日陰の星

綴葉紀 琉奈

第1話 北岳

私は、いつも二番手だった。


 家の中では、弟が一番だった。

 勉強も、運動も、見た目も。

 何かにつけて比べられて、比べられるたびに、結果は決まっていた。


 母はよく言った。

「どっちも大事よ」


 でも、テストの点が返ってくると、最初に褒められるのは弟だった。

 運動会でも、写真に残るのは弟の姿だった。


 私は悪くなかった。

 成績も毎回90点は取れている。

 運動会も私なりに頑張った。


 ただ、勝てなかった。


 弟より、少しだけ。


 学校でも同じだった。

 クラスには必ず、一番がいた。


 勉強ができる子。

 運動神経がいい子。

 顔がいい子。

 声が大きくて、自然と輪の中心にいる子。


 私は、そのすぐ後ろにいた。


 二番目。

 悪くない位置だ、と言われる場所。


「すごいじゃん、二番なんて」


 そう言われるたび、胸の奥が少しだけ冷えた。

 それは褒め言葉の形をした、区切りだった。


 ――一番にはなれない、という前提。


 日本で一番高い山は、誰でも知っている。

 でも、二番目に高い山の名前を、どれだけの人が知っているだろう。


 私の場所は、きっとそこだった。


 存在はしている。

 でも、見なくても困らない場所。


 誰かにとって、私は必要だっただろうか。

 誰かの選択肢の中で、最初に選ばれたことはあっただろうか。


 考えれば考えるほど、答えは曖昧になった。


 夜、自分の部屋で天井を見つめる。


 弟の部屋からは、楽しそうな声が聞こえてくる。

 誰かと通話しているらしい。


 私は、誰にも電話をかけなかった。


 かける理由が、思いつかなかった。


 布団の中で、小さく息を吐く。

 胸の奥に、溜まっていた言葉が、ぽろりと零れた。


「……誰でもいいから」


 声は、とても小さかった。


「私を、一番に思ってほしい」


 それは、叫びでも祈りでもなかった。

 ただの、独り言だった。


 叶うはずがないと思っていた。

 思っていたからこそ、口に出してしまった。


 そのまま目を閉じる。

 部屋の明かりは消さないまま。


 願ったことを、少しだけ後悔しながら。


 でも、その夜、

 私はまだ知らなかった。


 その言葉が、

 正確に届いてしまったことを。

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