巨大な魔女様(230cm)は僕の隣でぷるぷる震える。 〜不器用すぎて初級魔法が全部オーバーキル〜
鴻圭介
第1話
かつて、空を覆わんばかりの魔力が大気中を循環し、万人がその恩恵を享受して空飛ぶ城や不老不死の夢を追った時代があった。
しかし、黄金の栄華は唐突な終焉を迎え、今や魔法は高貴なる血筋――一部の貴族階級がその利権を独占し、平民には知る由もない「奇跡」という名の支配道具へと成り下がっている。
文明の残骸が砂に埋もれ、そこから漏れ出した汚染魔力が醜悪な「モンスター」へと変貌して荒野を徘徊する現代。人々はかつての主役たちが遺したガラクタを拾い集め、辛うじてその日を繋いでいた。
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村のほど近く、牙を剥く獣の顎のように地表へ突き出した『古のエデン』の端くれ。その冷たい石造りの回廊を、一人の少年が静かに進んでいた。
カイト、12歳。一人前の「スカベンジャー」を自称するにはいささか頼りない体つきだが、陽に焼けた健康的な肌と、好奇心に満ちた茶色の瞳には、過酷な荒野を生き抜く逞しさが宿っている。無造作に切り揃えられた短い髪には遺跡の塵が白く混じり、背負った大きな革袋の中では、今日収穫したばかりの錆びた歯車がカチャカチャと小気味よい音を立てていた。
彼の首元でひと際目を引くのは、厚手のレンズが嵌められた古びたゴーグルだ。亡き父の形見であるそれは、今のカイトの頭にはまだ大きく、無理に装着すれば鼻先までずり落ちてしまう。だから彼は、いつかこの装備が似合う男になることを誓い、お守りのように首にかけて歩くのを常としていた。
「……今日は、当たりかもしれないな」
カイトは独りごち、腰のポーチから取り出した手製のサーチライトで前方を照らす。村長夫妻の温かな食事と、彼らの心配の種である一人娘の不在。彼にとって第二の家庭の風景を思い浮かべるたび、カイトの足取りには力がこもった。村を飛び出した「姉さん」に代わり、自分が二人を支えなければならない。その使命感が、駆け出しの彼を遺跡の奥へと突き動かしていた。
しかし、古の魔導師たちが遺した迷宮は、そう安々とお宝を譲り渡してはくれない。
カイトが崩落した回廊の角を曲がり、ひときわ精緻な彫刻が施された床板に足を踏み入れた瞬間だった。カチリ、という硬質な音が静寂を破る。
「あ――」
反射的に身を固くしたが、予想していた火炎の矢も、床の崩落も訪れなかった。代わりに湧き上がったのは、月の光を凝縮したような蒼白い、冷徹な輝き。床に刻まれた幾何学模様が、千年以上の眠りを経て脈動を始めたのだ。
空間が、水面に投げ込まれた石の波紋のように歪み始める。 カイトの視界から現実の石壁が剥がれ落ち、代わりに上下左右の感覚を喪失させるような無重力の奔流が全身を包み込んだ。声を出そうにも、肺の中の空気が凍り付いたかのように動かない。首にかかった大きなゴーグルがふわりと浮き上がり、彼の頬を打つ。
それは、現代の貴族ですら再現不能とされる、失われた高位階梯術式――『
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数秒の浮遊感の後、カイトの体は固い床に投げ出された。
「……う、ぐっ……。なんだ、今のは……」
乱れた呼吸を整え、カイトは慌ててライトを握り直した。光が照らし出したのは、先ほどまでいた埃っぽい灰色の回廊ではない。
そこは、白銀に近い輝きを放つ金属と、滑らかな乳白色の石材で構成された、円筒形の美しい小部屋だった。塵一つ落ちておらず、空気さえも洗浄されたかのように清浄で、どこか神聖な気配すら漂っている。壁面には淡い燐光を放つ紋章がいくつも浮かび、部屋の中央に向かって微弱な振動が収束していた。
そして、その部屋の中心。ライトの光が、その「存在」を捉えた。
「――え?」
カイトの口から、驚愕の吐息が漏れる。 そこには、巨大な結晶体に守られるようにして、一人の女性が横たわっていた。
棺めいた形状のクリスタルの箱の中にいる彼女の姿は、カイトの知る「人間」の尺度を遥かに超えていた。 すらりと伸びた足、横たわっている状態でも分かる圧倒的な体躯――身長は2メートルをゆうに超え、カイトのような子供が見上げれば、まるで小さな山と対峙しているような錯覚に陥るだろう。
月の雫を溶かしたような見事な銀髪が、冷たい床に大河のように広がっている。 纏っているのは、古の素材であろう白い布地。だが、それはあまりにも丈が足りず、また彼女の極めて豊満な胸元や腰回りの曲線に耐えきれず、至る所が裂け、はち切れんばかりに食い込んでいた。
白磁のような肌は生命の拍動を伝えており、これが単なる石像ではなく、生きたままここで時を止めていた生物であることを示している。
「嘘だろ……こんな場所、地図にもなかったぞ……」
カイトは恐怖を忘れ、ただただ圧倒されていた。 首にかかった父のゴーグルのレンズは、その巨大な女性の睫毛が、微かに震えるのを写していた。
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