一般人は愚かである
「ただいま」
「兄さん、遅い!」
封印師を自称する集団とのドンパチが終わり、やっと家に帰ると妹の葵が怒っていた。
葵からしたら一日しか経っていないだろうが、俺にとっては一年振りの再会だ。
思わず涙が溢れそうになる。
それでも、表には出さない。
葵に心配されるわけにはいかない。
「まだ起きていたのか。先に寝てよかったのに」
「まだ十二時だよ。私のこと子供扱いしすぎ」
そう言って葵は怒るが、実際子供だ。
俺は高校一年生。葵は中学二年生になったばかりである。
二人暮らしだから家事とかを任せている一面もあるけど、それでも今は何も考えずに遊んでいい時期のはずだ。
夜遅くに帰ってくる兄を待たせる必要はない。
「まあ、いいや。ちょうどいい。誕生日おめでとう」
時計を見る。
現在、十二時五分。
日付が変わり、四月二五日。
葵の誕生日だ。
「あ、今日私の誕生日か。毎年のことだけど、兄さんに言われないと気づかないよね」
そう言って笑う葵に申し訳なく思った。
葵は多分、誕生日が楽しみじゃないんだ。
プレゼントも、ケーキも去年までは無かった。
だから、今年こそはと思ってアルバイトに応募した。
高校生活が始まったばかりでアルバイトをする暇もなかった俺に、一日で稼げる調査バイトは魅力的に見えたのだ。
「これ、ケーキ」
白い箱に入ったケーキを見せる。
すると、葵は訝しむ表情を作った。
「何、どうしたの?」
「いや、誕生日と言えばケーキだろ」
「そんなお金、うちにあるの?」
これまでお金を使ってこなかった弊害がここで出た。お金を使うと全然信用されない。
「俺がアルバイトで稼いだんだよ」
「それは聞いていたけど……本当の本当に、私のために使っていいの? 本当は何か別に買いたい物があったんじゃないの?」
「俺を信頼しろ。この日のためにバイトしたんだから」
そう言うと、葵の表情はパァッと輝く。
「やったーっ! ありがとう、兄さん!」
さっきまでの疑う葵はどこに行ったのか、そこには素直に喜ぶ姿しかなかった。
葵はこれまで我慢してきたのだろうけど、本当は誕生日にこういうのを期待していたんだろうな。
こんなことなら、毎年安くていいから買ってやれば良かった。
大学用に貯めて置くとか、そんなことを考えるべきではなかったのだ。
大事なのは今だ。
大学に入れても、子供の頃に誕生日を祝ってもらえなかったら一生傷を負って過ごすことになる。
そんな可哀想な思いを葵にして欲しくない。
「兄さん、手洗いうがいしてきて! 今すぐ食べるから!」
「はいはい」
俺のご飯とか、夜遅くに食べるなとか、そんな無粋なことを言えないほど、葵のテンションは上がっていた。
こんな姿、久しぶりに見た。
最後に見たのは、親と一緒に暮らしていた頃だろうか。
あの頃は毎日こんな風に笑っていた。
今は金銭のやり取りだけ。
葵を家族に合わせてやることもできない。
「ねぇねぇ、見て! 私の名前が書いてる!」
いろいろ支度を済ませてリビングに戻ると、葵がチョコレートのネームプレートを見てはしゃいでいた。
「良かったな」
俺も思わず笑みが溢れた。
葵は手際よくホールケーキを切り分け、それでもずっしりとしたケーキをお皿に置く。
「「いただきます」」
化け物を食べて一年。
味覚がおかしくなってないか心配になったけど、ケーキの濃厚な甘さを感じることができた。
「うん、美味しい! さすが高いだけある!」
「そうだな、美味しい」
美味しい。
化け物よりも何百倍も美味しい。
葵の笑顔でさらに十倍は美味しく感じる。
それでも、腹が満たされない。
何か物足りないように感じる。
「それにしても、随分と帰りが遅かったね」
ネームプレートを口に入れた葵は思い出したように言う。
「せっかくなら評判のいい店にしようと思って、結構遠いところまで行ったんだ。美味いだろ?」
「うん、すっごく美味しい」
少しだけ体に違和感があるけど、幸せな時間に違いはない。
この日常を噛み締めて、もう一切れ食べる。
「あ、全部食べないでよー」
「いっぱいあるから大丈夫だって」
#
翌朝、朝食を食べても腹は満たされなかった。
少し不思議に思いつつも、学校に向かう。
授業中にお腹が鳴って笑われてしまった。
昼に葵手製の弁当を食べても、空腹は消えなかった。
購買でパンを買って食べても、ますます空腹感は強くなるばかり。
帰り道でコンビニで買い漁っても、飢えは治らなかった。
ここでやっと現実に向き合った。
本当は分かっていた。
だけど、目を逸らしていたのだ。
俺はおかしくなった。
あの一年で、普通には戻れない体になったのだ。
おそらく、化け物を食べないと腹は満たされないのだろう。
悲しみはある。
嘆きもする。
だけど、絶望するほどではない。
解決法は見えている。
また、あの狂ったアルバイトに応募したらいいんだ。
早速連絡を取ろうとスマホを取り出した、ちょうどその時。
後ろから声を掛けられる。
「糸瀬蓮さんですね」
振り向くと、一人の少女が立っていた。
歳は同じくらい。
だが、着ている制服に見覚えがあった。
葵の中学校の制服だ。
葵の友達だろうか。
「はい、糸瀬蓮ですけど」
少し不思議に思いつつも、返事する。
「前回の仕事内容が認められ、次回の仕事を斡旋しに来ました」
ニコリとも笑わず、端的に伝える。
その姿に冗談ではないと察した。
「そんな制度があるんですね」
「封印師は人手不足なので、優秀な人材を逃すわけにはいかないんですよ」
真面目な表情で優秀な人材だと言われる。
お世辞だとしても少し嬉しい。
「それで、今回の仕事内容と報酬は?」
「仕事内容は前回と同様、怪異が潜むと思われる場所の調査です。報酬は二十万。どうですか?」
「報酬が前回の倍じゃないですか。その分危険だと?」
前回は十万だった。
それを考えると、危険度も高いと推測できる。
「その通りです。前回の『呪われた屋敷』の危険度はE、今回の危険度はDです。しかし、『呪われた屋敷』は調査後に大幅な危険度の上昇があったので、一概に今回の方が危険だとは言えません」
つまり、よく分からないということだ。
調査というのは、その危険度の測定も兼ねた側面もあるのだろう。
危ない役割だ。
しかし、俺には選択肢がない。
「……分かりました。その仕事、引き受けます」
「ありがとうございます。調査は今週の土曜日です。詳細はメールで送るため、確認のほどよろしくお願いします」
失礼しますと言って少女は消えた。
後に送られてきたメールには、集合場所、集合時間、諸注意、そして調査メンバーが載っていた。
俺を含んだ四人分の写真と名前が並ぶ。
その中に一人、見覚えのある顔があった。
名前は白井奈緒。
よりにもよってクラスメイトだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます