小さな夢

久部花洛

第1話 小さな夢

町のカフェで、談笑している男達を見かけた。一人は笑いながら話し、もう一人は頷きながら聞き、時々笑った。だが、青い服の男がする話は、真昼のカフェには似つかわしくなかった。そこで私は、出来るだけ原型のまま正確に、それをここにのせようと思う。

 これはあくまで仄聞であり、話の真意は分からない。



「中学生の頃、入院したことがあったんですよ。交通事故なんです。腰の骨が折れて、もう動けなくて。まぁ、大怪我なわけだったんですが。

「母にもたくさん心配されましたし、私も初めての入院で不安でした。それでね、あれほどの大怪我で、痛くて動けないわけですから、人の助けがないと、トイレにも歩くことすら出来なかったんです。

「自転車でよそ見運転をした罰なんだろうと思いました。車にひかれて、自転車から足が離れて、地面に叩きつけられたとき、広がる強烈な痛みと、流れていく血液が今でも忘れられないぐらいです。私はこれまで健康体で、病気も怪我もしたことがありませんでした。だからこそ、これは罰なんだろうと思うことにしました。

「雨が降っていた日のことでした。夜中に何回も雷がなり、私は恐怖で眠れませんでした。夜も深まり、寝ないといけないという気持ちが強まったとき、病室の扉が開いていることに気がついたんです。珍しいことです。看護師さんが忘れたのかなと思い、体も動かせないものですから、私は放っておくことにしました。そのときはそれでよかった。

「ですが、夜になると、その扉は必ず開いているんです。私は看護師に伝えました。しかし、一向に改善されません。そんなある日、その日もまた、雨が降っていました。雷がなり、同じように眠れないでいると、私はその扉の向こうから何か音がするのを聞きました。子供の足音のような。もちろん、そこは小児病棟ですから、走る子がいてもおかしくないでしょう。しかし、あんな夜中に、しかも暗い廊下を走る子なんているでしょうか? それも数十分も。私はついにその音に痺れを切らし、なんとか立ち上がれないかと努力しました。そうすると、体が動いたんです。痛みはなく、まるで、怪我をする前のように身軽に歩けたんです。私はその事に驚きましたが、すぐに足音に気を取られて、廊下に出ました。真っ白い病院の廊下。そこには何もありませんでした。ですが、私はその子供がどこかに隠れているんだろうと思って、そのまま探すことにしたんです。廊下の左側には、一定した距離感で窓が並んでいました。そして、当たり前ですが、その全てが鍵までかけられて閉まりきっていました。ですが、歩いていると、首元に冷たい水飛沫を感じたんです。そこで見てみると、前の方の窓が開いていたんです。そこから、水が飛び、床はびしょびしょになっていました。私はその窓の前で立ち止まり、外を見つめました。そしたら、右耳から誰かが走ってくる音が聞こえました。そして、それに加えて、何かの叫び声がした。私はそっちに振り向き、それは案の定、子供でした。その子供は、どんどんこっちへ向かって走ってくる。そして、私の前で止まったかと思ったら、つかさず窓から飛び降りた…。私は慌てて子供の肩を掴もうとしました。助けられるかもしれないと思ったからです。ですが、子供は雨の中、頭が潰れて血塗れになってしまいました。私は声すら出ませんでした。足が地面に張りついて動けなかったんです。

「そしたら、また右耳から音が聞こえてきました。まさかと思い、振り向くと、それはあの子供でした。さっきの少年とそっくりな少年がこっちに向かって走ってくるんです。そしてまた、飛び降りた…。私は助けようとしました。ですが、ダメなんです。何度見ても少年は飛び降り続けました。私はもはや、助けることもせず、これは夢なんだと諦めました。そんなとき、もう何人目か分からない少年がこっちに向かって走ってきて、それから、ピタッと止まったんです。そして、見開いた目で少年はこう言うんです。

「「次はおまえの番だ。」」

って。私は、身軽な体を精一杯動かして逃げようとしました。そしたら、少年に掴まれた。それで必死に抵抗して、

病室に逃げて、扉を強く閉めると、ドンドン。ドンドン。と、扉を叩いてくるんです。私は、必死に息を殺して身を潜めました。ここで出れば死ぬ。そう確信しました。だから、息を殺してひたすら待っていた。気付いたら、扉を叩く音は消えていきました。

「これは人聞きですが、どうやら私は床に倒れていたそうです。ですが、私にだけ分かることが一つありました。雨は止み、朝日が降り注いでも、夜になると、扉は必ず開いていることです。

(男はコーヒーを口に入れた)

「あの後、ある話を聞きました。私がひかれた場所で、昔、同じように交通事故が起きたらしいです。正面衝突。発見した人によれば、小さい少年が赤子を抱えたまま、頭を潰されていたと……」



私はカフェのバーテンダーに男二人の話をした。バーテンダーは不思議そうな顔をした。


「あそこには、一人しかいませんよ」


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