三人寄れば、だいたいこんな感じ

ちあきっこ

1話完結

(2016/01/11)

『三人寄れば文殊の知恵』って誰が言ったの?


毛利元就。

――ブブー。


それは「三本の矢」だ。


『三人寄れば文殊の知恵』は仏教由来のことわざで、実ははっきりした出典はわからないらしい。

要するに、「三人集まって知恵を出せば、いい考えが浮かぶものだ」という意味だそうだ。


なーんだ。


そんな前置きはさておき。

家族で3束買った宝くじでは3,900円当たり、十日戎では父が福引二等。魚の棚商店街で使える商品券2,500円分を手に入れた。


──これで一年分の金運、使い切ったな。


そんな勢いの、ちあきっこ家である。


ところがこの商品券、使用期限が2026年1月25日。

「そのうち行こう」と言っていると確実に忘れる我が家は、期限を前にして魚の棚商店街へ向かうことになった。


ここで問題が発生する。


父は車移動。

母は自転車。

ワタシは徒歩と電車。


徒歩約20分。

当然、歩くものだと思っていたら、ななななんと車で行く流れに。


「コインパーキング、あの辺いっぱいあるから」

母も意外と乗り気だ。

父は最初からそのつもり。


我が家の決定権は、だいたい父にある。

徒歩20分の距離を、車で向かうことになった。


到着自体は早かった。

しかし問題はそこからだった。


どのコインパーキングも満車。

道は細く、一方通行ばかり。

徒歩圏内だったはずの魚の棚が、車だとやけに遠い。


しばらく彷徨った末、奇跡的に空きを発見。

しかも、エメラルドグリーンのポルシェの横。


父は慎重に車庫入れをし、

ワタシはさらに慎重に助手席のドアを開けた。


ここからは、徒歩の世界。

もうワタシのテリトリーだ。


この角を曲がれば魚屋。

ここを行けば八百屋。

そして、ワタシの大好きな銘酒「獺祭」を置いている酒屋。


子どもの頃からの勘が、ちゃんと働く。


母はパッチワークや布小物の出店で、しばらく足を止めていた。

ところが、いざ買おうとした瞬間、その店では商品券が使えないことが判明する。


少しだけ、母の顔がしょんぼりする。


「先に券使えるか聞いてから買い物せな」

父の正論が、静かに刺さる。


三人で歩いているようで、

いつの間にか一人が離れ、また合流する。


魚の棚は小さいから、迷子にはならない。

自然と、三人そろう。


ワタシは鳥獣戯画や北斎の風呂敷を前に、姪っ子の顔を思い浮かべていた。

十歳にして歴女の上の子。

四歳の下の子には、何を選ぶべきか。


悩んでいるうちに、父と母が戻ってくる。

結局、歴女をあまり助長しないほうがいいのでは、という結論に落ち着き、何も買わなかった。


その間に、父と母は魚屋と八百屋で商品券を使い切ったらしい。

父の左手には、大根が飛び出したエコバッグ。


「最後に明石焼きでも食べよか」

「せっかく三人で来たんやし、並んでも美味しいとこにしよ」


珍しく意見が一致し、長蛇の列に並ぶ。

思ったほど待たずに順番が来た。


「タコ二枚に、アナゴ一枚‼︎」


よく通る声。

湯気と汗の中で、鉄板に向かうお兄さんたち。

壁一面、三面分のサイン。

誰のものかは、正直わからない。


「はい、お待たせ」

「待ってました」


熱々、とろとろ。

他より大きめのタコ。


母が“タコ二個入り”を引き当て、

少ししてワタシにも、同じラッキーが訪れた。


「じゃあ、一個も入ってないハズレも、きっとあるんやろね」

意地悪を言って、三人で笑う。


笑い声は湯気に溶け、

長居せず、外で待つ人に場所を譲る。


「ごちそうさまでした」

「美味しかったね」

「また来よう」


三人寄れば文殊の知恵、とは言うけれど。


車で行って遠回りし、

買い物はちょっと失敗して、

結局、明石焼きを食べただけ。


それでも、

三人そろって笑って帰れたなら、

今日の答えは、それで十分なのだと思う。

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