【サンプル】興国の薔薇~有能美姫は無駄能力しかない俺を選ぶ~
春生直
無能の王子と傾国の美姫
どさり、と身体が地に落ちると、砂埃が視界を覆った。
喉元に突き付けられる木剣の切っ先、口の中に広がる血の味。
秋晴れの空に響く高い笛の音は、分かり切った結末に対して滑稽ですらある。
「そこまで! 勝者は第一王子様!」
審判の声を聴くまでもなく、第五王子——カリエール・ブラックロードは敗者であった。
王宮の中庭にある石畳の稽古場で、定期的に開催される王子たちの練習試合。
剣の才能どころか、王族として役に立つ才を何一つ持たないカリエールにとっては、ただ蹂躙されるだけの時間だ。
男性にしては小柄で、細い身体は見た目通りに弱い。
目を覆うほど長い黒髪についた埃をはらうこともせず、カリエールはへらり、と笑うことしかできなかった。
「我がシュトラセート王国は侵攻の危機にさらされているというのに、王子のお前がこの体たらく——」
高座から試合を見ていた父王は、つまらなさそうに嘆息した。
失望することすら勿体ない、とでもいうように。
老いてなお立派な体躯、金髪碧眼に髭を生やした高貴な顔。
「お前など、生まれてこなければ良かったのだ」
父王から飽きるほど聞いた言葉に、カリエールはもう何を感じることも無い。
無能の王子。
不要の存在。
不名誉な呼び名ばかりが増えていく。
反省の色もなく、彼はまたへらりと笑った。
「仰る通りです。僕は出来損ないですから」
人生は妥協の産物だ。
夢や希望なんて、『選ばれた』者の特権で。
『選ばれなかった』俺は、無様に息をすることしか出来ない。
──そう思っていた。ずっと。
☆☆☆☆☆
半地下の部屋は、いつも薄暗い。
王子といっても名ばかりのカリエールは、王宮の端に使用人のような一室を与えられていた。本棚と寝具を置けば一杯になってしまうような、小さな部屋。兄たちの豪華な部屋とは、比べるまでもない質素さだ。
練習試合でこてんぱんにやられ、疲れ切った彼は、着替える気力もなく寝具に倒れ込んだ。
「……ってて……兄上は皆、容赦ないよなあ……」
手足を伸ばすと、鈍い痛みが全身を駆ける。
視線の先には申し訳程度に光の差し込む窓があり、王宮の外の道路が見える。
人の足や車輪の往来。
騒がしくも活気のあるその様子を、ぼんやりと眺めているのが好きだった。
「二十五、十八、三十六、また十八……」
ぶつぶつと数字を唱えている時だけは、嫌なことを忘れられる。
「二十五、四十八、三十六……」
身分の低い母親から生まれた自分は、父王に望まれた命ではなかったこと。
物心つく前に、王の寵愛を妬んだ妃に母親が殺されたこと。
父王に愛されたくて努力しても、自分には何の才能もなかったこと。
いっそもう生きるのをやめてしまおうか、という考えが、何度も頭の中をちらついた。けれど、カリエールは自分を殺すこともできないほどに臆病だった。
つい、と片目から温かいものが流れ、シーツに染みを作る。
こんなにも絶望しているのに、生命の活動をやめない自分の身体は、やはり出来損ないだ。カリエールは力無く笑った。
「国を傾かせるほどの美女だってよ!」
窓の外からは、通行人たちの陽気な声が聞こえてくる。
「ああ、西の大国のお姫様だろ? とんでもなくお美しいらしいな! 『傾国の薔薇姫』とかなんとか呼ばれて、世界中の王族や貴族が求婚してるらしいぜ!」
「ま、俺たち庶民には関係ない話だがな!」
「違いない!」
笑い声が去っていく。
西の大国——リディエ皇国の第一皇女についての噂は、カリエールも何度か耳にしたことがあった。
とにかくこの世のものではない美しさで、生家の権力も相まって、あらゆる人間が彼女と結婚したがっていると聞く。
傾国の薔薇。
最上の美姫。
カリエールとはまるで反対の、この世の賛辞を全て集めたように輝かしい存在。
「……愛されるって、どんな感じだろう」
誰にも聞こえないくらいの声量で、口から言葉がこぼれ落ちた。
彼女のことが、ただ羨ましかった。
世界から溢れんばかりに向けられる愛情の、わずかでも良いから分けてほしかった。
第五王子で能力も後ろ盾もない自分が、結婚なんて大それたことは望まない。
愛というものの片鱗でも、掴むことができたのなら——
カリエールの心は、ずっと渇いていた。
☆☆☆☆☆
そんなある日、王が王子たちを呼びつけた。
『陛下、お呼びとあって参上いたしました』
玉座の前の赤い
第一王子、レオニダス。
母は国内有力貴族の娘で、王譲りの金髪碧眼が麗しい。背も高く、何をやらせても優秀な男だ。
第二王子、ドレイク。
母は隣国の姫で、その後ろ盾から、最も王位継承が有力視されている。黒髪に青い目の精悍な顔立ちで、特に剣技に優れる。
第三王子、リシュテン。
母は王族の出身で、茶髪にヘーゼルナッツ色の目の柔和な顔立ちながら、見事な戦闘魔法の使い手。
第四王子、ジュリオン。
母は豪商の娘で、やはり王譲りの金髪碧眼に眼鏡をかけている。商才に優れ、王の政務を助けている。
そんな才能豊かな兄たちに囲まれ、第五王子のカリエールは萎縮するほかない。
低い背丈は猫背のせいでさらに低く見えるし、ぼさぼさとした黒髪は黒い瞳を覆い、陰気さを増す。
おまけに剣も魔法も政治も、てんで駄目ときている。生来の生真面目もあって勉強の成績だけは良いが、それだけでは何の役にも立たない。
父王が自分に失望して追放されないように、いつものように存在を消してやり過ごすつもりだった。
王は高い玉座から下を向き、厳めしく口を開いた。
「息子たちよ、よくぞ集まってくれた。お前たちに一つ、頼みがある」
『はっ、陛下の仰せのままに』
王子たちは声を揃えて返事をする。満足そうに王は頷き、言葉を続ける。
「お前たちも知っての通り、我が国は小国だ。しかしその土地が
長身の麗しい第一王子は、淀みなく返答した。
「外交を強化し、侵攻されぬよう備えておくことにございます」
優秀な長兄の答えを聞いて、王は満足そうに首肯した。
「その通りだ。特に、大国との婚姻関係ほど頼もしいものはない。『汝、婚姻によって繁栄せよ』という昔の言葉もあるくらいだ」
王の言葉に、第二王子が口を開く。
「——すなわち、大国との婚姻を結ぶ機会があるということでございますか?」
「ああそうだ、ドレイク。かの有名な、リディエ皇国の第一皇女——『傾国の薔薇姫』が、面白い催しをなさるようだ。何でも、あまりに求婚者が多いので、舞踏会を開いて嫁ぎ先を決めるとか」
「それは、また——」
ドレイクは言葉を失った。他の王子たちも、驚いた様子だ。
大国の王子が妃を選ぶために舞踏会を開くことはあるが、まさか姫が選ぶ立場とは。『傾国の薔薇姫』とは、そんなにも大層な存在なのだろうか。
「姫が選ぶ、とはなかなかに前例のないことだが——リディエ皇国は大国だ。皇子や姫の数も多いと聞き、無理に他の大国との関係を結ぶ必要がないのだろう」
王は何かを企んでいるような顔で、にやりと笑った。
「そこで、我がシュトラセートにも勝機があるということよ」
どういうことか分からず、カリエールは困惑したが、他の兄たちは納得したように頷いた。
第三王子のリシュテンがふわりと笑ってこう述べる。
「つまり、我らがリディエ皇国の舞踏会へと出向き、薔薇姫の御心を射止めればよろしいのですね」
「我が意を得たり。私の息子たちはみな優秀でよろしい」
その息子の中にカリエールは入っていなさそうだったが、とりあえず状況は理解した。つまり、シュトラセート王国の王子たちの誰かがリディエ皇国の姫に選ばれ、結婚することが出来れば、外交上とても有利ということだ。
「お任せください、陛下! 必ずや姫の御心を掴んでみせましょう!」
第四王子のジュリオンが頼もしそうに言う。彼ほどの権謀術数の使い手であれば、姫の心を奪うことも可能だろう。
今回の話は自分には関係なさそうだ、とカリエールが身を縮こませていると、王はいきなり彼の名を呼んだ。
「カリエール」
「はっ、はい!」
慌てて返事をすると、王は色のない目で彼を見つめる。
「お前は、兄たちの従者として同行せよ。せいぜい兄たちを引き立てるために、努力するんだな」
兄たちの引き立て役を務めるために、カリエールはこの場に呼ばれたのだった。
「はい……」
カリエールは大人しく返事をして頭を下げた。
正直に言えば面倒くさいし、何かへまをして怒られるのが怖いが、そんなことを言える立場ではない。彼には従うという選択肢以外はなかった。
そもそもカリエールは美人な女性が苦手だし、華やかな場に行くのも嫌いだ。
だから、全く思いもしなかったのだ。
あんなことになるだなんて——
☆☆☆☆☆
「シュトラセート王国が第五王子、カリエール・ブラックロード! 私は貴方を選びます!」
リディエ皇国の広い大広間には、目がくらむほどの数のシャンデリアが輝いていた。
彼女を求めてひしめく人波の中、第一皇女、アデルローズ・フレイアは大輪の薔薇のごとく微笑んだ。
銀の豊かな髪は腰まで波打ち、新雪のように透き通った白い肌にけぶる長い睫毛。その間からのぞく、朝焼けの海を思わせる、緑と青のあわいのように輝く瞳。滑らかな頬、形の良いふっくらとした唇は、それこそ薔薇の花びらのよう。
彼女こそが『傾国の薔薇姫』その人だった。
———————————
サンプル版はここまでです。
剣と魔法と領地改革のファンタジーにしようと思っているのですが、いかがでしょうか?
もしご意見等あれば、お寄せいただければ幸いです。よろしくお願いいたします!
【サンプル】興国の薔薇~有能美姫は無駄能力しかない俺を選ぶ~ 春生直 @ikinaosu
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