捕虜を装う
「それじゃあ、ラーシャ。狸のヌシの所に案内してくれ」
父親の話はとりあえず後回しにして、暗殺者を先に探す。
そのためにも俺はしゃがみ込んで、ラーシャを肩に担ぐ。
しかし、ラーシャは戸惑った様子を見せた。
「そ、それは良いけど……なぜ僕を担ぐ?」
「そんなの、楽だからに決まってるだろ。ヌシの場所を地図で記されても俺が分かる訳ない。それなら、お前に案内してもらった方が早い」
戦場となっている無法地帯はかなり広い。
土地勘なんて無いから、最初からラーシャに頼んだ方が早いだろう。
ラーシャは少し考え込んでから言った。
「それはそうかもしれないけど、部下たちに見られるのは避けたい。父上を殺すときは不意打ちがいいから、疑われるような真似はしたくないんだ」
なるほど、不意打ちか。
「……あ、それならさっきの会話聞かれたら不味いんじゃないのか? このテントだと、盗み聞きし放題だろ」
ここに大将のラーシャがいるのだから、戦場からの報告兵が来てもおかしくはない。
「それは大丈夫だ。このテントには防音効果が付与されているから」
「へえ、怪異にはそんな技術があるのか」
テントの薄い布を触りながら感嘆の声を漏らす。
入社試験の時の封印具みたいな物だろうか。あの時も大して役に立たなかったから、あまり覚えていないけど。
「なんだい、その自分は怪異じゃないみたいな言い方は」
ラーシャが軽く笑う。
「……鬼にはこんな技術がないから驚いたんだ」
「いやいや、鬼にも桜城があるじゃないか」
ラーシャは不思議そうな顔をする。
俺も仮面の下で同じ顔をしていただろう。
だって、桜城に特別な機能があるとか聞いたことがないのだから。
「そういえばそうだったな」
俺は適当にそう言って会話を終わらせた。
これ以上突っ込まれると面倒くさい。
そんな俺を見て、ラーシャはアハハと笑う。
「君は変な人だな」
最初は狂人とか言われていたから大分マシな評価になった。
しかし、そんなことはどうでもいい。
俺は狸のヌシの場所を知りたいんだ。
「——脱線はこのくらいにしよう。ヌシの場所まで俺を案内する良い案はないか?」
俺の言葉に、ラーシャは少し悩む。
「そうだな、例えばこれとかはどうかな——」
ラーシャの案は単純だった。
自分を捕虜に装って、敵陣に入る。
ただそれだけ。
俺はラーシャの案を採用することにした。
#
「蛇の大将は俺が捕まえた! 狸のヌシに連れて行く!」
「うわぁー、捕まったー」
テントを出ると同時に、二人揃って棒読みのセリフを言う。
テントの周りには蛇の怪異が溢れていた。
どうやらテントに突入する直前だったようだ。周囲の蛇たちは武器を構え、包囲も完成していた。
蛇の怪異たちは俺からラーシャを奪取するべく攻撃を仕掛ける。
しかし、攻撃が当たるはずがない。
俺の手には人質があるのだ。
蛇の怪異としても下手な攻撃をすることはできない。
俺はそのまま前線に向かう。ラーシャを盾にしながら、蛇たちの間を強引に突っ切る。
そして、もう一度大きな声で言った。
「蛇の大将は俺が捕まえた! 狸のヌシに連れて行く!」
「うわぁー、捕まったー」
前線には蛇の怪異も狸の怪異も混在している。
そのため、俺たちの言葉に対する反応は大きく二つに分かれた。
先ほど同様攻撃してくる蛇の怪異。
そして、俺を守るように動く狸の怪異。
突然の状況に戸惑いながらも、狸たちは敵の大将を捕らえた俺を必死に守る。
水面に加えられた一滴の雫のように、戦場には新しい流れが生まれた。
その隙に、ラーシャの指示に従って戦場を走る。
狸の怪異たちの多くは俺が敵の大将を捕らえたと言えば道を譲ってくれた。たまに話を聞かずに襲ってくる怪異もいたが、それはそれで殴り飛ばして退かせた。
その様子を見たラーシャが小さな声で言う。
「自分が提案しておいてなんだが、上手くいったのは驚きだ」
俺は小さく頷いて肯定の意を示す。
丘の上に、ひときわ大きな陣幕が見えた。
周りを布や旗で囲い、いかにも本陣といった感じだ。
まるで戦国時代にタイムスリップしたような感覚に襲われる。
俺が近づくと、丘の上から馬に乗った狸がゾロゾロと現れる。
「ヌシ様に蛇の大将を献上しに来ました!」
本陣にいるであろう狸のヌシにも聞こえるくらい俺は大声で言う。
しかし、返ってきたのは騎兵の訝しむ声だけだった。
「単身で蛇の大将を攫ったのか?」
「はい、そうです!」
俺は元気よく言うが、騎兵たちはコソコソと何かを話し合うだけ。
なかなか返事が返って来ない。
「お前をヌシ様に会わせることはできない。そいつだけ渡してここで待っていろ」
騎兵の一体がラーシャを指差す。
「どうしてですか?」
「お前が危険人物だからだ」
単身で乗り込んだと言ったのが悪かったのだろうか。警戒されてしまった。
「それは残念です」
ラーシャを降ろす。
中に入れないなら、仕方ない。
俺はゆっくりと刀の柄に手を添えた。
「なんだ、素直——」
狸の顔を一刀両断。
切り捨てる。
「いつも通りだな」
我ながら芸がないと笑う。
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