こういう時の非常食
最初に、陣幕から狸が生まれる。
次に、生まれた直後の狸を小鬼が殺して、それを俺に持ってくる。
最後に、俺がひたすら狸の死体を口に入れる。
まるでライン工場のように、一連の流れを繰り返していた。
狸のヌシも負けじと狸やトゲを生み出して小鬼を妨害している。俺を攻撃したところで新しい小鬼を生み出すだけだと知り、俺を攻撃するのは諦めたようだ。
何体か小鬼が削られてしまったが、カロリーさえあれば小鬼は作ることができる。
腹が膨れたタイミングで腕を切り離す。
それだけで戦力の補充ができる。
この能力のおかげで、徐々に俺たちへ戦況が傾き始めていた。
陣幕に生えた口も、不満げに形を歪めている。
「私の本職は暗殺者なので、もう少し手加減をして欲しいものですが……」
その言葉に対して、ラーシャが烈火の如く声を荒げた。
「どこが暗殺者だ! 全然暗殺者向きの能力ではないだろ!」
ラーシャは四方八方から襲いかかるトゲや狸の攻撃を避けるのに必死だ。休まる暇もない現状にストレスが溜まっているのだろう。
「いえいえ、本当に暗殺者ですよ。仕事だって受けたりしています」
謙遜するように奴の口は言う。
その言葉で俺はやっと確信できた。
「最近、花蓮という子の暗殺を引き受けなかったか?」
「おや、なぜ知っているのですか?」
無駄にツヤツヤな口は疑問を唱える。
「……お前が知る必要はない。どうせここで死ぬのだから」
俺は手元にあった狸を全て口に入れ、邪気丸を構えた。
そもそもの目的は花蓮を狙う暗殺者を殺すことだ。随分遠回りしたが、これでようやく目的を果たすことができる。
「あ、もしかして貴方が先にあの子を狙っていたのですか? あの家の人間は美味しそうですからね。その気持ち、分かりますよ」
なぜか狸のヌシに共感されてしまった。
決して、俺は人間に対して食欲を覚えたことはない。
そう訂正しようとしたが、その前に狸のヌシがお喋りを再開した。
「いえ、分かりますよ。美味しそうですよね。あの家の人間って代々優秀な子種を組み合わせてきたからか、霊力が体から溢れ出しているのですよ。それが食欲をそそるというか……」
まるで肉汁溢れるハンバーグかのように志喜屋家の人間を語り始めた。
俺は人喰いの誤解を解くのも面倒になり、重心を低く落とした。
狙うはあのお喋りな口。
「おや、恐ろしいほど鋭い殺意ですね。そんなに獲物を横取りされるのが嫌でしたか?」
そのふざけた声を遮断する。
そして、肺の中の息を全て吐いた瞬間、俺は地面を蹴った。
それと同時に陣幕からトゲが三本、俺の急所に向かって迫る。
小鬼がその身を犠牲にしてトゲを止める。
俺はそのおかげでスピードを落とさずに狸のヌシに辿り着くことができた。
しかし刀を振り抜く直前、俺の腹を太いトゲが貫通する。
そのトゲは笑みを浮かべる奴の口から伸びていた。
「おやおや、仲間を使い捨てとは薄情な人ですね」
その言葉の後、追加のトゲが俺の体を抉った。臓器もいくつか飛び出してしまっている。
ラーシャの叫び声が頭に響く。
しかし、何を言っているのかよく聞こえない。
遠くから聞こえているような感覚に陥る。
以前にもこのようなことがあった。
確か、屋敷で不意打ちを受けた時のことだ。
その時は耳が潰れていた気がする。
今もきっと、耳が抉られているのだろう。
それどころか、顔の大部分が無くなっている気がする。
トゲを切り捨て、一旦狸のヌシから離れる。
それでもまだ傷が修復されない。
再生が追いついていない。
カロリーが足りていないんだ。
さっき食べた分はもう使い果たしたのか。
相変わらず燃費の悪い体だ。
食べ物を探すが、近くには何もない。
——そう思ったが、手元の邪気丸に気づく。
こういう時の非常食なのだと思い出した。
「いた……だきます」
ガサガサの声で呟く。
「おいおい、嘘だろ。せっかく存在感を消して——ギャァアアア!!」
邪気丸の刀身をバリバリと歯で噛み砕く。
ヘトヘトの体に旨みが染み渡り、思わず吐息が漏れてしまう。
相変わらず美味い。
だが、腹がギュルギュルと不調を訴え始めた。邪気丸を食べるといつもこうだ。
早く戦いを終わらせないとまずそうだ。
「まさか妖刀を食べるとは。流石に予想外ですよ」
狸のヌシはあははと笑うが、俺はそれを無視して邪気丸を手にもう一度奴の口に向かって走った。
「何度来ても結果は同じです」
その言葉の通り、さっきと同じように口から太いトゲが飛び出し、俺の肉を抉り取った。
しかし、俺の肉は小鬼となる。
俺の肉は狸のヌシの手によってそこら中にばら撒かれた。そのため、この状況を打破するための戦力は十分に揃った。
俺が奴の口に突進すると同時に、大小様々な小鬼がそれぞれ近くの陣幕に切り掛かる。
それに抵抗して陣幕はトゲを生み出すが、小鬼の数に対抗できていない。
狸のヌシのフィールドが崩れる。
陣幕からトゲや狸が生まれているのだから、その陣幕が無くなれば狸のヌシは攻撃手段を失う。
「なんと、私が数の力で押されるとは思いませんでしたよ。仕方ないので、作戦変更といきますか」
狸のヌシがそう言った瞬間、全ての陣幕が狸の姿に変わった。しかも、これまでの狸よりも大きく、ずっしりとしている。
奴の口が生えていた陣幕も狸に変わったが、すぐに見失ってしまった。他の狸と外見に違いがないため、見分けがつかないのだ。
こういう時は匂いで探すしかない。
基本的に強い怪異ほど強烈な匂いを放っている。それが食欲を掻き立てる匂いか悪臭かは怪異によるけど、とりあえず匂いが強烈なことには変わりがない。
だから、鼻を研ぎ澄ませて奴を探す。
「……あいつか」
普通の狸に混じっている柑橘系の匂いを見つけた。その狸は黄金の鍵を虚空に向かって突き刺していた。
逃げる気だ。
「させるか」
俺はその狸の元へ走り、狸の心臓を邪気丸で突き刺す。その手応えがあったが、狸は笑みを浮かべるだけだった。
「ここから先は人間界です。その意味、分かりますよね?」
狸のヌシは右手で自らの体を貫通している邪気丸を掴み、左手で人間界に繋がる扉を開けた。
「知るか」
邪気丸を無理やり引き抜いて、奴の首を刎ねる。だが、その首は物理法則を無視して扉の中に入って行った。
「さようならー」
生首が笑顔で別れを告げる。
俺は狸が首だけになっても死なないことを思い出し、急いで扉の中に入った。
しかし、それは俺の判断ミスだった。
扉の先にあったのは、今時珍しい和風の屋敷だった。そこには四人の人間がいた。
そのうちの二人には見覚えがあった。
一人は花蓮の暗殺を企てた志喜屋家の次男。
もう一人は——
「なぜここに……!」
——妹の友達である花蓮だった。
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