親友をヒロインのモデルにした百合ラノベを書いてたら、本人にバレました

皇冃皐月

プロローグ

 趣味で百合軽小説ラノベをネット小説サイトに投稿していた私は猛烈なスランプに陥っていた。

 書いている最中は最高に面白いのに完成して読み返すと全く面白くなくてボツにする。そんなことを繰り返していた。その不毛なサイクルを脱するために、というか気分転換のために小学校からの付き合いであった『親友』をヒロインのモデルにして執筆することにした。

 それを投稿したのが運の尽き。

 あろうことかバズって書籍化してしまった。百合軽小説ラノベ作家というだけでも誰にも言えない秘密だと言うのに、親友をモデルにしてるとか……墓場まで持っていくレベルの秘密だ。


◆◇◆◇◆◇


 「……ねえ、これさ」


 放課後の教室。

 帰り支度をしていた私、南雲なぎさの机に、ことんっという軽い音とともにスマホが置かれる。指先を擦るように弄り、私のことを見つめる。視線から逃げるようにスマホの画面へ視線を落とす。

 画面に映っていたのは、見覚えがありすぎる表紙だった。


 私が匿名で投稿している百合ラノベ。

 総合ランキング一位を獲って、そのまま書籍化まで決まった、『親友だから恋しないとか誰が決めたのか、本気で考えてみようと思う』だった。

 ファンの間では『のかみよ』と、一昔前のラノベみたいな略し方がされている。


 「え、なにそれ」


 まるで初めて見ました、みたいな反応をしてみせる。私が作者だなんてバレたら人生の終わりだ。


 「しらばっくれても無駄だと思うよ?」


 そう言って笑ったのは、北山紀伊きたやまきい

 小学生の頃からずっと一緒の、私の親友だ。亜麻色の長い髪の毛が彼女の動きに合わせて、ゆらゆらと揺れている。


 毛先を目線で追いかけながら、思う。

 ああ、人生詰んだ。


 「これ、なぎちゃんが書いてるんでしょ」

 「……なんでそうなるの?」

 「だってさ」


 紀伊はわざわざ表紙を親指と人差し指でスワイプし拡大する。スマホの画面にはヒロインのイラストがでかでかと表示された。


 「まずこのヒロインのイラスト。どう考えても私じゃん。髪の色も、長さも、肌の色も、スタイルだってそう」

 「…………」

 「まだあるよ、それにね」


 紀伊は攻撃の手ならぬ口を緩めない。

 今度は本文をスクロールして、とあるページで手を止めた。そこには『ねえ、それって今決める必要ある? 後で後悔するくらいなら、ちょっと考えたほうがいいじゃん』という紀伊らしさ全開なセリフが。そして『考え事をするとき、彼女は無意識に指先をいじる。自分では気づいていないところが、なんだか可愛いと思う』という地の文が、さらには紀伊の大好物である抹茶ラテを口に含む描写もある。


 「このヒロイン。性格も口調も、趣味も癖も……どう見ても私じゃん」

「……」


 否定できる要素が、ひとつもなかった。

 スランプに陥っていた私は、リハビリのつもりで書き始めた。

 身近で、観察しやすくて、感情の動きが分かりやすい存在。


 親友。


 それがまさか百合で爆発的にウケて、総合一位を取るなんて思わないじゃん。すぐに書籍化打診来るなんて思わないじゃん!


 「ち、違くて……!」

 「うん?」

 「モデルっていうか、参考っていうか……!」

 「ふぅん、へえ……」


 紀伊は面白そうに目を細める。


 「じゃあさ。私がモデルってことで、合ってるんだ」

 「……否定は、できません。というか、はい、そうです」


 私は観念して肩を落とした。


 終わった。

 軽蔑されるか、引かれるか、最悪縁を切られるかもしれない。

 親友をヒロインのモデルにしているとか、冷静に考えて気持ち悪すぎる。


 百合作家。

 ラノベ作家。

 しかも親友を勝手にヒロインのモデルにしているという気持ち悪さ。


 役満だ。

 なんなら今ここで切腹でもした方がいいかもしれない。幾分か潔いだろう。


 ところが。


 「…………」


 紀伊は指先を擦り合わせながら、目を瞑る。わかりやすく考え込んだあと、にやっと笑った。


 「じゃあさ」

 「……はい」


 被告人として裁判を受けているような気分だった。判決を待つ感情ってきっとこうなのだろうと思う。


 「私、協力してあげよっか」

 「……わかりました、って、え、は?」


 思考が追いつかない。

 覚悟していた酷い言葉の数々。どれもこれも掠りすらしない言葉が紀伊の口から放たれた。


 「だって、モデルが本人ならさ。取材し放題だし、リアリティ上がるでしょ?」

 「いや、でも……百合だよ?」

 「知ってるよ」


 あっさり言われた。


 「キスとか、抱き合ったり、手繋いだり、そういうやつでしょ」

 「…………」


 知識が具体的すぎる。


 「別にいいよ。減るもんじゃないし」

 「よ、よくないでしょ普通!?」

 「そう?」


 紀伊は首を傾げて、少しだけ声を落とす。


 「なぎちゃんが書いてる私、嫌いじゃないし。なぎちゃんとなら別にそういうことしたっていいと思ってるから」


 胸が、嫌な音を立てて跳ねた。


 「……それに」


 紀伊は、いつもの親友の距離感で、ぐっと顔を近づけてくる。


 「中途半端に書かれるほうが嫌じゃん。どうせなら、ちゃんとリアルにしよ? もっと私を魅力的に描いてよ」


 近い。

 近すぎる。睫毛の微細な動きさえもわかるほどの距離。微かな息遣いさえもしっかりと伝わってくる。もしも私が少し顔を動かせば、唇が重なってしまう。それなのに紀伊は気にする様子さえ見せない。キスする一秒前。それってきっとこういう状態なのだろう。目を瞑って、キスをするだけ。唇を重ねるだけ。


 目を瞑ろうとしたら、紀伊は距離を取った。


 「取材だよ、取材! キスする直前の取材。もしかして、本当にすると思った?」

 「思ってないし、わかってるし」

 「本当かなあー?」

 「本当だからっ!」


 そうして私は、百合を書くために、親友と百合をすることになった。

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