天使の値段
楊 美玲(やん めいりん)
第1話カストラート歌手 カルロ
カルロは天使の役を歌った。
なに、端役だ。
レチタティーヴォと、主役の英雄と掛け合いの短いアンサンブルを歌うだけ。
カルロはカストラート歌手だ。
変声期の前に去勢手術を受け、少年の声を残す。
大人の体格と肺活量で響く少年の声は、しばしば「人ならざる凄み」と評される。
子どもの頃、通っていた教会の聖歌隊で少しばかり歌を褒められたのを本気にした親が、5,000ケリーでブローカーにカルロを売った。
実家が貧しかったから口減しにしたのだろう。
修道院に併設された歌手の養成所に入れば生活費も学費も教会が負担してくれる。
親にとっては、手放して、食わせてもらって、金まで入る。
主役の英雄を歌う同じカストラートのリカルドも似たような事情だ。
けれど、リカルドは歌がうまい。
加えて裕福な商家の夫人をパトロンに持っているから、役も衣装も、自然と彼に寄っていく。
カルロの月給はせいぜい1,500ケリー。
食費と家賃と、喉薬と、舞台用の粉を買えば消える。
貯金などできない。病気をすれば即刻、交代だ。
この街には代わりの天使がいくらでもいる。若くて、声が瑞々しい天使が。
楽屋の鏡に映る、白粉を塗りたくった異様に光る顔。
公演は夜が多い。時間が不規則になりがちな上に、裕福ではないから食生活も乱れている。
舞台に上がるときは厚化粧をするから肌にいいことなど何一つしていない。
メイクをとったら疲れ切った顔だ。
端役のカルロの楽屋は大部屋で、他の演者と交代で鏡台を使っている。
「早くしろ」と後ろからせっつかれ、カルロはコールドクリームの瓶を手に取った。
養成所は彼を「神の器」と呼んだが、器が欠ければ捨てる。
老いたカストラートの行き先は決まっている。
舞台の隅の合唱か、誰にも見られない礼拝堂の裏方か。
誰かの屋敷に住み込めるほどの幸運がなければ、最後は街の外れで、名前もなく消える。
この顔で、あと何年歌える。
客席からは天使に見えるだろうが、裏ではただの疲れた男だ。
それでも、今日も生きるために舞台に立つ。
そのとき、楽屋の扉が叩かれた。
劇場の支配人が入ってくると、皆いっせいに口をつぐみ、背筋を伸ばした。
「カルロ、来い」
次の更新予定
2026年1月18日 21:30
天使の値段 楊 美玲(やん めいりん) @ymeiling491
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