第12話「蒼奈の研究活動準備」


翌日の研究活動――映画館でのデート――を控え、若宮 蒼奈の自室は、普段の冷静な「研究室」の雰囲気とは異なり、華やいだ非論理的な空間になっていた。


「麗華お姉ちゃん!見て見て、このブラウスとスカート、どっちがいいかな?」


部屋には、大学から帰宅したばかりの姉、若宮 麗華がいた。麗華は蒼奈にそっくりだが、どこか大人びた、遊び心のある笑みを浮かべている。


「んー? 蒼奈にしては珍しいね。いつもは『服装の選択は時間の無駄』って言って、適当に部屋着みたいなもの着るのに。しかも、わざわざ私にアドバイス求めるなんて。もしかしてデート?」


麗華は、床に広げられた複数の服を品定めしながら、妹の様子を興味深い実験対象として観察し始めた。


「ち、違うよお姉ちゃん!これは明日、研究のために必要なの! 『予測不能な感情の変数が、被験者の行動体系に及ぼす影響』を調べるために、私が最も高効率で非論理的な服装を選定する必要があるんだから!」


「へーえ、研究ねぇ」


麗華は目を細め、ニヤニヤと笑った。


「で、その被験者っていうのは誰なの? まさか、ただのクラスメイトじゃないでしょう? マドンナの蒼奈が、わざわざ休日返上して『非論理的なラブストーリー』を観に行くなんて……」


麗華は、服の選択から、その研究の真の目的を論理的に逆算しにかかる。


「だから、ただ、クラスで席が隣同士なだけだってば!」


蒼奈は、顔を赤らめながら、真実を隠そうと必死だった。


「ふーん。『隣の席の彼』ね。で、どんな人なの? 蒼奈にそこまで非効率な行動をさせるなんて、よっぽど面白い人なんでしょう?」


「面白くなんてないよ!ただ、論理で全身を武装している人なんだ。名前は箕島 春馬くん」


蒼奈は、春馬について、姉に冷静な研究報告を始めた。


「春馬くんは、過去に裏切られた経験があるみたいで、そのトラウマのコアから、人間関係、特に感情を絶対的に拒絶している人なの」


「裏切り? どんな?」


「原因はまだ不明。でも、彼は『孤独こそが最適解』という論理を絶対防御にして、周囲から距離を取りたがっているの。周囲の視線も全部『悪意の構造』として解析しているんだよ。すごく不器用なの」


麗華は、妹の真剣な説明を聞きながらも、頬杖をついて再びニヤニヤし始めた。


「ねえ、蒼奈。蒼奈は優しくて面倒見が良いけど、いくらなんでもただの隣の席だからって、そこまで彼のトラウマの核心まで分析する? しかも、一緒に行くのがラブストーリー系?ねえ、デートじゃないの?」


「だから、研究だってば!」


蒼奈は、麗華の非論理的なからかいから逃れようと、手に持っていたブラウスを強く握りしめた。


「はいはい。でもさ、質問よ。その論理的で捻くれた彼について、蒼奈は心底どう思っているの?

正直に言いなさい」


麗華の追及は、蒼奈の論理的な防御を完全に停止させた。彼女は服から目を離し、明日会う春馬の姿を思い浮かべた。


「春馬くんは……」


蒼奈は、まるで春馬の論文の要約をするかのように、ゆっくりと言葉を選んだ。


「理屈っぽくて、すぐに『論理的な破綻だ!』って突っかかってきて、言い方はすごく強いよ」

そこまで言って、蒼奈の顔に、満面の、悪意のない笑顔が浮かんだ。


「でもね、その言葉には嘘がないんだ。捻くれて見えるけど、彼は、自分の論理的な結論に対して、誰よりも純粋な人だよ。不確実な感情に振り回されず、『裏切りのリスクゼロ』という目標を、健気に追求し続けている。そういうところは……研究対象として、すごく魅力的なんだ」


「ふーん。魅力的、ね」

麗華は、妹の言葉の裏にある「研究」という仮面の下の「特別な感情」を確信した。


「じゃあ、その純粋な研究対象に、最大限の非論理的な変数を投入してあげなきゃね」


麗華は、蒼奈のクローゼットの中から、普段彼女が選ばない、少し甘めのデザインのワンピースを引っ張り出した。


「春馬くんは、『一目惚れされるイケメン』に嫉妬していたんでしょう? じゃあ、蒼奈は、その非論理的な感情の塊に、一目惚れレベルで予測不能な感情を投入してあげなきゃ」


「え、でも、この服は『デート……えっと、研究活動』としての服装コードから少し逸脱するよ?」

「いいのよ。それが『論理的な破綻』を突きつける、最強の非論理的な変数になるんだから。春馬くんを、『楽しさという究極の最適解』に引き込むには、強烈なデータが必要なのよ」


蒼奈は、姉に押し切られる形で、自分の論理的な判断基準とは異なる、最大限に魅力的で非論理的なワンピースを着ることに決めた。


「わかったよ、お姉ちゃん。じゃあ、明日はこの服で、最高のデータを収集してくる!」


蒼奈の瞳は、研究への情熱と、そして春馬の予測不能な反応への、わずかな期待を秘めて、輝いていた。

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