驕児

清瀬 六朗

第1話 盟友

 極楽ごくらく延苗のぶみつは、階段を上がって、昔使っていた二階の書斎に来た。

 いま書きものに使っている一階の明るい部屋とは違う。

 延苗が「じいさん」から、いや、父親から引き継いだ古い机に、本棚が机の側に二つ、反対側に三つ。

 どれも木にニスを塗っただけの無骨な本棚だ。机も本棚も、あちこちのニスがげ、あちこちに傷があった。

 そこに本だの資料だのが乱雑に押し込んである。

 その古い机の、右側いちばん上の引き出しに延苗は手をかけた。

 古い机だが、引き出しが引っかかっるということはない。すんなり開くはずだ。

 だが、その手は、止まる。

 その引き出しのなかには、延苗の「盟友」が眠っている。

 「盟友」の名は、「驕児きょうじ」。

 もう「驕児」が目覚めることはない。

 延苗は、「驕児」の眠りを妨げることはしない。

 その覚悟で、延苗は「驕児」をここにしまったのだ。

 息子も娘もこの家は受け継がないと言っているから、自分の最期さいごの後には土地も家も行政かどこかの財団かに寄附するつもりだ。「極楽寺延苗記念館」なんてものは作ってほしいと思わないから、この場所は更地さらちにされるだろう。

 この家が解体されるときに、「驕児」もがらくたの一つとして捨てられるのだ。

 それが、こいつにはふさわしい。

 自分と「盟友」として歩み続けたこいつには。

 だが。

 もういちどこいつの眠りを覚まして、いっしょに戦うか。

 疲れてここに眠る「驕児」とともに、自分も勇気を奮い立たせてもういちど戦うか。

 窓から射し込む冬の夕日のなか、作家極楽寺延苗はその机の前の椅子に座り、しばし考えにふけった。

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