に捕まり、慰み者としてゴブリンたちに下げ渡されたといったところか。


「ひっ、こないで……! 触らないで!」


少女が震える声で拒絶する。

だが、ゴブリンたちは下卑た笑い声を上げ、彼女の四肢を押さえつけようとしていた。

美しいものが汚される光景。

本来なら胸糞悪い場面だが、俺には好都合な展開に見えた。

王族の恩を売れる。

そして何より、あの羽を持つエルフは、俺の「国」を彩るのに相応しい。


「どけ、雑魚共」


俺はあえて足音を消さず、堂々と彼らの背後へ歩み寄った。

冷え切った声が、空間の温度を一気に下げる。

ゴブリンたちが一斉に振り返る。


「ギッ? 誰だテメェ!」

「俺たちの獲物だぞ、失せろ!」


進化した俺の姿を見て、彼らは同族だと認識できていないようだ。

あるいは、本能的な恐怖で思考が麻痺しているのか。


「言葉が通じないか。まあいい」


俺は無造作に手を振った。

ただそれだけの動作。

だが、そこから生じた衝撃波は、鋭利な刃となって空間を疾走した。


「ア゛ッ――」


先頭にいた三匹のゴブリンの首が、何が起きたのか理解する間もなく宙を舞った。

断面から鮮血が噴き出し、ボトボトと湿った音を立てて肉塊が崩れ落ちる。


「ギ、ギャアアアッ!」


残ったゴブリンたちが悲鳴を上げ、腰を抜かして後ずさる。

俺はその内の一匹の頭を鷲掴みにし、軽々と持ち上げた。


「俺は、お前たちのような汚物が視界に入るだけで不快なんだ」


指に力を込める。

果実が潰れるような音と共に、ゴブリンの頭部が砕け散った。

残りの雑魚が蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとするが、逃がすわけがない。

俺は地面を蹴り、『疾走』で一瞬にして背後に回り込む。

手刀を一閃。

残りの二匹も、声帯を震わせる暇もなく両断された。


静寂が戻る。

血溜まりの中に立ち尽くす俺を、ハイエルフの少女が呆然と見上げていた。

碧眼には、恐怖と、それ以上の困惑が浮かんでいる。


「あ、あなたが……助けてくれたのですか?」


「勘違いするな。目障りな虫を掃除しただけだ」


俺は少女の前に跪き、その華奢な顎を指先で持ち上げた。

近くで見ると、その造形美は際立っていた。

今は泥にまみれているが、磨けば宝石のように輝くだろう。


「な、名前は……」


「俺に名はない。だが、お前の新しい飼い主だ」


俺は有無を言わせぬ口調で告げた。

少女は息を呑んだが、抵抗の意志は見せない。

俺の圧倒的な力を目の当たりにし、本能的に支配者だと悟ったのだろう。


「立てるか?」


「あ、足が……力が入りません」


魔力封印の首輪のせいか、彼女の体力は限界に近い。

俺は少女を軽々と横抱きにした。

羽のように軽い。


「捕まっていろ。ここを出るぞ」


「ど、どこへ行くのですか?」


少女が不安げに俺の胸元を掴む。

俺は洞窟の出口、その先にある広大な世界を思い描きながら、不敵に笑った。


「決まっている。俺たちの国を作る場所だ」


オークたちが騒ぎを聞きつけて来る頃には、俺たちは影も形もないだろう。

次に会う時は、奴らが俺に平伏する時だ。

俺は少女を抱えたまま、闇の中へとその身を翻した。

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