祈りの銃と異界の娘
白玉蓮
第一話 異界の教会と、生臭い神父
――炎が、空を裂いた。
閃光。衝撃。耳をつんざく悲鳴。
機体が大きく軋み、金属が悲鳴を上げた瞬間――視界の端で、赤い尾を引く何かが落ちていくのが見えた。
飛行機が、墜ちている。
「うそ……」
声にすらならなかった。
重力が逆さまになったみたいに、世界がぐにゃりと歪む。座席のベルトが骨を締め上げ、誰かが叫び、誰かが祈り、誰かが泣いた。
次の瞬間、白い光が全部を塗り潰す。
――そこで、私の意識は途切れた。
◆
――気づけば、私は冷たい床の上に寝かされていた。
背中に硬い石の感触。
目を開けると、天井には色とりどりのステンドグラスが嵌め込まれていて、そこから射す光が静かに揺れていた。
夢の中の教会みたいに綺麗で、現実味がなくて――だから余計に怖い。
鼻腔をくすぐるのは、甘くてスパイシーな香り。
煙のように残るそれは、たぶん乳香――教会で焚く香の匂いだ。
「……ここ、どこ……?」
掠れた声が自分のものとは思えない。喉が痛い。頭が重い。
起き上がろうとした瞬間、視界の端で黒い布が揺れた。
祭壇の前。
一人の男が跪き、静かに祈りを捧げている。
黒い法衣。背筋の通った立ち姿。
祈りの声は低く、淡々としていて――途中まで、ちゃんと敬虔だった。
「主よ、この娘に安息を与えたまえ。
……ただし、まだ死んでいないのなら――ついでに目も覚まさせてあげてください」
……最後、軽くなかった?
思わず瞬きをした。
男がゆっくり振り向く。光の中で、銀色の髪がふわりと揺れた。
月光の糸みたいに淡い銀髪。
青灰色の瞳。整いすぎて不自然なくらいの横顔。
その目が私を捉え、ふっと笑う。
「おや。目を覚ましましたね」
声音は柔らかいのに、どこか冗談めいていた。
「よかった……死んだ人間を教会に運び込むのは、書類が多くて大変なんです」
「……え?」
書類?
死んだ人間?
脳が追いつかず、私は口をぱくぱくさせるだけだった。
「こ、ここは……どこですか? 私、飛行機に――」
「ひこうき?」
男は顎に手を当て、少し考える仕草をした。
本当に知らない言葉を聞いた、という顔で。
「ふむ。聞き慣れない単語ですねぇ」
嫌な予感が背筋を走る。
「ここはヴァルティス王国、都アルトレアの外れにある教会です。
そして私はアベル・クレイン。貴女を拾った、少々お人好しな神父です」
「……神父……さん……」
「ええ、一応。神の代理人、というやつです」
笑って肩をすくめる。
穏やかだけれど、目の奥が妙に読めない。
「ただ、信仰よりお布施を優先するタイプですがね」
「お布施……って、お金のことですか?」
「そうですとも。神の加護はタダではありません」
当たり前みたいに言い切られて、言葉が詰まった。
「それに、あなたの手当てに使った薬も聖水も高いんですよ?
まぁ、“異界の娘”への初回サービスということで、今回は見逃しましょう」
異界の、娘――。
その単語が、胸の奥に刺さる。
異界? この世界は? 私は?
頭の中で答えが形になる前に、視界がふらりと揺れた。
思考が追いつかない。世界が遠ざかる。
アベルさんは小さく息を吐き、私の様子を見ながら穏やかに言った。
「無理に考えなくていいですよ。
この世界に来た理由なんて、誰にも説明できないんですから」
「……どうして、助けてくれたんですか」
絞り出した問いは、我ながら情けない声だった。
怖い。ここがどこでも、私がひとりなのは変わらない。
アベルさんは口元だけで笑う。
「そうですねぇ。気まぐれ、でしょうか。
あるいは、神の悪趣味な導きかもしれません」
軽い言い方なのに、どこか刺々しい。
「だいたい、空から降ってきた女の子なんて、珍しいですからね」
空から……降ってきた。
墜落の瞬間が脳裏を掠め、胃がきゅっと縮む。
それでも、彼の目は冗談を言う人のそれで、恐ろしいほど静かだった。
その笑顔は優しい。
けれど、ほんの一瞬――影が差したように見えた。
この人、冗談ばかり言うのに。
……少し、寂しそうだ。
「さて」
アベルさんは立ち上がり、こちらへ歩み寄る。
「そろそろ立てますか? 立てないようなら――お姫様抱っこで運びますけど」
「だ、大丈夫ですっ!」
反射で叫んだ。
慌てて起き上がろうとして、足元がぐらつく。
「っと……」
次の瞬間、指先が私の腕を支えた。
アベルさんの手は思ったより温かい。
近い。
かなり見上げるくらいの高身長に、整った顔立ち。年齢は……二十代後半くらい?
笑っているのに、どこか距離がある。
視線を逸らした先、机の上に黒い銃が置かれているのが見えた。
銃――。
しかも、普通の拳銃じゃない。
銀の装飾が施され、見たことのない文字が刻まれている。意匠そのものが、宗教用品みたいに神々しいのに、物としてはひどく生々しい。
「……神父さん、それ……」
「ああ、これですか?」
アベルさんは軽く銃を持ち上げた。まるで杖でも扱うみたいに自然な動きで。
「
「いのりを……撃つ……?」
「ええ。ほら、“信仰”にもいろんな形があるでしょう?」
陽光が鋼を照らして、青白い光を放つ。
美しいのに、怖い。
祈りを武器にする。
言葉の形だけなら神聖なのに、中身は中々に血生臭い。
アベルさんは銃口を天井へ向け、指先で静かに十字を切る。
「主よ、今日も罪深き者を赦したまえ」
その声は祈りというより――呟きだった。
願いというより、諦めに近い温度。
胸の奥が、ちくりと痛む。
銃を片手に祈る神父。
この世界、絶対に平和じゃない。
それでも、彼が飄々と笑うのが、ほんの少しだけ救いに思えた。
少なくとも、私を「今すぐ殺す」タイプの人間じゃない。……たぶん。
「さあ、異界の娘さん」
アベルさんは銃を机に戻し、柔らかな笑みで言った。
「今日から貴女は、この教会で暮らすんですよ。
食費と寝床代は……そうですね。信仰心で割引してあげましょう」
「え? お金なんて持ってないですよ!?」
「では労働でお願いしましょうか。炊事洗濯とかでね」
さらっと言う。
神父の口から出る単語が世知辛すぎる。
「……神父って、もっと慈悲深いと思ってました」
「慈悲では生活できませんからね。お布施は正義です」
「うわぁ……生臭坊主……」
「神父です」
きっぱり訂正されて、私は思わず眉をひそめた。
――こうして私は、異世界で最初に出会った人が、
サボり魔で、お金にうるさくて、笑顔だけはやけに綺麗な神父さまだと知ることになった。
そして同時に、
この教会での“居候生活”が、私の運命を静かに変えていくことも――まだ知らなかった。
祈りの銃と異界の娘 白玉蓮 @koyomi8464
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