大義名分
「ぼ、僕は蛇のヌシの息子、ラーシャ! 何の大義があって戦場を荒らした!!」
子供は自分を鼓舞するように大声を上げる。
よく見ると、ナイフを持つ手は震えていた。
「俺は鬼のヌシだ。鬼の領域を取り返しに来た」
本当はヤナギたちの食トレだけど、一応大義名分は考えておいた。
大義は怪異の世界においても重要視されるらしく、理由もなく戦争を始めたら他のヌシからリンチにされるらしい。
領域は怪異の楽園であり、不必要な戦争は避けるべきだからとか。馬鹿らしい。
だが、その大義名分にラーシャは動揺して、俺にナイフを向けて言った。
「う、嘘をつけ! 鬼の領域はあの城だけだろ! 領域が小さいから見逃されているだけの鬼が、何を言っている!?」
ラーシャの言う通り、鬼の領域の大部分は桜城と呼ばれる中規模の城にある。
桜城の中で鬼たちは暮らし、城の外に出ることも少ない。
「正確に言うと、城とその周辺だ。元は広かったんだけど、お前らみたいな奴らに奪われたんだ。この無法地帯もその一つだよ」
これは事実だ。
二百年は生きているという城に住む鬼たちに聞いた。
先代の鬼のヌシがいた頃、鬼の領域はもっと広かった。広大な全領域を初期のヌシだけで分け合ったらしいから、今とは比べ物にならないだろう。
しかし、鬼のヌシが消えたことで領域は他の怪異に奪われ、残るは桜城のみとなった。
「そ、そんなはずが——」
「まあ、正直俺もそこら辺はどうでもいい。過去のことだからな」
自分で言い出しておいて何だが、鬼の領域を奪った奴らに対して憎しみとかがある訳ではない。
大義名分として便利だから使っているだけだ。
過去の恨みと言えば全ての行動が正当化できる。
「どうでもいい……? 大義がどうでもいいだと?」
「ああ、どうでもいい。大義名分は必要だから作っただけ。俺がこの戦場に来た理由は二つ。一つは腹を満たすため。もう一つはとある男を探すためだ」
このラーシャと話しているのも暗殺者の男の居場所を聞き出すのが目的だ。
「く、狂っている。戦場を食事会場か何かだと勘違いしているのか?」
「狂っているなんて酷いな。俺は自分の幸せのために頑張っているだけだ」
俺はブレーキが壊れてしまっただけで、今も幸せを求める一般人である自負がある。
幸せは欲求によって成り立っており、食欲もその一つだ。
怪異でしか腹が満たされない不都合な体になってしまったから、仕方なく食料調達で戦場に来ているだけ。
何もおかしくはない。
「狂人……」
ラーシャは理解できないという顔で呟く。
俺からしたら幸せを求めない奴の方が狂人だけどな。
「もう気が済んだか? それなら、俺の人探しを手伝って欲しい。探しているのは、おそらくヌシかそれに準ずる存在で、人間の姿をしている怪異だ。分からなければ、両陣営のヌシの場所でもいいから教えてくれ」
男に辿り着くまで頭の方から潰していくのも悪くはない。
いつかは男を見つけることができるだろう。
俺はそう思っていたが、ラーシャは何も言わずに口を開いたり閉じたりしている。
「これはお願いではない。命令だ」
どこかの悪役が言いそうなセリフを威圧感を込めて口にする。
すると、ラーシャは震える口を動かす。
「狸のヌシの場所は喜んで提供する。だけど、蛇のヌシについて教えることはできない」
「父親だからか?」
俺が聞くと、ラーシャは首を振る。
そして、暗い光を宿した瞳を俺に向けて言った。
「蛇のヌシが戦場に来ていないからだ」
ラーシャの瞳孔が縦に長くなる。
それが何を意味するか俺には分からない。
だが、ラーシャから発せられる匂いが濃厚になった。
まるで、屋台の焼き鳥のように食欲をそそる。
「その理由は?」
「蛇のヌシは己の子供に軍隊を待たせて競わせているんだ。誰が一番領域を手に入れたか。誰が一番敵を殺したか。誰が一番ヌシを継ぐに相応しいか。それを遠くから見ている」
後継者争いというのは、やはり胸糞悪い。
志喜屋家も蛇のヌシも対立しているとは言え、中身は同じだ。
胸の奥がざらついた。
全部、壊したくなる。
「なあ、ラーシャ。お前に選択肢を二つやろう。一つは俺に無惨に殺される最期。そして、もう一つは父親を殺す未来だ。どちらがいい?」
この際、狸のヌシの場所なんてどうでもいい。
探せばいつかは見つかる。
だが、ラーシャは別だ。
今を逃せば次はない。
「なぜ、僕に蛇のヌシを殺させようとする?」
「俺の幸せのため」
それ以外言いようがない。
「なんだそれは。まるで悪魔との契約だ」
「俺は魂なんて求めない。お前が父親を殺したらそれでいい」
俺の言葉にラーシャは少し困ったように言う。
「僕は勘違いしていたようだ。君は僕が思っていたよりも優しいんだな」
「どこでそう思ったんだ。俺はお前に父親を殺させるんだぞ?」
本当に謎で仕方ない。
ナイフで殺しに掛かるくらいのことは想像していたのに、優しいと褒められてしまった。
「僕に選択肢があるからだよ」
ラーシャは俯き、言葉を続ける。
「蛇のヌシは僕に選択肢を与えなかった。たったの一度も、僕は選ばせてもらえなかった。彼にとって僕は奴隷でしかなかったんだ」
ラーシャは軽く笑いながらも、縦に伸びた瞳孔を俺に向ける。
ゾクリと背筋が粟立つ。
「僕が父を殺す。奴隷の反逆だ」
ぶわりと匂いが全身を包んだ。
なんて香ばしい匂いだ。
肉が焼け、旨みが溢れ出すような空間が目の前に広がっている。
父親を殺したらどうなるか、今から楽しみだ。
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