見えない傷口、その癒し方。

くずきり

第1話

 彼女が太陽であるならば、俺はそれに見蕩れた向日葵だ。

 いつ何時でも彼女を見ては離れない。そう誓った。そう願った。


 閑話休題。この国で一番偉い天使さまの言葉を拝借しよう。


『願いは敵うが、叶わない。それがこの世の常だ』


 茶色いモダンな扉を開けた。彼女の助けを求める呻き声が聞こえる。


「……陽菜、少し待っていろ」


 使い魔のタナトスに椅子を用意させる。綺麗な顔にそっと手を添えれるよう、位置を調節した。


 椅子に腰掛けて頭を撫でる。陽菜はただ顔を顰めた。


 俺の願いは大きすぎた。その結果、使い魔や名を挙げるだけで吐き気がする蚤をも喰らい尽くし、死んだ。それでいいと思っていた。


 だが、違った。陽菜はそんなことは望まない。俺と陽菜の意見は対立し、喧嘩別れ。最悪の結果で事は終わった。


『ハッピーエンドで終わらない悲劇? ああ、つまらないつまらない!』


『君もそう思わないかい? 蓮くん』


 天使さまこと桜さんがくれたのは、更生のチャンスだった。


 時を戻す禁忌を犯すことを許された。その幸運に甘んじて、俺はただ陽菜を守ることに徹した。

 付きっきりで彼女の隣にいた。男性だと俺を怖がってしまうからと無性になる魔法をかけてもらい続けた。


 その代償に見る、彼女の悪夢。


 ‪✕‬される悪夢。‪✕‬られる悪夢。‪✕‬ねと罵られ、体には‪✕‬がこびりつき大きく‪✕‬‪✕‬が開く。結果所々膿んでしまっている体。使い倒され玩具のように扱われ痛みと苦痛しか感じない‪✕‬‪✕‬。そこは快楽のために存在する場所ではないと彼女は叫ぶ。






 かってに、わたしの、いたい、で、きもちいい、を、かんじないで。


 わたしは、いたい、の。くるしい、の。


 いや、なんです。なんだかとても、いや、なんです。


 わたしだけの、からだ、じゃなくて、いつか出会う、‪✕‬‪✕‬の‪✕‬が、わたしを、みそこなって、しまう、から。


 だから、その、いたみは、いや、なんです。


 やめて、ください。やめて、やめてやめて、やめてやめてやめて、やめてやめてやめてやめて、お願いやめて!


 ‪✕‬くんのための体なの!‪✕‬くんに捧げる体なの!


 あなたの記憶があると、私、‪✕‬くんにどうやって顔を見せたらいいか分からないの!


 ‪✕‬くんは嫉妬深いから、きっと残念がって私との‪✕‬‪✕‬を破棄しちゃう!


 使い古されてない、傷のついてない、純粋潔白な体を求めて‪✕‬‪✕‬‪✕‬に行っちゃう!


 やだ、やだ、やだやだ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだ、やだ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ


 ………ねぇ。


 ‪✕‬くんって、だぁれ?






 俺はぎゅ、と陽菜の手を握る。


 一筋の涙をそっと掬い、ペロリと舌に味を乗せた。

 くるしみの、味がする。


 悲しみの味がする。恐怖の味がする。失望の心配の味がする。


 そんなことはしない、するわけがない。そう言っても、今の俺は無性。俺じゃない何か。……どうする事もできない。


 あと五分で魔法が溶ける。俺は、陽菜眠り姫が恐れるマレフィセントになってしまう。


 部屋を出よう。桜さんにもう一度、魔法をかけてもらわないと。


 そう思い、ベット横の椅子から腰を浮かした時だった。


「蓮くん……?」


 こぼれ落ちそうなほどに開かれた瞳だった。


 俺の視界が大きく開く。咄嗟にドアまでの経路を確認し、声を出さないように静かに退散しようと目論む。


 陽菜が蓮くん、と声をかけたということはなのだろう。


 男性の声一つでも苦しくてしんどい陽菜のために声を出すことはしない。体を見せてしまった自分が、陽菜を怖がらせるこの体が憎くて憎くて仕方がない。


「待って、蓮くんっ!」


 腕を掴まれる。腕力ではこちらの方が上だ。引き剥がそうとして、それも男性を想起させるものなのではないかという考えに至った。


 ……どうしたらいいのだろう。どうしたら、陽菜を傷つけることなくこの部屋を出られるのだろう。


 困ったまま陽菜の顔を見つめた。陽菜はどこか申し訳なさそうで、そして__嬉しそうだった。


「やっと会えた……! ごめんね、ずっと話せなくて、謝る機会がなくて……」


 謝る……? 何をだろうか。彼女は何一つ悪いことは……。


「あの日、咄嗟に蓮くんに酷いこと言ったでしょ? 怖がっちゃったし。でも蓮くんが怖い訳じゃなくて……」


 太陽に少し黄色の混じった瞳が優しく輝く。

 困り眉で空を見上げていた。


「男性、怖いんだね、私。あの時初めて気づいたの。思い出したのもその時。私……」


 陽菜は強がる時に唇を噛む。

 泣きそうな時に手首を握る。

 怖い時に、目を瞑る。


 思わず手を重ねていた。思わず頬を撫でていた。


 無自覚だった。気付いて初めて、するべきでなかったと後悔した。陽菜に群がる汚い生命体、その一つが、手や頬を触った事実は許されるものではない。


 腹を切ろうか。それが一番苦しんで死ねるだろうか。それとも、ひなが受けた拷問をもう一度……。


「蓮くん」


 手を、握り返されていた。


 なんの奇跡だろうか。あんなに男性を怖がっていた陽菜が、俺の手を触れているだなんて。


 嬉しくて嬉しくて唇を噛み締めた。


 頬から流れ出る幸せの色に、それは許されるべきでないと別の自分が語りかけてくる。


 うるさい。黙れ。柚月蓮は陽菜と生きるのだ。


 頬をそっと触った。その頬は強ばっていて、恐怖が影を残していた。


 腹が立つ。


 他の男によって、他の何かが混じって、それが怖いと感じる彼女の体。

 その心臓に残された大きな引っ掻き傷に。

 そして、ぐちゃぐちゃに引っ掻き回しては笑いながらそれを見ていた、唾棄すべき男の名に。


 頬にそっと口付けをした。


 彼女の桃色の頬の強ばった筋肉が脱力していく。


 呪いをゆっくり溶かすのだ。二人の物語の悪役ステファン王のかけた、恐怖心を喉の奥にこびり付かせる呪いを。


 唇が重なる。一度、二度、その次は、もう。


 舌が絡み合う。少しだけ苦しそうに息をするのを見てられず、俺はそっと頭を撫でた。


 そっと、彼女の腕が俺の背中にまわる。


 愛おしい。守りたい。何があっても。何がなんでも。


 正直に言おう。陽菜を傷つける人間は全員屑で塵芥で愚図で救われるべきでない存在だと思っている。


 四肢を捥いだところで、目を捻り潰したところで、脳をスプーンで掻き回したところで、その罪は消えない。そんなちっぽけな痛みで赦されようだなんて、俺は絶対に認めない。


 本人ですら吐瀉物を出してしまうのに、俺が吐き気すら感じない訳はなかろう。今にでも蟻を潰す遊びのように跡形もなく片付けてしまいたい。


 だが、彼女がそれを望まぬのなら。


 それは仕方がない。それ以上はただの俺のエゴになってしまう。だから。


 陽菜の瞳の奥底から際限なく溢れ落ちるかなしみに手をやった。



 俺が守る。



 死んでも守る。殺されても守る。傷ついても悲しんでも怒っても、自分が無性にならなければいけなくなろうとも守り抜く。


 そっと傷口を開き、撫でる。


 そっと舐め取り、そっと俺の色で染め上げる。


 どちらの物かもわからない体液とはよく言ったものだ。その通りだと思えるほど、口付けを繰り返した。


 暖房が窓に結露を作る。外では、しとしとと雪が降っていた。

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見えない傷口、その癒し方。 くずきり @Kuzukiri1023

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