翼の上に踊る

ねこ殿様

翼の上に踊る

 ガレージに湿った夜の空気は似合わない。そう言わんばかりにエンジンが焦げた排気ガスを吹きまくる。

 なるだけ軽量に設計されたランディングギアの前進運動で一歩二歩と移動させ、開け放たれたガレージ開口部手前で機体を待機状態に。当然ながら動作確認は終えている。

 私は少し緊張した肺で呼吸を整えた。

 ナイトモードに設定された頭部メインカメラが目の前を見つめている。

 小ぶりなモニターに切り取られるのは、入り口から覗く眩しい夜の世界だ。広い一本道の左右には怪しげな灯りを漏らす店が立ち並び、何やらもくもくと煙を漂わせている。

 店の窓から呼吸のように吐き出される煙には息を止める必要がある。強烈な機械臭に鼻をやられるか、でなければハイになるか──いやダウナードラッグてのもあるけど──とにかく二択だから。

 一晩中ネオンの光にどっぷり身体を浸しながら、夜を昼とするはぐれ者と脱走兵のアナーキー・ブロック、“ダストヘイブン”。霧吹きをかけるような雨が、腐って黒ずんだ街へとやってきてはいたが、ご丁寧に傘をさすいい子ちゃんがいるはずもなかった。濡れた路面をスクリーンにネオンライトのバニーガールが反射する。パープル。

 どこか遠いところから、ソファに身を放ったときのぼふっという音が聴こえた気がした。空戦していたやつが堕とされた音か。お疲れ様。他所の戦争はこれくらいに思ってやればいい。

 戦争は気まぐれに声をかけてくる。離れた街をずどんと叩いた音が、大気の壁を順々に巡ってここまで遅れて届くくらい。顔も忘れてしまった知人の噂と大差ない。

 だから私にとっては遠い。街にとってはその限りじゃないみたいだけど。

 少し気が散ってる。集中。

 ザッと通信が揺れてエイドリアンの声がした。

『気分はどうだ、ジェシ』

「最高! 相手が吹っ飛ぶとこまで全部見えてる」

『その意気で最後までぶっちぎろうぜ。なにせ今回はチームの命運がかかってる』

「次回からも、ね。下で眺めててよエディー。女王が誰だかちゃーんとわからせてやるから」

『頼んだぜ。

「それじゃ、悪魔と飛んでくる。……って!」

 からかいに気づいて噛みつこうとしたときには既に通信は終わっていた。逃げたな角刈りタコ野郎。わざわざ言い返す気も失せてわざとらしくフライト・コントローラーを握り直した。革のグローブがギュッと音を立てる。

 発進を知らせるアラートが鋼鉄の板越しに鼓膜を突いた。道路を我が物顔で歩いていた酔っぱらいたちは慌てたように駆けていって、誰一人いなくなった大通りは紛れもない滑走路と化した。

 今日もまた翼をもがれた誰かがアスファルトと心中する。

 空は過激なロボコンの舞台でしかなくて、鳴り響く警告はファンファーレ。愉快なゲームの主役は私。

 離陸許可を示すランプが緑に変わった。発進シークエンスは軍隊のそれと違っていい加減。

 胴体上部を覆う二つのエアインテークが呼吸を始める。血の流れたジェットエンジンに火が入る。拍動が、頑丈という言葉に真っ向から反対するこの薄汚れたトタン張りの基地をぶっ壊す勢いで震わせる。

 ジャンクの塊で構築された精密機器の獣。私は頭蓋の殻の中でアフターバーナーをMAXに押し上げた。

 双発のエンジンが白く吠えた。

 接地部を擦り機体はダッシュ。

 汗と散る火花。

 矢になった街がモニターを掠め抜ける。

 レーザーストーム。

 殺到するGにシートへ押し付けられながら加速を待つ。

 実況の黄色い声がコクピットに爆ぜた。

 脇の携帯デバイスでは闇動画サイト“Motion SHOUT”のLIVE中継が始まっている。

 トーナメント決勝戦。女王の喉元にまで迫ったヤツがこの勝負でどう転ぶか見物しようと、同時接続数は凄いことになっているらしい。

 操縦に手一杯で肝心の数について聞き漏らした。

 実況の声はデビルに追いつけない。

 加速充分。

 機体角度上昇。

 瘴気の溜まった街に囚われる両足が切り離され、私は宙へと躍り出る──離陸。

 コントローラーを握る腕はずっと以前そうだったかのように翼へと変わっている。

 炎の音が胸の深くに引火した。

 窮屈なコクピットをもろともせず、大好きな空へ大きく羽ばたく。

 さぁ、始まりだ!

 

 ❇❇❇


 時刻は二五時。

 充分に減速した赤褐色の機体、一七歳であるジャネット──ジェシの駆る『エンチャントデビル』が大通り中央へと着陸した。まるで生き別れた魂と肉体とが激しく抱擁するかのごとく、肉食獣のそれを思わせる湾曲した脚部が地表を穿つように滑走した。振動に戦慄くランディングギアの金属は見る者の脳内で脈打つ筋肉と重ねられる。

 大まかに人型のシルエットを備えた機体は、深夜の闇に呑まれながらも際立っていた。空にまき散らされたドローンたちが、つい先程までその姿をリアルタイムで映像処理し続けていたからではない。暗がりの中でこそ自己主張する電飾に塗れた街の臭いが、身体を構成する節々に刻み込まれているからだ。

 エンチャントデビルは本来邪魔でしかないはずのプレートを垂直・水平方向に一枚ずつ背負っており、そしてそれは真実、空中機動の能力を低下させてしまう代物であったのだが、空を飛ぶためになくてはならない悪魔の翼だった。

 プレートの上ではリアルタッチの鮫がネオンライトと蓄光塗料によって荒々しく海面を跳ねている。サポーター企業のロゴマーク。プレートは広告板だった。

 基地内面積の半分を占めるガレージに全高七・二 mのエンチャントデビルは収まった。

 駆動音が止まると、エイドリアンの耳へエンチャントデビルの頭部から薄い金属特有の張るような音が降ってきた。コクピットハッチを蹴り開ける音だ。エンジン真上、頭部の位置にコクピットが存在しているせいで、発された熱により中はサウナ状態。また金属が微妙に膨張し、戦闘が終わった頃には開けられたものではなくなっているらしい。

 試合がある度、小柄なジェシの全体重を乗せて蹴りつけられる哀れなコクピットハッチは十数回のうちに不細工に変形してしまい、完全には閉まらなくなるため頻繁に交換する必要があった。

 エイドリアンはクルーたちが損傷箇所のチェックに機体へ取り付いていくのに混ざって、タオルを一枚、それと冷蔵庫に眠らせていた炭酸飲料の缶を二本握ってキャットウォークへ続く階段を上る。

 コクピットから這い出したジェシがヘルメットを外しているのを見つけたエイドリアンは、彼女に向かって両手の物を掲げて見せた。

 ジェシのフライングブーツが待ってましたとばかりにやかましく駆けた。ヘルメット内でもみくちゃにされていたビビッドピンクのツインテールが無い尾の代わりに鮮やかになびく。

「勝ったよ!」嬉々として叫んだジェシは缶ジュースを一本ひったくるなり前髪をかき上げ、火照る額に押しつけた。全身がオーバーヒート状態にあるのだ。玉の汗が浮く額は結露の雫で余計に濡れる。

「見てたぞジェシ! デビル潰しのカスタムがされた機体の追撃をまさか振り切るなんて、設計した俺ですら疑うくらいだ。まったく、毎度惚れちまう」

 額の次に、彼女は薄くそばかすの散る頬を冷やす。「くぅ〜」と唸り声。

「アクロバット。かっこよかったっしょ」

 言いながらジェシは勢いよくプルタブを引き、そのまま泡の立つ液体を呷った。祝杯のつもりでエイドリアンも一口流し込む。二人が喉を鳴らす音と作り物めいた柑橘類の香りでその場はしばらく満たされた。

「ぷはっ」容器の半分ほどを乾いた身体に染み込ませてから、彼女は飲み口から唇を離した。溝に残った液体を短い舌が名残惜しげにちろりと舐める。

「エディー。わたし、たとえチームでもファンサはしない主義だからね」

「いらねぇっての」とエイドリアン。「俺が惚れたのは腕だ。技術だ」

「どっちみち変わんないよ。それよりさ、次はいつ飛べるの?」 

「一見しただけじゃはっきり言えねぇけど、損傷箇所の修理とリペイントに少なくとも二週間は欲しいな。それが終わるまで、お前はバーチャルシミュレータでもピコピコやってることだ」

 ジェシは苦いものを口に含んだ子供の顔をして、「うへぇ」とだけ零した。

「ま、機体に無理させた報いだな」

「仕方ないかぁ。それじゃ、わたしお風呂行くからさ」くるりとターンして「みんな明日は飲もうねーー!! お祝い!」と一声。

 ジェシの呼びかけにクルーたちがそれぞれ威勢よく返事する。十以上も歳の離れた少女がチームの雰囲気を動かしている様子に、エイドリアンはただ短く刈った頭を掻いて笑う。

 メインエンジンの轟が、受け取ったタオルで首筋の汗を拭いながらキャットウォークを下っていった。


 ❇❇❇


 シャワーヘッドから吐き出された熱いお湯が、私のなだらかな起伏を伝い落ちる。汗や汚れ、ボディソープの白い泡なんかを流し去るお湯は、働きの対価としてさっきの興奮までも掠め取るようだ。

 水流が肌にぶつかって跳ね返る音はちょうど今降っている雨にそっくり。いや、チャンネルの合わないラジオの雑音か。

 どっちにしろ、うろの口から外を覗くような寂しい音楽。

 違う。そんな事ない。

 コントローラーの感触。私の手が翼だった半時前に意識を飛ばす。

「楽しかったな、今回も」

 薄れてしまう前に呟いておく。

 シャンプーボトルをプッシュ二回。手のひらで充分に泡立て、指の腹で頭皮全体をマッサージするみたいに洗う。落とし忘れのないよう泡を流してふと見ると、指の隙間に数本の髪が絡んでいた。鮮烈なピンクを視線で辿ると、根元に地毛の茶色が見える。

 そろそろ染め直さなきゃだな、私はそんな事を考えつつコンディショナーに手を伸ばした。


 ❇❇❇


『あぁっ! ここでスコーピオン、デビルのヘッドオンアタックを回避した! 華麗な空中機動だ! 全てを黙らせてきた圧倒的機動力とメタを張る運動性能とが火花を上げてぶつかり合う! この優劣関係、蠍が銀の尾針を打ち込むか、一寸で悪魔が振り払うかだ!』

 ジジッ。

 ジー。

 コピー品のイヤホンは少し使っただけで狂ってしまったらしく、さっきからひっかき傷に似た音が頭の中で跳ね回っている。

 腹立ちまぎれにプラグを引っこ抜く。途端、スピーカーモードのデバイスから爆音が漏れ出したので慌てて音量を下げた。

 ガレージの隅。無造作に積まれた輸送コンテナに、改造というていで私物を持ち込んだだけのそのひとつ。四列二段目に位置する私の部屋は落ち着きを取り戻した。一人用テーブル、雑誌、ホットミルクのマグカップ、電気シーシャ、敷布団、放られたイヤホン──とにかく沢山の散らかったものたちがだんまりと項垂れる。

『初撃を躱されたデビルは旋回、スコーピオンが追いかける……悪魔の尻尾を捕らえられるか……』

 Motion SHOUT上の配信アーカイブが状況を零すのを横目にホットミルクを啜る。人工甘味料の安っぽい瞬間火力には遠く及ばないけれど、じわり、自然な甘みが口内に広がる。これもなかなか良い。

 画面上。闇の中、CG補正された二機の人型がバトルエリア上空に踊っている。

 片方はしつこく重量を削った末に古い書き物の挿絵に出てくる悪魔然とした姿になった、細身で赤褐色の機体。私の駆るエンチャント・デビル。もう一方は闇市場に横流しされた軍採用機に運動性能アップのカスタマイズを施し、サンドイエローを基調にデジタル迷彩で仕上げたランドスコーピオン。

 出会い頭の第一撃を急激な方向転換で躱されたデビルは、相手の眼を振り切りリアタックに備えるため左旋回。高性能なジェットエンジンに押された翼が出鱈目に空気を引き裂いて、軌道は大きな弧を描く。

 砂色の敵機が続く。自機よりも小さい旋回半径にデビルは無防備な背後を許した。

 スコーピオンの両マウントアームが正面方向に牙を向ける。複眼タイプのカメラがふっと煌めく。同時、搭載されたチェーンガンから雷鳴が轟いた。らしい。音量を絞った軽い音は記憶のそれとまるで違っていて、私はフライパンの上を暴れるポップコーンと焦げたキャラメルソースの匂いを思い出す。

 曳光弾の群れがデビルの脇を駆け抜ける。当たらず。

 FCSファイア・コントロール・システムその他機体制御系以外の補助システム搭載がルールで縛られているから、当たるも当たらないも相当に実力が関係する。もちろんその日の運勢も。機械に頼って百発百中、なんてオーディエンスにしてみても興醒めだし、狙う側と狙われる側を反復横跳びする身としても今のルールはありがたい。

 ジグザグに飛行するデビルだけれど、追い縋る敵機を振りほどけず、被弾。腰と左脚付け根の装甲が厚い箇所に一撃ずつ三五mmが噛みつく。火花みたいに血飛沫が散る。正体は剥離した金属の焼死体だ。戦闘に影響は少ない。

 デビルが向きを変える。再び捉えられる。被弾。今度は腰に二発。もう一発。左肩にも。

 旋回を繰り返しても勝ち目がないと悟ったのは確かこのあたりだった。

 デビルはアフターバーナーを点火させ直線をぶっちぎる。機体色の赤と二つのエンジンノズルが噴き出す白の尾が重なり合って、二機の距離はぐんと離れた。

 中層ビル群のすぐ上を飛び抜けて、デビルは正面で絡み合う立体交差ジャンクションを睨む。

 放棄された高速道路。大樹の根を思わせる複雑な人工物。幾重にも交わった道路と支柱との狭間。悪魔はその限られた空間へ減速なしに身体を滑り込ませた。

 少しの間、ドローンたちは悪魔の姿を見失った。当然スコーピオンも。さっきまで色めいていた実況の声は、デビルが行方を眩ませたことで少し間の抜けた感じに変わった。

 愉快な気持ちが少しだけ身体を起こし、目の端だけで笑うとまたすぐに眠ってしまう。気まぐれの猫みたいな感情だと胸の中で自分に白ける。

 息が詰まるようなコンクリートの隙間をギリギリですり抜けるときの私は、他の誰にも知られていない。コントローラーを握るグローブに、びっしょりと染み付いた手汗も、隠し持っていた「私なら飛びきれる」という自信の根拠がどこにも見つからなかったことも。

 誰も彼も、私を前に目隠しを外していいのは最高にクールな瞬間だけ。

 人工の森に影を隠した魔物は、次の瞬間、意識外から魂を攫いにやってくる──煮え切らない実況役の口調に飽きて代わりをしてみたけれど、これじゃ飾りすぎか。

 速度そのまま、記憶の中で機体は傾いて宙返り運動へ。まさにその瞬間、再びドローンがデビルを捉えカメラを向けた。宙返りの最中にデビルは身体を捻り水平飛行へ移行する。

『これはインメルマンターン……信じられない……まるでデビルに戦闘機が乗り移ったようだ……そして……今度は背面ダイブ……スコーピオンは未だに見つけられていません……撹乱されています……』

 私がやってみせた戦闘機の真似事は想像以上にウケたらしく、配信時に同期させたチャット欄の所々で<3の絵文字が咲いた。

 マイナスG対策の背面飛行で高度を下げたデビルは地上六〇m付近で姿勢を直す。推力方向を下向きに変更。急減速し砂埃を巻上げながら地面と触れる。ランディングギアがエネルギーを殺し、速度を維持したままスムーズに路上を滑る。

 一〇のカウントが始まった。格闘技で言うところのリングアウトで、地面との接触時間が一〇秒を超えるとその時点で敗北になる。長くは居られない。

 建物の間を縫いながらマウントアームが爪を研ぐ。

 打ち捨てられた生活の痕跡がデビルを捕食者の視線から解き放ち、一方的に攻撃の機会を与える。

 路地を抜け交差点。

 十字の道を左にターン。九〇度の急旋回に機体が横揺れする。

 死角を捉えた。

 しなやかな両脚がキック。カウントが三で止まる。再び上昇。

 逃さないとでも吐き捨てるような急加速。

 スコーピオンが気づく。

 決定的に遅い。

 六門の砲口が眩しく唸った。致命傷に遅れて炸裂音が敵機へ辿り着く。

 着弾箇所一面に咲く火の花びら。吹き飛んだ配線から起こる放電はアメリカンブルーのひらめき。雨降る夜の暗がりが、爆裂ボルトを起爆させたみたいに呆気なく飛んでいく。頭の中でブーケという単語がふわり宙に浮き、花火に焼き尽くされ灰になった。

 デビルが両腕に構える火器、三連装散弾砲が火を噴いたからだ。ショートレンジでしか息をしないけれど、面で襲いかかる対物用散弾のショットシェルは数発で装甲を食い破る威力を持っている。ヒット・アンド・アウェイを基本とするデビルにぴったりな武装だったし、そして何より派手だった。エンチャントの名前通りオーディエンスを魅了するのに丁度いい。

 エンジンに傷を貰ったスコーピオンは成す術なく虚空の坂をずり落ちていった。地表に激突した機体が灰色の煙を上げる姿に興味はなかったから、決着がついた段階でデバイスの電源を落とす。

 一呼吸。

 吐息に混じる溜息の気配。

 さざ波を立てる私の心を布団へと沈める。

 いつもみたいに不愉快な靄が腹の底に立ち込めている。振っても振ってもしつこくアプローチを仕掛けてくる少年ボーイかよ。

 毒づく。苛立っているわけでもないのに、頭の芯に水銀でも注いだみたいだ。

 湿った想いと永遠に決別するための別れ言葉はなんだろう。

 吊るされた照明に私の翼を翳し、正体を覗き込む。札束の羽毛がつやつやと生えそろった手のひらを、握ったり、開いたり。こんなもの、と布団の上に振り下ろす無謀さは初めから持っていないから、感情を持て余す。

 昔から空が好きだった。地べたのしがらみに気づかない胸をただ無防備に開け広げ続ける、広大な青い空白ブランク。太陽がグラフィティをやったらこうなるだろうなと、大気層にすり下ろされた光線がどこまでも染み込んだ姿に妄想した。透き通ったアイスグリーンで表現される、象徴としての自由。それこそが私に映る空のかたち。

 鳥にでもなって飛んでいきたい、だなんて、馬鹿じゃないんだから。そんなことにマジで脳みそを使い始めるヤツら、愚図ついたセンチメンタルか時代遅れの詩人かのどっちかだ。それも半分は本気にしていなくて、残りの半分はお金稼ぎの道具として言っている。

 ──お金稼ぎ。嫌いな言葉に後ろ指を指された気がして、身動ぎの代わりに寝返りを打つ。瞼は重力を覚えている。

 今回の試合に賭けられた金額、そのうち約一五パーセントが勝利チームの口座に振り込まれる。残りは知らない。運営が好きに使う。

 広告板の鮫がよぎる。翼に彫られたタトゥー。企業。

 地上に渦巻く営利の理屈を毛嫌いするのは、それこそ子供の理屈でしかない。

 そう、下らないんだ。こうやって考えるだけ無駄で、損だ。

 覚醒剤クリスタル漬けにでもなってしまれば解放されるだろうか。とか、思ってもいない明日を描きながら私は眠りに落ちる。

 夜明けが近づく事実さえも、いつも通り、どうでもよかった。


 ❇❇❇


 洗濯機の中でトースターを転がしたみたいな騒音で目覚めてみれば、知らないうちに朝が昼になっていた。粘つく口にストロベリーマンゴーの煙をふかしてコンテナから這い出すと、金属はいよいよ盛大に金切り声を張り上げる。デビルを修理する音だ。

 メンソールで覚めた頭を抱えガレージを出る。昨日が悪酔いだったとでも言うように太陽は高く照りつけ、頭の溶けた街を物理的にも溶かすべく降りかかる。

 「あちぃ」誰に言うでもなく呟きながら軽くストレッチ。起きたばかりの身体に電源を入れてやる。

 ストレッチを終えた私は、フライングスーツに着替えるとヘッドセット片手にコクピットへ。夜までシミュレータ籠りで訓練に明け暮れるつもりだ。その後は約束の祝い酒に溺れる運命。

 街は正常に稼働している。

 回り続ける日常の中、ごちゃごちゃとした配線とヘリカルギアを抱える私は、それでもコントローラーに手を触れる。機体に接続したヘッドセットを装着して、スタートボタンをプッシュ。

 今度もちゃんと飛べたらいいな。

 訓練開始の合図が、場違いに小さな願いと大きく重なった。

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