『逆ハーレム論における成功確率』

@antomopapa

プロローグ「論崎理央は、昔から“原因”だった」


結論から言うと、私は昔から「やらかす側」だった。

ただしそれは、校則違反とか喧嘩とか、そういう分かりやすい悪さではない。――観測行動である。


私は論崎理央。国立帝央高校二年。偏差値80、歴代最高IQ240で入学した、超美人でコミュ力も高く、人柄もいい――という評価を、私は一応受け取っている。

けれど欠点がひとつだけある。


興味が湧いたら、調べ尽くさないと気が済まない。

観察、記録、検証、追試。質問票は三十ページ。しかも笑顔で、逃げ道を塞ぐ。


大人はこれを「研究熱心」と呼ぶ。

同級生はこれを「ド変態」と呼ぶ。

私はどちらでもいい。結論が欲しいだけだ。


そしてこの性質は、高校に入って急に生まれたものではない。

――小学校からずっと、私は“原因”だった。


小学校編:学級会が、尋問会になった日


小学校三年の頃、私は「学級会の効率が悪い」という問題に興味を持った。

理由は単純だ。話が長い。結論が出ない。

結論が出ないと落ち着かない。落ち着かないと、検証したくなる。


私は当時の担任に言った。


「議題を分類し、発言者の主張を要約し、結論を三択にすると早いです」


先生は「すごいね」と笑って、学級会でそれをやらせた。

結果、私はホワイトボードの前に立ち、クラス全員を見渡し、にこやかに言った。


「では質問です。反対の人は、反対理由を“具体例付き”で一つ。賛成の人は、賛成理由を“デメリット込み”で一つ。中立の人は、意思決定を保留する理由を“期限付き”で一つ」


教室が凍った。

小学生は議論ができないのではない。議論するための言葉をまだ知らないだけだ。

だから私は作ってあげた。逃げ道のない形で。


一人の男子が泣いた。


「ぼ、僕は……べつに……」


私は優しく頷いた。


「大丈夫です。今わからないのは正常です。では“何が分からないか”を言語化しましょう」


その瞬間、私は理解した。

泣かせたいわけじゃない。

ただ、人は“自分”が見えすぎると泣く。


この日から、クラスに妙な現象が生まれた。

私と話した男子は、だいたい弱る。

質問に答えるうちに、自分の苦手や悩みが全部言葉になってしまうからだ。

本人は泣きたいわけじゃない。ただ、急に“自分”が見えすぎてしんどくなる。


弱った男子は、優しい女子に励まされる。

励まされ、受け止められ、いつの間にか仲良くなる。

結果として女子は恋に勝つ。


女子たちは言った。


「論崎と話した男、必ず落ちる。勝利の女神だ」


私は真顔で訂正した。


「私は原因です。結末は別の変数です」


誰も反論できなかった。

小学生でも、たまに正論が刺さるからだ。


小学校編:係活動が、研究所になった日


次にやらかしたのは、五年生の時。

私は「係活動が曖昧すぎる」という問題に興味を持った。


給食係は忙しいのに、飾り係は暇そう。

図書係は怒られるのに、掲示係は褒められる。

差がある。差があるのに、評価基準がない。

基準がないと、納得できない。


私は係活動の“見える化”を始めた。

廊下に手作りの表を貼り、各係の仕事量を点数化し、週間レポートを作った。

内容は観測→記録→改善案。すでに今の私の原型である。


最初は先生が褒めた。


「理央ちゃん、すごいね。しっかりしてる」


褒められると、私は追試する。

追試とは、さらに精度を上げることだ。


私は全係にアンケートを配った。

当時からページ数だけは立派だった。

質問の例を挙げる。


・仕事が面倒に感じる瞬間はいつか

・面倒の原因は、量・時間・責任・人間関係のどれか

・“やりたくない”を減らすには何が必要か

・明日から一つだけ変えられるとしたら何を変えるか

・「あなたの係が評価されない」と感じるのはどの瞬間か


集まった回答を私は赤ペンで分類した。

そして、係ごとの“面倒ランキング”と“理不尽ランキング”を作った。

私は誇らしかった。やっと形になったからだ。


しかし、形になった瞬間に、人が弱った。


「私の係って、そんなに意味ないの……?」

そう言って泣いたのは、掲示係の女子だった。

彼女は怠けていたわけじゃない。ただ、評価されないのが怖かったのだ。


先生に呼び出された。


「論崎さん……係活動は、そこまでしなくていいのよ……?」


私は真顔で返した。


「改善しないのですか」


先生は困った顔で言った。


「……改善は、するけど……みんなの心が先……」


この時、私は“人の心”という変数の厄介さを知った。

データは取れる。

でもデータを取られた側は、思ったより傷つく。

だから私はここで初めて、少しだけブレーキの概念を学んだ。

――学んだだけで、使えるようにはならなかった。


中学校編:恋愛相談室を作ってしまった日


中学に上がると、私は眼鏡をかけ始めた。

視力矯正のためだが、結果として“真顔の圧”が増した。

真顔の圧は、質問の圧と相性がいい。最悪だ。


中学二年のある日、私は教室の隅で女子たちが恋愛相談をしているのを聞いた。

恋愛相談は情報が散っていて効率が悪い。

効率が悪いと、私は介入したくなる。


「相談を体系化しましょう。悩みを分類し、仮説を立て、検証します」


女子たちは目を輝かせた。

中学生は“体系化”という言葉に弱い。

私は黒板に書いた。


『恋愛相談プロトコル(暫定)』


・現状

・目的(どうなりたいか)

・障害(何が邪魔か)

・仮説(原因)

・介入案(行動)

・検証(結果)

・追試(再現性)


相談は爆発的に増えた。

皆が、自分の悩みを“言語化できる”からだ。

言語化は快感である。

ただし快感の後には副作用が来る。


男子が弱る。

女子が励ます。

カップルが生まれる。

私は原因。結末は別の変数。

また同じ現象だ。


女子たちは私を見て囁いた。


「論崎理央、恋のバグ」


バグではない。仕様だ。

しかし仕様と言うと余計バグっぽいので、私は黙った。


それでも私が止めなかったのは、理由がある。

恋愛相談には、学級会や係活動にはなかった“即効性”があった。

質問を投げれば、答えが返ってくる。

答えが返れば、次の質問が見える。

その連鎖が美しくて、私は少しだけ夢中になった。


夢中は危険だ。

夢中になると、相手の疲労を見落とす。


中学校編:文化祭が“心理実験”になった日


中三の文化祭。

クラス劇の配役が決まらず、揉めに揉めた。

私が興味を持ったのは、配役そのものではない。

揉める理由だ。揉める理由は必ず構造化できる。


私は笑顔で言った。


「争点を整理します。『やりたい』『やりたくない』『向いてる』『向いてない』が混ざっています。分けましょう」


皆が黙った。

黙ったのは納得したからではない。

「分けられる」と気づいてしまったからだ。逃げ道がなくなる。


私は続けた。


「第一希望と第二希望を提出してください。

その上で、希望理由を三つ。

そして“絶対に無理”な条件を一つ」


紙が集まった。

私は分類し、表にし、衝突ポイントを可視化した。

そして、衝突している二人を呼び出し、にこやかに尋ねた。


「あなたが本当に嫌なのは、役ですか。失敗ですか。人前ですか。それとも評価ですか」


その瞬間、二人の顔色が変わった。

役が嫌なんじゃない。失敗が怖い。

怖いと言えなかった。

言えなかったのに、私に言わされてしまった。


二人は泣いた。

私は反省した。

でも反省しても、私は同時に理解もした。


“本音”は、掘ると出る。

出た本音は、扱いを間違えると人を壊す。


――そして、扱いを間違えるのが私だ。


文化祭の劇は成功した。

クラスは団結した。

先生は褒めた。

でも私は知っている。

団結の裏で、何人かの心が疲れたことを。

私の質問が刺さった場所が、まだ治っていないことを。


だから私は、その後しばらく、質問を減らそうとした。

減らそうとした、というのがポイントだ。

減らせたわけではない。

興味は勝手に生まれる。

生まれた興味は、勝手に私の手を動かす。

私の欠点は、そこにある。


高校編へ:帝央高校は、現象の温床


そして私は帝央高校に入学した。

天才が集まる場所。合理が通りやすい場所。

つまり私にとって、最悪に居心地がいい場所だ。


ここでは恋愛すら制度化される。

誰かが弱る工程が発生し、誰かが拾い、誰かが勝つ。

原因はいつも私で、結末はいつも別の変数。


私は今日も、興味を持ったものを追いかける。

逃げ道を塞ぐ質問票を作り、観察し、記録し、検証する。

それが私の“普通”で、私の“やらかし”だ。


結論から言うと、私は昔から“原因”だった。

そして原因は、必ず物語を動かす。

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