第13話「研究活動①」


翌日、午後二時。俺は、若宮 蒼奈に指定された「一番非効率な待ち合わせ場所」、すなわち駅前の巨大な噴水前で立っていた。

俺の服装は、母・春那が選んだネイビーのジャケットと白の無地インナー。裏切りリスクゼロを目指す俺の論理では非効率と評価されたものだ。しかし、昨日の「人生の総和の利益最大化」という上位論理に屈した結果、俺はこの非効率な武装を身にまとっている。

周囲の人間が、俺という孤独の観測者に対し、無駄な視線を向けていることを確認し、俺は苛立っていた。

解析プロトコル:『周囲の悪意の構造』。

観測者への注目度:平常時の250%。論理的な安定的状態から大きく逸脱している。若宮の非効率な行動が、論理的ストレスを増大させている。


その時、周囲の視線というノイズが一瞬にして最高評価のマドンナに集中し、俺の論理演算が再び停止した。

若宮 蒼奈が、待ち合わせ場所に現れた。

彼女は、昨日、姉の麗華が選んだという、普段の制服とは全く異なる、甘く華やかなワンピースを着ている。その姿は、俺の『裏切りリスクゼロ』の論理を嘲笑うかのような、強烈な非論理的な変数だった。

「春馬くん! ごめん、待たせた?」


「ねえ、春馬くん」

蒼奈は、研究者としての冷静さではなく、ごく一般的な女子高校生の期待を込めた瞳で、俺に尋ねた。

「今日の、私の服装について、何か感想を聞かせてくれない?」


俺の脳内では、一瞬で

『服装に対する感想プロトコル』が起動した。

「感想、か。感想というのは、君の服装のどこについて聞いているんだ?特定すべき対象を定義しろ」

俺は、蒼奈の瞳を見つめ、不敵の笑みで返した。

「色か? 生地の素材か? 生地は、実際に触覚という物理的な接触をしないと分からないから、現状では答えられない。ブランドについてか? 俺は服装に興味がないため、ブランド知識という変数が不足している。故に答えられない」

俺は、「ファッションは無知」という事実を、論理的な免責事項として提示した。

「俺は、非論理的なファッションについては無知だ。だから、君がどんな感想を、どのような論理的な基準に基づいて聞きたいかを教えろ」


蒼奈は、俺の徹底した論理的な防御に、一瞬、呆れたように目を丸くした。

「はあ……そういうところだよ、春馬くん!ほら!『可愛い』とか、『似合ってる』とか、そういうのがあるでしょ?」


「『可愛い』?」


俺は、その非論理的な言葉を、まるで未知の単語であるかのように繰り返した。

「『可愛い』かどうかなんて、明確な定義や基準は決められていないだろ。何をもって可愛いとするか? それは、個人の主観という不安定な感情に依存する。俺の主観でしか答えることができない」

俺は、感情という不確実な変数を、論理的な応答の対象外として排除しようとした。


「それだよ!感想を聞いてるんだから、その春馬くんの主観を聞いてるんだよ!研究者さんでしょ?私の『服装という変数』が、春馬くんの『主観という演算』に、どんな結果(アウトプット)を出したのかを、教えて欲しいんだよ!」

蒼奈は、自分の感情的な期待を、「研究」という俺の論理に逆輸入することで、反論の余地をゼロにした。

俺は、屈辱を噛みしめながら、彼女の服装を感情を排除した論理的な事実として観測し直した。

「チッ……そうか。主観的なデータとして報告する」

俺は、彼女の服装を、最も客観的で、しかし彼女の期待から最も遠い言葉で表現した。

「そうだな。結論として、いつも学校で見ている制服姿ではないから、新鮮だ。以上だ。これが、観測者の主観データとしてのアウトプットだ」

俺の言葉は、ポジティブともネガティブとも断定できない、ただの事実の提示だった。しかし、その言葉を聞いた蒼奈の表情に、非論理的な「楽しさ」が微かに浮かんだのを、俺は観測した。

「ふふっ。新鮮、ね。よし、じゃあ、その『新鮮な気分』という変数を、これから映画館で最大限に増幅させていくよ!」


蒼奈は、楽しそうに俺の腕を軽く叩くと、映画館へと歩き出した。俺は、最初の非効率な行動が始まったことに、論理的な焦燥感と、それを上回る予測不能な展開への緊張を覚えていた。

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