第11話「王都炎上と覚悟の咆哮」

「敵襲! 敵襲ーッ!」

 悲鳴のような報告と共に、王都の空が赤く染まった。

 夕焼けではない。炎だ。

「なんだ!?」

 ルッツが窓から外を見ると、王都の上空に巨大な影が舞っていた。

 翼開長数十メートルにも及ぶ、伝説の魔獣『エンシェント・ドラゴン』だ。

「なんでこんな所にドラゴンが!?」

 本来なら人里には現れないはずの天災級モンスターだ。

 騎士団の寮が慌ただしくなる。

「総員、第一種戦闘配置! 王都を防衛せよ!」

 号令が響く。

 ルッツは迷った。自分はもう、ここの人間ではない。逃げるべきか?

 いや、カイルたちが、仲間たちが戦っている。

「……くそっ! 最後のご奉公だ!」

 ルッツは剣を掴み、部屋を飛び出した。

 街は地獄絵図だった。ドラゴンの吐く炎が建物を焼き払い、人々が逃げ惑っている。

 騎士団が必死に応戦しているが、魔法も矢もドラゴンの硬い鱗に弾かれ、全く通用していない。

「下がれ! 焼かれるぞ!」

 前線で指揮を執っているのは、イグニスだった。

 彼は単身、ドラゴンの正面に立ち、強大な氷の魔法を放っていた。

「凍てつけ!」

 氷柱がドラゴンの翼を打つ。だが、ドラゴンは咆哮一発でそれを粉砕した。

「グオオオオオ!」

 ドラゴンの反撃。極太の火炎ブレスがイグニスを襲う。

 イグニスは魔法障壁を展開するが、火力の桁が違う。障壁がミシミシと音を立ててヒビ割れていく。

「殿下!」

 側近たちが叫ぶが、熱波に阻まれて近づけない。

 イグニスの顔に苦悶の色が浮かぶ。

(……ここで終わりか)

 イグニスの脳裏に、ルッツの顔が浮かんだ。

 βだと告げられた時の、あの悲しげな顔。

 イグニスは怒っていたわけではなかった。ただ、混乱していたのだ。

 自分が愛したのは「Ωのルッツ」という記号だったのか? それとも「ルッツ」という魂そのものだったのか?

 その答えが出せないまま、合わせる顔がなくて避けてしまった。

(馬鹿だな、俺は)

 障壁が砕け散る。炎が迫る。

 その瞬間。

 黒い影が炎の中に飛び込んだ。

「うおりゃあああああ!」

 気合一閃。

 横合いから飛び出したルッツが、ドラゴンの鼻先に強烈な飛び蹴りを叩き込んだ。

 ドゴォッ!

 不意を突かれたドラゴンが首をのけぞらせ、ブレスの軌道が逸れる。

 炎はイグニスの真横を焼き尽くした。

「……ルッツ!?」

 イグニスが目を見開く。

 煤だらけのルッツが、ニッと笑って振り返った。

「呆っとしてないでくださいよ、殿下! 焼き鳥にされますよ!」

「なぜ……お前、逃げたんじゃなかったのか」

「逃げるわけないでしょう! 俺はまだ、騎士団員ですから!」

 ルッツは剣を構え、ドラゴンに向き直る。

「βだからって、足手まといだと思わないでくださいね。フェロモンは効かなくても、物理攻撃なら任せてください!」

 その背中は、以前見た時よりも小さく、けれど何倍も大きく見えた。

 イグニスの中にあった霧が、一瞬で晴れた。

 ああ、そうだ。

 こいつはβだ。Ωではない。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 俺の前に立って、俺を守ろうとする、この無鉄砲で愛しい男。

 イグニスの腹の底から、力が湧き上がってきた。

「……そうだな。お前は最高だ」

 イグニスは立ち上がり、剣を抜いた。

「行くぞ、ルッツ! 俺が道を作る。お前が翔べ!」

「了解!」

 二人の影が重なり、最強の魔獣へと駆けた。

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