つまみ食いがバレそう

 その日の夜、耐えられないほどの飢えに襲われた。

 無理矢理寝ることもできず、仕方なく外を歩くことにした。

 怪異を見つけられたらという下心もあった。


 とはいえ、怪異がいる場所なんて分からない。

 公園とか、人通りの少ない路地裏とかそれらしい場所を歩いて回ったが、怪異の気配の一つもない。


 そろそろ限界が近くなってきた。

 午前〇時ごろ、自力で探すのを諦めて確実にいる場所に向かった。

 電車で二十分揺らされ、さらにそこから歩いて目的の場所に着く。


 そこは古びた神社だった。

 深い森の中にある、隠れた神社。

 年季が入った建物は、それだけで恐ろしい雰囲気を醸し出していた。

 それでも、腹が減った俺は止まらない。

 たとえ、呪われた屋敷の二の舞になっても、腹を満たしたい。


 境内に足を踏み入れる。

 あの屋敷と同じ感覚に襲われる。

 独特な緊張感のある空気。


 現実とは隔絶された世界だ。


 早速、怪異を見つけた。

 半透明の狼だ。

 俺を睨んでいる。


 ゆっくりと狼へ歩く。

 本当はダッシュで近づきたいけど、腹が減りすぎて力が出ない。

 狼はしばらく唸り、その後飛び上がって俺に噛みついた。

 腕でどうにか防ぐ。

 ガジガジと腕を噛みちぎろうとしている。

 屋敷の怪異なら、これで腕を持って行かれていた。

 それなのに、この怪異は大した抵抗もしてない俺の腕に苦戦している。


 もしかしなくても、屋敷の怪異たちは強かったのではないか。


 理不尽さを感じながらも、嬉しくもあり、複雑な心境になる。

 とりあえず、笑ってみることにした。

 笑ったことにより、少しだけテンションが上がる。


 いつまでも腕に齧り付いている狼をもう片方の手で掴み、口を開けた。


「いただきます」


 #


「事前に伝えた通り、この神社が今回の調査対象です。調べて欲しいのは、どんな怪異が出るのか。どのような呪いが存在するのか。また、明らかな異常があればそれも調査してください。何か質問はありますか?」


 以前、俺に仕事を斡旋した少女が説明役として調査メンバー四人の前に立つ。

 今説明したことも、メールに書いてあったから本当に確認というだけだろう。

 俺からは今さら質問なんてない。


「怪異っての倒したら追加報酬出たりすんの?」


「出ません」


 少女は冷たく言い放つ。

 まあ、追加報酬は出ないとメールに書いてあったのだ。少女としては見ろよという気持ちにはなるか。


「ケチだな」


「いいじゃねぇか。心霊スポットをちょっと調べるだけで二十万貰えるんだぞ」


「それもそうか」


 男二人が金貰ったら何しようかと想像を膨らませる。

 俺と白井以外の、他の調査メンバーの二人も知り合いのようだ。やけに仲がいい。


「質問がないようなので、今から調査を開始してください——あ、そうでした。念のため情報を共有しておきます。今から調査する神社なのですが、何者かが侵入した形跡があると報告がありました。そのため、危険を感じたら戻ってきても大丈夫です。それでは、ご武運を祈ります」


 少女は頭を下げる。

 それを背にして、神社に向かった。


 何者かが侵入した形跡ってのは、多分俺のことだ。二日前、空腹に耐えきれず神社に入ってつまみ食いをしてしまった。

 警備なんていなかったから大丈夫だと思ったのに……なぜバレたのだろうか。

 やはり、封印師には特別な術があるのだろうか。


 封印師なんて名前だから結界とか?


「怪異とはできるだけ接触せずに、それらしき気配があれば避けて行きます。いいですか?」


 白井の言葉で意識が切り替わる。

 今はこっちに集中だ。


「ああ? なんでお前が仕切ってんだよ」


「私は今回で十回目のバイトです。これまでも、この方法で生き延びてきました。経験は誰よりもあると思います。経験者の私に着いてきてください」


 大の大人に一歩も引かず、堂々と言った。

 白井がすごく頼もしく見える。


「ふん、このビビリが。怪異なんているわけねぇだろ。常識だ常識」


 男は自身の頭を人差し指で叩いて煽る。

 それでも、白井は動じなかった。


「私は忠告しましたよ。あなたたちが死んでも私は知りませんから。こんなバイトに応募している時点で自己責任です」


「おお、自信満々だな。そこまで言うなら、経験者(笑)さんの言うとおりにするよ」


 男たちは心底バカにして言う。

 それでも白井は慣れているのか、ため息を吐いて神社の方へ向かった。


 俺は慌てて白井に着いて行く。


「あの人たち、いいのか?」


 ここで言う「いいのか?」とは、ボコボコにして言うことを聞かせなくていいのか? である。

 このバイトでは命が掛かっているのだ。

 それくらいする必要がある。


「いいのよ、どうせ役に立たないから」


「そりゃあ……まあ、そうか」


 前回の調査を思い出す。

 誰も経験者なんていなくて、怪異を刺激して全滅しそうになった。

 どう考えても、一般人が初回で活躍するのが難しいのだ。

 怪異なんてどう対処したらいいか一般人は知らない。怪異の存在を信じている人の方が少ないくらいだ。

 だから、怪異を見るまでは自称経験者の言うことなんて聞く気にもなれない。

 そんなとこだろう。


「ここから先は怪異の棲家。何か異変があればすぐ言うこと。いい?」


 頷いて肯定の意を示す。


 白井に続き、崩れた鳥居をくぐる。


 空気が変わった。

 何度入っても慣れない感覚だ。

 肌を刺すような緊張感が広がっている。


「糸瀬くん、あまり離れないで行動しましょう」


「そうだな」


 ……それにしても、やけに静かだ。

 二日前に来た時はバイキングだとか喜べるくらいには大量にいたのに、怪異の姿は一つもない。


 なぜだ。


 ——まさか、俺が食べ過ぎたから?


 いやいや、屋敷にいた頃は毎日あれくらい食べていたぞ。それでも、翌日には減るどころか増えていた。

 絶対に俺が原因じゃない。

 俺が原因ではないが……これで怪異が見つからなかったら、あまりにも白井が可哀想だ。

 本当に経験者(笑)になってしまう。

 白井の名誉のためにも怪異の一体くらいは見つけないと。


 とりあえず、白井の後ろに着いて歩く。

 前後左右上下。

 全ての方向に怪異が見つからない。


 手水舎——手を水で清める場所を通るけど、怪異は出てこない。

 二日前はここから十体ほど怪異が飛び出してきたから、もしかしたらという希望があった。

 その希望は儚く散ったけど。


「おいおい、怪異なんて出てこないじゃねぇか」


「散々ビビらせておいて、これはないだろ。経験者(笑)」


 男が二人、大声で煽る。

 それでも白井は周囲の警戒を緩めない。


 狛犬が挟んだ道を通る。

 よし、狛犬がいる。

 この前は狛犬がいきなり動き出したんだ。

 今回もきっとそうしてくれる。


 狛犬の横を通る時、できるだけゆっくりと歩く。

 お願いだから、動いてくれ。

 頼む。


 ——その願いは、叶わなかった。


 なんでだよ。

 お前ら、二日前は動いただろ。


 とうとう、本殿の前まで来てしまう。


「私の経験によると、この中に怪異たちが潜んでいる。警戒を強めて」


 キリッとした表情でそう言う。

 すごく格好いいけど、今はそういう発言やめてくれ。

 俺の罪悪感とプレッシャーが増す。


 こんなことなら、つまみ食いなんて止めておけば良かったと後悔が押し寄せる。


 あの空腹感に耐えるのは無理だと今でもそう思うけど、何か他に対処法はあったのではないかと感じてしまう。


 ——本殿に足を踏み入れる。

 失礼だけど、土足のままだ。


 怪異と戦うため、逃げるために靴を脱ぐことはできない。

 ……怪異なんて見つからないけど。


「ギャハハハハ!! 怪異なんて、どこにもいないじゃねぇか!」


 男の一人が耐えきれず、笑ってしまう。

 それに対して白井は慌てて注意をする。


「静かにしてください。大声を出したら怪異に気づかれてしまいます」


 白井の顔はかなり焦っていた。

 それでも、もう一人の男が煽り始める。


「なあ、自称経験者(笑)さん。もう勝手な行動していいよな? ほれ、こんな所には何も——ぐぇ」


 男は潰れたカエルのような断末魔をあげる。

 事実、男は潰された。

 二メートルは余裕で超えているであろう、大男の金棒によって。


「うるさいなぁ。夜中に騒がしくするなよ」


 大男の頭には一本のツノが生えていた。

 その姿は、屋敷で見た鬼に似ている。


「ひ、ひぃぃぃ!!」


 もう片方の男が逃げ出す。


「なんだぁ、鬼ごっこか? いいぞ付き合ってやる」


 鬼は男を追いかける。

 その顔は残虐に歪んでいた。


 そして、思い出す。

 屋敷で鬼のヌシを継いでしまったことを——


 ——いや、こいつらのボスとか無理でしょ。

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