生首は踊る

「旦那、こんな姿で申し訳ねぇです」


 狸のヌシは媚びるように次男へ話しかける。

 しかし、次男はそれに答えず札を取り出して攻撃態勢を作る。


 当たり前だ。

 もし素直に反応したら、次男は怪異と繋がっていることが他の後継者候補にバレてしまう。

 そうなれば、それを攻撃材料にされて次期当主の座は遠のく。


「旦那、なぜ無視するのですかい?」


 次男の事情など考えていないのか、生首は畳の上を跳ねて次男に近づく。

 生首が通った道は血が彩っていく。


 俺は花蓮の方を見る。

 花蓮は声には出さずとも、困惑と驚きの混ざった視線を俺に向けていた。


 俺の顔を隠していた仮面はとうの昔に壊れ、今は素顔を晒している。

 しかも、俺は全身が血で染まっている。

 自分の血や怪異の血が混じった明らかに尋常ではない量の血だ。


 花蓮は少し心配そうに、または何か聞きたそうな目で俺を見るが、俺は首を横に振る。

 今はそれどころではない。


 俺は邪気丸を低く構え、狸のヌシに襲いかかる。地面に触れるのは最初の蹴り足だけ。足音を極力消して生首に近づく。

 生首に刃が触れる——その瞬間。


 透明なナニカに阻まれた。


 それが封印師の結界だと気づくのにはそう時間が掛からなかった。


 もう一度刀を振って結界に斬りかかる。

 すると今度はヒビが入り、ガラスのように割ることができた。

 だがその間に生首は逃げ出し、邪気丸は空を切った。


「次郎兄さん、何のつもりですか!?」


 花蓮が叫ぶ。

 その声には非難が含まれていた。


 部屋にいた他の封印師らしき人たちも次男に疑いの眼差しを向ける。


 しかし、その視線を受けた次男はヘラヘラと笑うのみ。


「おっと、手元が狂ってしまった。次こそ結界に閉じ込めてみせよう」


 俺がもう一度生首を攻撃しようと邪気丸を振ると、それもまた透明な結界に邪魔される。

 しかもそれだけではなく、次男の方から炎が飛んできて、危うく当たるところだった。


「惜しい。あと少しだな」


 次男が札を俺に向けた状態で笑う。

 それに対して、花蓮が糾弾する。


「さっきからふざけているのですか!? 封印師が一般人を攻撃することは禁じられています。当主様にこのことを報告しますよ!」


 花蓮があまり見ることのないレベルで声を荒げるのが聞こえた。

 俺はその言い合いの間も次男の攻撃を適当に避ける。

 チクチクとうざい攻撃が続き、なかなか狸のヌシを殺せない。

 段々とストレスが溜まる。

 話の方向次第では次男を殺すことも考えよう。

 人間は殺したら後が面倒だからできるだけ殺したくないけど、今回は限度を超えている。

 これで殺しても正当防衛のはずだ、きっと。


「面白いことを言うな、花蓮。お前にはあれが人間に見えているのか? アレは領域の扉から現れた。お前も知っていると思うが、領域は怪異の棲家だ。つまり、あれは人間ではなく怪異だということ。もしあれが人間に見えるのならお前の目は節穴だな」


 俺を指差し、次男は嘲笑う。


「違います。あの人は怪異ではありません。私も知っている人です」


 その言葉が予想外だったのか、次男は少し考えてから言った。


「……それなら、お前は怪異と関係を持ったことになる。これは明確な禁忌破りだ。父上当主に伝えさせてもらおう」


「なっ!?」


 花蓮が次男の無茶苦茶な言い分に驚きの声をあげる。それもそのはず。次男の論理は破綻している。それでも、無理やり押し通そうとしているのだ。

 次男はよほど怪異との関係をバレたくないようだ。こんなことなら、怪異との密会を録画でもしておけば良かった。


 後悔しても仕方ないので、今できる手を打つことにする。


「俺は怪異ではありません。怪異の調査アルバイトを受けたこともありますし、ついこの前に入社試験も受けました」


 生首を攻撃する手を休め、次男に向き合って弁解をする。


「ついこの前の入社試験……ああ、あの自称邪神竜が受けた奴か」


「はい、そうです」


 俺は首を縦に振る。

 花蓮も今がチャンスだと感じたのか、俺を援護するために口を開いた。


「入社試験を行う者は志喜屋家によって調査を受けています。少なくとも、怪異ではないことが保証されているのではないでしょうか」


 調査を受けたことは初耳だが助かった。

 しかし、花蓮が葵と俺が兄妹だと知ったのはお泊まり会の時だったはず。

 調査をしたのなら、あの時点で知っていてもおかしくはない。

 それほど徹底的な調査ではないのだろうか。

 それとも単に花蓮に調査結果が伝わってないだけか。


 俺がそんな事を考えている間にも会話は進んでいく。


「……そいつが入社試験を受けたという保証はない。花蓮と繋がっているのなら、受けたと詭弁を振るうことはできるしな」


「詭弁ではありません。証拠の書類も準備できます」


「その間、俺がこいつを殺すのを待てと? それはできないな。怪異は少しの油断も許さない相手だ。殺せる時に殺さないとな」


 そう言って俺への攻撃を再開した。

 突然の攻撃だったが、難なく避けてみせる。


「待ってください、誤って一般人を殺したとなれば大問題です!」


 花蓮の必死な言葉に次男は笑って答える。


「お前はまだあいつが一般人だと言い張るのか。もし仮にだが、あいつが人間だとしても一般人ではない。さっきから俺の攻撃を難なく避けているのだぞ。こんな一般人が存在すれば俺たち封印師の存在意義がなくなる」


 次男のその言葉は本心のように聞こえた。

 対怪異の戦闘を本職としている封印師としては、一般人に負けることは恥以外の何物でも無いのだろう。

 これまでは狸のヌシを庇うために俺を攻撃しているのかと思っていたが、本気で俺を怪異だと思っている可能性も出てきた。


「そもそも封印師の存在意義は一般人を怪異の脅威から守ることです。守るべき一般人が強くて困ることはありません」


 初めて知る封印師の存在意義は意外と守護者的なものだった。しかし、一度は封印師に捨て駒にされた俺はその存在意義に素直に頷くことはできない。


「これまで守ってきた一般人に感謝の言葉を述べられたことは無いがな」


 次男が不満を漏らす。


 ——その後ろから、静かに生首が迫っていた。


「それは仕方がないことです。一般人が私たちの活動を知ることはありませんし、少なからず一般人にも被害を出してしまっているのですから」


 花蓮の言葉に次男は次第にヒートアップしていく。


「それでも、俺たちが多くの一般人を守ってきたのは事実だ。それなのに、なぜそれを知らしめることができない。なぜ俺たちが命を賭けていることを隠さなければならない!」


「それは——」


 花蓮が答えようとした時、次男がそれを遮った。


「おい、お前ら。花蓮を拘束しろ」


 部屋にいた二人は躊躇うように互いの視線を交わすが、結局指示通りに花蓮の腕を絡め取る。


 どうやら両方とも次男の部下のようだ。


「な、何をするのですか。離してください!」


「花蓮お嬢様。暴れるのであれば、私たちはお嬢様の命を保証することはできません」


「っ!」


 花蓮はその言葉が冗談ではないと察して、拘束を振り解く動きを止める。


「怪異に誑かされた哀れな妹よ、そこで大人しくしていろ」


 妹の必死な顔を見て、次男は笑みを隠しきれないようだ。


「花蓮は怪異に殺されたことにでもしようか……」


 次男は小さな声でそう呟いた。

 次男の顔は歪んだ笑みで満たされている。

 とても機嫌が良さそうに振る舞う次男。

 ——そのすぐ後ろに、生首がいた。


「俺は一般人どもに封印師の強さを教えてやるのだ。これまで平和に生きてこれたのは俺たちのおかげだと分からせ、封印師が支配する世界へと——」


 その言葉を最後に、次男は声を失った。

 声を発する声帯を、筋肉を、首筋を狸のヌシに食われたからだ。


 生首は嫌な音を立てながら、首筋からゆっくりと歯を抜いた。


「やはり封印師の人間は美味しいですね。そうは思いませんか? 自称一般人さん」


 狸のヌシは赤く染めた口で、俺にそう笑い掛ける。

 心底共感できない内容だ。


 俺が肯定せずにいると、生首は体の再生を始めた。次男を食べたことで再生に必要なエネルギーを手に入れたようだ。


「じ、次郎様!? このッ!」


 次男の部下のうちの一人が札を構えて狸のヌシに近づく。

 小声で何かを唱えると札は赤く染まり、燃え盛る槍となった。


 しかし、あと三歩ほどの所でヌシの口から飛び出たトゲに胸を突き刺される。


「クソ怪異が……!」


 部下は最後にそう言って槍を地面に突き刺す。

 すると、槍の炎が膨れ上がって持ち主ごと爆発した。

 その爆発の範囲には狸のヌシも含まれている。

 どうやら自爆攻撃のようだ。


「けほっ……煙たいですね」


 しかし、炎と煙の中から無傷の狸のヌシが現れた。

 この短時間で既に体が半分ほど再生している。


 狸のヌシは向きを変えて俺と目を合わせた。


「次はあなたの番ですよ。信じ難いことにあなたは人間だと言い張っていたので、真偽を確かめるためにも美味しくいただきましょうか」


 狸のヌシの体は再生——いや、変形している。

 バキバキと音を立てながら形を作り変え、最終的に生まれたのは——大きなハサミを持ったカニだった。


 随分と美味しそうな見た目になった。


「ひっ」


 それでも同僚と上司を殺した相手がよほど恐ろしかったのか、次男の部下の残り一人が短い悲鳴を漏らす。


「あなたは大して美味しくなさそうですね」


 そう言われて少し安心したのも束の間。


「とはいえ、私は食べ物を粗末にしない主義なので我慢して食べることにします」


 顔が絶望に染まる。

 狸のヌシはカニとは思えない縦走りで次男の部下に突撃する。


 抵抗する隙もなく、大きなハサミで男は胴体を切断された。


「この体は切り分けるのが楽で良いんですよ」


 そう言って男を食べやすいサイズに切り分ける。

 その途中で、ヌシは花蓮を見る。


「おやおや、美味しそうなのが一人残っていますね。あなたはデザートにでもしましょうか」


 人間を食材としか見ていない言動に対して、花蓮は恐怖に怯える表情を見せたあと、俺に視線を向け、少し間が空いて花蓮は覚悟を決めたようにヌシを睨みつけた。


 珍しく戦闘態勢の花蓮の隣で、俺の腹は限界を迎えた。


「ぎゅるるるる」


 緊迫した状況に不釣り合いな音が響く。

 狸のヌシが愉快そうに笑った。


「ふふふ、お腹が空いてしまっているようですね。私の食べかけで良ければ食べますか?」


 自前のハサミで人間を指し示す。

 しかし、俺は人間に食欲なんて湧かないからきっぱりと断る。


「せっかく美味しそうな食材が目の前にあるからな、遠慮しとくよ」


 狸のヌシは意味がわからないという表情を作る。


「それはどういう——」


「お前を食って腹を満たすということだよ」


 返事を待たずに俺は地面を蹴った。

 狸のヌシは動揺したのかトゲの狙いがズレ、頭上を通り過ぎていった。


 あまりにも狸のヌシの焦り具合が面白く、テンションが上がってしまう。


「はは、どうした。獲物になるのは初めてか?」


「くぅッ!」


 奴は苦しげな声を漏らしながらも俺の攻撃を固い外骨格で受け止める。

 しかし、俺の攻撃を受け続けた一本の足が限界を迎え、殻を破り赤色に輝く身を露わにした。


 ちょうど腹が減っていたこともあり、殻を失った足を引きちぎり、中に詰まった身をほじくって貪り食う。


「うまっ」


 まるでバターを口に入れたかのような濃厚な旨みが体を突き通り、プリプリの肉厚な身が更なる食欲を掻き立てる。


 一瞬で無くなった足の身を残念に思ったが、まだ本体が残っている。

 しかも、再生し続ける食べ放題付きだ。


 逃すまいと狸のヌシを見る。

 きっと、その時の俺の目は血走っていたのだろう。


「ひぃっ!」


 飄々としていた狸のヌシが情けなく悲鳴をあげた。


「それじゃあ、どこから食べようかな」


 カニの美味しい部位なんて知らないから総当たりで食べることにしようか。

 そんな俺の様子を見て、奴は怯えるように声を出した。


「や、やめてくださいよ。私なんて美味しくないですって。ほら、私よりあの人間の方が美味しそうですよ?」


 狸のヌシはそう言って、花蓮をハサミで示した。


 今の奴はまるで捕食者に追われる獲物のようだ。

 こうなったら立場が逆転することはない。

 獲物が捕食者に勝てる道理がないのだ。


 だから、俺はさらに奴を追い詰める。


「俺はカニが食いたい気分なんだよ」


 これは嘘偽りない言葉だ。

 人間よりカニの方が食欲をそそる。


 だというのに、狸のヌシは未だ諦めずに花蓮を身代わりに差し出そうとする。


「きっと一口でも食べれば気分なんて変わりますよ。そうだ、私が代わりに仕留めて来ますね」


 カニが花蓮に向いた瞬間、顔面に炎がぶつかる。


 炎の発射元は花蓮のようだ。

 震える手で札を握っていた。


「この、人間風情がぁぁ!!!」


 自分より遥かに弱い存在に攻撃されたことでカニは激怒して叫ぶ。


「お前の弱々しい腹を切り裂いて、内臓を啜ってやる!」


 恐ろしい未来を想像した花蓮は思わず泣きそうな顔を作る。


「お前の両親も、兄弟も、友人も全員——!」


「しつこい」


 大声で耳が痛くなったので、奴の小さな頭を切り落とし静かにする。

 これでやっと食事の環境が整った。


「それじゃあ、いただきます」


 手を合わせ、カニの足をもいで食らいつく。

 それはとても幸せな時間だった。

 どうすればもっと美味しく食べられるか試行錯誤をしてもカニは減ることがない。

 だから、記憶の奥底にあるカニ料理を試したりもした。


 カニ味噌に挑戦し始めた頃に、視界の端で、瞳を暗く輝かせる花蓮に気づいた。


「私も、あの強さが欲しい……」


 少女はそう言った気がした。

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怪異の世界に閉じ込められた一般人、禁忌を犯す〜本職より強くなってしまって気まずい〜 真田キツツキ @N0raken

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