第9話「脱走と決意」

 隔離生活は三日目に突入していた。

 食事は運ばれてくるし、待遇は良い。だが、部屋の外には常に衛兵が立ち、一歩も出してもらえない。

「お願いします、ガロンさんを呼んでください!」

 晴人はドア越しに何度も叫んだ。最初は無視されていたが、あまりのしつこさに根負けしたのか、夕方になってようやく宰相のガロンが現れた。

「……騒々しいぞ、人間」

 黒豹の獣人は、以前よりもやつれた顔をしていた。

「陛下はどうされているんですか? マッサージは? ちゃんと眠れていますか?」

 晴人が矢継ぎ早に質問すると、ガロンは苦々しげに顔をしかめた。

「眠れているわけがないだろう。お前の匂いが城中に染み付いて、陛下は苛立っておられる。誰の接触も拒絶し、部屋は半壊状態だ」

「だったら、私を行かせてください! 私がなんとかします!」

「馬鹿を言うな。今のお前が陛下に近づけば、確実に犯されるか、食い殺されるかだ。オメガの発情は、アルファの本能を暴走させる」

 ガロンは冷たく言い放ち、背を向けようとした。

「それでもいいです!」

 晴人の叫び声が、廊下に響いた。

 ガロンが足を止める。

「……なんだと?」

「食われてもいい。でも、レグルス様が一人で苦しんでいるのを放っておくなんて、私のプライドが許さないんです。私はあの人の『専属』ですから」

 晴人の瞳に宿る光は、弱々しい愛玩動物のものではなかった。それは、命がけで猛獣と対峙する調教師の覚悟だった。

 ガロンはしばらく晴人を睨みつけていたが、やがて深いため息をついた。

「……勝手にしろ。ただし、死んでも俺は知らんぞ」

 ガロンが指を鳴らすと、衛兵たちが道を開けた。

「陛下は寝室だ。結界を張っているが、お前なら通り抜けられるかもしれん」

「ありがとうございます!」

 晴人は自分の部屋に戻り、愛用の道具袋をひっつかんだ。ブラシ、アロマオイル、特製マッサージクリーム。これらが彼の武器だ。

 廊下を走る。心臓が早鐘を打っているが、足取りは軽かった。

 レグルスの寝室の前まで来ると、そこには目に見えるほどの濃密な魔力が渦巻いていた。黄金色の光が、近づく者を拒絶している。

「レグルス様……!」

 晴人はためらわず、その光の中へと飛び込んだ。

 肌を刺すような圧力。だが、不思議と痛みはない。晴人の体が放つ「陽だまりの匂い」が、猛々しい魔力を中和しているようだった。

 重厚な扉を押し開ける。

 部屋の中は闇に包まれていた。家具はなぎ倒され、カーテンは引き裂かれている。

 その瓦礫の山の中央に、巨大な影がうずくまっていた。

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