超《スーパー》桁外れ

御戸代天真

超《スーパー》桁外れ

 家の近所に、新しいスーパーができたらしい。

 広告のチラシでその存在を知った僕は、予定のなかった休日だったし、興味本位で行ってみることにした。

 歩いて十分ほどの場所にあるというので、向かっていると、普段ならスムーズに流れる右手側の国道に、車の大行列ができていた。僕の家からスーパーまでは直線距離で約五百メートル。僕がちょうど半分くらいまで来たあたりから、道路を埋め尽くす車たちがぴたりと止まっていたのだ。先の方を見ると、チカチカと黄色いウインカーを出している。その先に目的のスーパーがあることから、きっとみんな新しいスーパーへ向かっているのだろう。

 新しい店や、新装開店したところには、誰でも行ってみたいと思うものだ。実際、僕もその一人だから気持ちはよく分かる。だが、渋滞で微動だにしない車を横目に通り過ぎる足取りは、どこか誇らしかった。ああ、これが『自分だけは違う』という、人間が最も心地よいと錯覚するあの優越感なのだろう。

 

 そうこうしているうちに、僕は目的地に到着した。

 あの車の大行列から薄々感じていたが、スーパーは店の外から大盛況だった。新装開店でよく見かける巨大な風船が空に飛ばされ、そこから垂れ幕が吊るされている。遠くの人にも大々的に宣伝しているのだ。子ども達はどこからか飛んでくるシャボン玉を追いかけ回し、カラフルな服装の若い男女が風船やポップコーンなどを配って、家族連れを淀みない動作と、どこか画一的な笑顔で明るく出迎えている。

 奥の方では、森のようなパネルを背景に、可愛らしいウサギや猫の着ぐるみたちが写真撮影に応じている。大ボリュームで流れる陽気な音楽と、多くの人が集まるこの賑わいは、まるで年に一度の外国のお祭りのようだった。

 新しく何かができた場所に来ると、未知の場所へ進む冒険家のような感覚になり、なぜかわくわくして楽しくなる。もしかしたら、みんなもその気持ちを味わいたくて、大勢の人が来るのが分かっていても、並ぶのが分かっていても、来てしまうのかもしれない。

 しかし、そんな高揚した気分でも、さすがにいい年の男が一人で着ぐるみと写真を撮るわけにもいかない。お祭りの雰囲気に名残惜しさを感じながらも、僕は店内へ入っていった。

 店内には、二つの行列ができていた。片方はスムーズに進むが、もう片方はわずかに滞っているように見える。列の先頭では、人々が何かを提示しているようだったが、賑わいと人の波に紛れて、それが何なのかははっきりしない。まあ、新規開店のイベントチケットか何かだろうと軽く考えていた僕は、初めて来たことを店員に告げ、促されるまま空いている方のレーンへと案内された。

 中に入っても盛況ぶりは変わらず、多くの人でごった返していた。適当に付けたかのような店名も、案外キャッチーに思えてくる。それも相まっての賑わいなのかもしれない。

「いらっしゃいませー! うちはスーパー桁外れなお買い物ができますよ!! 魚、お肉、お酒、海外製品でも何でもあります。品質も品揃えも安さも桁違いです。ぜひご覧くださーい」

 店長らしき小太りの男性が、店内の音楽にも負けないくらいの声で、店名と品揃えを紹介している。

 店の中は、僕の身長より何倍も天井が高く、巨大な棚が整然と、しかし威圧的に備え付けられている。奥行きに直線で五十メートルくらい先まで、その棚は果てしなく続き、隙間なくびっしりと陳列された商品は、あまりにも完璧に整いすぎて、かえって現実離れした光景に見えた。

 

 手前の棚には、国内産から海外産まで数え切れないほどの食料品が色とりどりに並ぶ。その裏には、使い切りサイズの小さいものから、一体何日分を想定しているのかと首を傾げるほど特大の日用品がずらり。隣の棚には幼稚園児から大学生まで、あらゆる文房具がぎっしり詰まり、懐かしい品もあれば、目にしたことのない奇妙な文具までが所狭しと並んでいた。さらにその隣には、手のひらサイズの小さな妖精の人形から、大人の背丈の二倍もある特大の熊のぬいぐるみまで――その品揃えの豊富さは、すべてを紹介しようものなら、日が暮れてしまうだろう。

 そして何よりも、度肝を抜かれたのはその値段だ。陳列された商品の値札には、これまで見たこともない小数点以下の数字が並んでいた。卵一パック0.1円、肉100グラム0.01円……。まるで印刷ミスではないかと目を凝らしたが、どうやらこれが正規価格のようだ。もはや買い物というより、慈善事業ではないかと思えるほどだった。

 僕はとりあえず、一ヶ月分くらいの食料品や日用品をかごに入れた。

 会計を促され、レジへ。煌びやかな金色の装飾は、もはやスーパーの域を超え、神殿か美術館のようだ。そしてその中心には、SF映画にでも出てきそうな巨大なフレームが鎮座している。空港の金属探知機のようにかごごと潜らせる、最新鋭のシステムらしい。ただならぬ豪華さと、未知の技術に、期待と同時に微かな不安がよぎる。この『桁外れ』は、果たしてどこまで続くのだろうか。

 かごに搭載された認知機能が瞬時に内容を把握し、表示された金額に僕は目を疑った。かなりの量を買い込んだはずなのに、提示されたのはわずか数十円。

 ソワソワしながらも、内心ではほくそ笑んでいた。あの渋滞を横目に通り過ぎた優越感は、どうやらここに来て確信へと変わったらしい。まさに選ばれし者だけが許される買い物。この異常なまでの安さの裏には、店側の何らかの慈善事業か、あるいは国を挙げた実験でも始まっているのかと、勝手に脳内で壮大なストーリーを組み立てて、一人悦に入っていたその時だった。

 

「お客様、カードのご提示をお願いします」

 カード? なんのことだ。持っていないことを告げると、係りの人はにこやかに言った。「誠に申し訳ございませんが、当店は会員制となっております。カードをお作りいただかないと、お会計はできません」

 会員制? まさか。一瞬、虚を突かれたが、すぐに思考を切り替える。この異常なまでの安さだ。多少の入会費など、むしろ健全なビジネスモデルの証拠ではないか。どうせこれからは、ここに通い詰めることになる。そう自分に言い聞かせ、僕は迷うことなく会員申込書に氏名を記入し、カードにプリントする写真を撮った。すぐに出来上がったピカピカのカードが渡され、「発行手数料と合わせて、こちらがお客様の合計金額になります」と告げられた。言われた通り表示画面を見た僕は、思わず息を呑んだ。 

「……え?」

 その金額は、僕の予想を遥かに超えていた。一、十、百、千、万……五十万?

「あの……すみません、この金額は、何かの間違いじゃありませんか?」

 僕が尋ねると、店員は少々お待ち下さいとインカムに何やら話しかけている。

 少し待つと、店内に入った時に入り口にいた店長が、バタバタと足音をたててやってきた。

「お客様、いかがされましたか?」

 入り口にいた時とまるで変わらない、うるさいくらいの声量で店長が僕に尋ねた。

「いや、すみません。この金額の桁は何かの間違いじゃないですか?」

 店長が僕が指さした金額の表示を見るなり、がはは、と豪快な笑い声を上げた。

「お客様、冗談はやめてくださいよ」

 僕は何を言われているのか理解できなかった。

「どういうことですか?」

 店長はまたがははと笑い、「いやいやお客様」と手を振りながら朗らかに言った。

「お客様。うちのスーパーは、このカードをお持ちの方だけに、スーパー桁外れな買い物をしてもらっているんですよ」

 その言葉で、今まで疑念を抱いていたもの全てが、ようやく僕の頭の中で一つの線に繋がった。

 

 店長は僕の震える手に、出来たばかりのピカピカのカードを無理やり握らせた。「ようこそ、スーパー桁外れな世界へ!」その声は、耳障りなほど陽気で、僕の絶望を嘲笑っているかのようだった。

 結局、僕はその場で決済を促され、五十万円を支払わされた。一ヶ月分の食料品と日用品、そして桁外れの会員証を抱え、僕は力なくスーパーを後にした。


 重い足取りで家路につく僕の手元にある金ピカの会員カードが、夕日に反射してきらきらと輝いていた。

 失意の中僕の頭の中には、あの店で買った卵が果たしてどんな味がするのだろうかという、わずかな好奇心も残っていた。人は愚かにも、安さと楽に目をくらまされる。そして、きっとまた明日も、どこかで『桁外れ』な夢を見るのだろう。

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