あなたは運命の人 〜私、ヒーラーなのに運命の相手は回復魔法が苦手のようです!?〜
三柴ミナミ
第1話:私とあなたの出会い〜人生最大のピンチ!〜
――この恋を、疑ってはいけない。
この愛を、信じ切らなければいけない。
運命の人を探し出して、隣にいられるのなら。
それだけできっと、自分は幸せになれるから。――
……これは、誰の言葉だったろう。物心ついた時から、この言葉が何度も頭に浮かんでは消えて、そしてまた忘れた頃に、思い出す。
物心つく前から、誰かが自分に言って聞かせてくれたものだったのだろうか?それとも、教本に書いてあったものだったのだろうか?いずれにせよ、大切な記憶みたいだ。
誰の言葉だったのかすら、忘れてしまったのに。恋愛なんかまだしたことないから、その意味すら、知らないのに。
……言葉だけは、覚えている。
――――
ここは剣と魔法の世界、プティマジェカ。
護身として剣術や魔術を習得する者も珍しくない世界。魔物を狩りながら別の街やダンジョンの踏破を目指す冒険者は、常に死と隣り合わせという危険も伴うが、それでも街や村で一生を過ごすことに退屈を感じるような子供たちにとっては憧れの職業のひとつとなっていた。
基本的に街や村の中は安全とされているが、外の人通りが少ない場所には淀んで濁った魔力が溜まっていて、そこから湧いた魔物や、それに触れて凶暴化した野生生物などがはびこり、人に害をなす。鬱蒼として陽の光が当たらない暗い森の中はその最たる場所の一つで、日が落ちたら力無き者は無闇に近付いてはならないというのは、この世界の常識だった。
日が落ちて、真っ暗な森の中。木々の間をすり抜けるように、ランタンの灯りが上下に揺れながら線を描いていた。
その灯りの持ち主は、息を切らせて、魔物の群れから逃げるために走り続けていた。くるぶしまである長いスカートを捲りあげ、翻し、腕も足も彼女にとっての全力で精一杯動かして、必死に。
追って来ている魔物達は、吸血コウモリの類いのように見える。群れをなして、数で追い詰めてきている。その中心には、そのコウモリ達の親玉であろう一際大きな個体が、見るからに鋭い牙を威嚇するように剥き出しにしていた。そのサイズは、コウモリなんて軽々しく呼べないほどに大きい。飛んでいるのに、その大きさが分かる。人間の成人男性が両手を広げた時と同じくらいだろうか。
(あ、あ、あんな大きな魔物に…襲われたら!絶対、絶対死んじゃう!!)
キィキィと高く耳障りな鳴き声に、バサバサとうるさい羽音。更に数の暴力で追い詰められつつあるというこの状況は、捕まれば否応なく死を突き付けられると予想するのに十分過ぎるほどだった。幸いなことに、群れで固まって飛んでいる分、スピードだけはそこまで速く無かったが。
(ああ!こんな事になるなら、魔を祓う攻撃系の魔法をもっと勉強しとくんだった!私、回復魔法しか使えないのに!使えないのにー!!)
そんな魔物の群れから逃げ続けているのは、つい先日成人したばかりの、あどけない顔立ちの少女だ。豊かなピンクベージュの長い髪を後頭部の低い位置でシニヨンに結っていたが、森の小枝にでも引っ掛けたのか、いつの間にか解けてしまっていた。普段なら女性と呼ぶよりかはまだ少女と呼ぶ方が似合いそうな、どこか幼さの残る風貌のはずだが、今は必死の形相で、その深い緑色の瞳は恐怖による涙で潤んでいた。
(……どこまで、逃げ続ければ…いいの……)
とっくに息は切れていて、更に疲労で足が痛くなってきた。
「……え?……うそっ!?」
少女は手にしたランタンを掲げ、思わず声を上げてしまった。目の前には壁のように切り立った崖が道を塞いでいた。ほぼ垂直の角度で、登ることは不可能に近い。左右に逃げようにも、密集した木々の数々。入り込めそうにない。つまり、来た道以外に他に道は無かった。……行き止まりだ。
魔物の群れを潜り抜けて来た道を引き返すのも、おそらく無理だ。数が多過ぎる。逃げ切れない。
いわゆる、絶体絶命のピンチ、というやつだ。
(ああ…ああ!神様、女神様、動物神様、無機物神様!誰でも!誰でもいいです、誰か!どうか!助けてください!まだ素敵な恋愛だってしたことないのに、こんな暗い、寂しい場所で…ひとりで…やだ!!死にたくない!!)
助けを求める声など出なかった。水分を失った喉が、貼り付いたように声が出ない。崖の下でうずくまって、ガタガタと震えながら祈ることしか出来なかった。
(死にたくないよう…誰か助けて……)
自分で自分の体を抱き締めて、ギュッと身を縮こまらせる。死の覚悟なんてとても出来ない。それをする為には、あまりにも生きてきた期間が短過ぎる。
コウモリの群れが、もう間近に迫っている。
(もう…ダメだ……。……顔も知らない天国のお父さん、お母さん。そっちに行ったら会えますように……)
少女は遂に死を受け入れようと、祈りのポーズを取り、目を閉じようとしていた。
その時だった。
「飛びかかれ!」
誰かの叫び声と共に、頭上から何か黒い影のような塊が降ってきて少女の前に見事に着地すると、コウモリの群れへと飛び込んでいった。少女は目を見開く。
「君は伏せてろ!そこを動くな!」
「は、はいっ!!」
頭上から指示を出されて、大人しく従う。といっても、そのままそこを動くなという簡単なものだったし、縮こまった体が咄嗟に動かず、そうするしか無かったからなのだが。
声の方向からして、どうやら崖の上に男性がいるらしい。思っていたよりもあまり高さが無い崖だったようだ。二階建ての家の屋根くらいだったようで、声は容易に届いた。
「そのまま蹴散らせ、ダスク!」
「ガウッ!」
鋭い犬の鳴き声が返事のように聞こえてきて、ようやく、今コウモリの群れに勇敢に立ち向かってくれている黒い影のようなものが、おそらく真っ黒な毛並みでしなやかな体格の犬なのだろうということを理解した。犬を含めた動物全般が大好きな少女は、こんな切羽詰まった状況だというのに、思わず目を輝かせた。
「あっ!そっちに!!」
小型のコウモリ達が、ダスクと呼ばれた黒い犬に噛まれ、引きちぎられて次々と倒されては塵となって散っていく中、群れのボスの大型コウモリが、崖の上の指示者目掛けてゆっくりとした速度で飛んで行った。司令塔を狙う方が懸命だと考えたのかもしれない。
「わざわざこっちに……」
頭の位置を低くしながらも、少女はランタンを掲げて必死に状況を把握しようとしていた。詳しくはよく見えなかったが、どうやら崖の上から男性も飛び出したようだ。危ない!落ちる!と少女が声を上げる間もなく、男性は大型のコウモリの上に器用に飛び乗ると、落下する衝撃を利用し、手にしていた短剣をコウモリの胴体へと深く突き刺しながら、少女の眼前へと着地した。
「来てくれてどうも。おかげでこの崖を飛び降りられた」
あの高さから落ちてきたというのに、飛んできた大型コウモリをクッションにして、男性はどうやら無事のようだった。片膝を立ててしゃがんだ姿勢からすっくと立ち上がると、少女の方を向いて「危ないからそこを動くなよ!」と伝えたいかのように手で制した。表情までは暗くてよく見えなかったが。その行動に少女がコクコクと何度も頷くのを確認すると、大型コウモリを貫いた武器を引き抜いて身構えて、黒い犬と小型コウモリの戦闘の中へ突っ込んで行った。男性は、ランタンのような灯りは持っていないようだ。よほど夜目が利くのだろうか。
「クソッ、数が多いな…ダスク、なるべく討ち漏らすなよ!」
「ガルルル…バウッ!」
ナイフよりは刃渡りがあるが、それでも十分片手でも扱えそうな短剣を器用に操り、素早い身のこなしでコウモリからの攻撃は避けながらも、一突きし、返す刀でもう一撃。誰かが剣で戦う姿を、こんなに間近で実際に見ることなどほとんど初めてだった少女は、まるでダンスしてるみたいに美しい足取りだなあ、なんてボーッと眺めながら感心していた。
(……誰、だろう…?でも…助かった…?私…助かった!?)
ようやく状況が掴めてきた。小型のコウモリも、男性と黒い犬の尽力により、その数ももうほとんど残っていなかった。
(私…助かったんだ…ああ!助かったんだ!)
そう少女が思わず気を緩めた瞬間、利き腕では無い方の二の腕にグサリと、太い注射針を2本同時に刺されたような、鋭い痛みが走った。
「痛っ!何…え…きゃあっ!」
男性が下敷きにしたはずの大型コウモリが、その生命力の高さからしぶとく生き残っていたようだ。森の中の夜の闇に紛れて少女にこっそりと近寄ると、腕の柔らかい部分に噛み付いて血を吸っていた。
(やだやだやだ!痛い!怖い!やめてー!!)
少女が噛まれている方と逆の手で、正に今噛み付かれて患部となりつつある二の腕へ、痛みを和らげようと思わず回復魔法を使った。すると、大型コウモリはまるで目を回したかのように少女の二の腕に食い込ませた牙を離して、パタリと倒れてしまった。……あれ?と思う間もなく、大型コウモリはすぐに再び目を覚ますと、少女を恨めしげに横目で睨み付けながら、男性達と小型コウモリの方へと飛んで行った。
(……もう、痛く…ないみたい)
ぼんやりとそう思った後、少女はハッとして、男性へ声を掛けた。
「あの!大きいのがまだ生きてて!そっちへ!」
「!……ありがとう、教えてくれて」
男性が、ぺこりと頭を下げてくれた気がする。
「お気を付けて!」
「ああ、これくらい何でも…うわっ!何だコイツ!?」
「グルル……」
コウモリの体から、オーラのような強い魔力が漏れ出ていることが見て取れた。いつの間に強化されたのだろう?
「さっきより強くなってる、のか……?……チッ、面倒だな……まあいい。行くぞ、ダスク!」
「ガウッ」
そこからは、ほんの一瞬の出来事だったように思う。飛んでいる相手だが、スピードは明らかに男性の方が数段上。コウモリの翼から飛び出た鋭い棘のような長い爪が男性の顔を掠めたような気がしたが、男性は怯まずに、まずは翼を集中的に攻撃した。男性に攻撃しようと近寄ってくるタイミングを逃さずに。黒い犬は、周囲にまだ少し残っていた小型コウモリの相手をしている。男性の短剣が、遂に大型コウモリの飛膜を突き破り、切り裂いた。翼に穴が空いたコウモリは、上手く飛べなくなって地上へと落下した。ボトッと、いかにも重たそうなものが地に落ちた音が聞こえる。その隙を見逃さず、男性がコウモリの上に跨り、馬乗りになる。翼の上に男性の両足が乗っているので、コウモリは身動きが取れなくなった。
「これでようやくトドメが刺せる」
男性は両手で短剣を握り直すと、それを振り上げた。
だが、その瞬間。
『キィィィーーーーーン……!!』
コウモリは鋭い牙がいくつも並んだ口を大きく開けると、耳をつんざくかのような不快な超音波を発した。酷く耳障りな音で、数秒だってまともに聞いていられない。少女は思わず眉根を寄せてギュッと目を瞑り、両手で耳を塞いだ。
それからそっと目を開くと、誰よりも間近でその超音波を浴びるように聞いてしまった男性は、全身が脱力してしまったかのように首を僅かに傾けながら虚空を見つめ、振り上げていた腕は片方の手に武器を掴んだまま、だらりと下がっているようだった。放心状態に陥ってしまっているのかもしれない。
男性が体重を掛けて足で翼を押さえ込んでいるので、暴れてはいるが、それでもコウモリは拘束を解いて自由になることは叶わなかった。しかしこのまま暴れ続けていたら、それもどうなるか分からない。
「ワンッ!ワンワンッ!!」
心配した少女がどう声を掛けようか迷っていると、黒い犬がまるで「しっかりしろ!」とでも言いたげに、男性に向かって吠え立てた。それを聞いた男性は、ハッと気が付いたように武器を持っていない方の手でこめかみを押さえた。まだクラクラする頭をハッキリさせるように、左右にブンブンと振っている。
「チッ、油断した……。最初に喉を潰しておくべきだった」
舌打ちしながらそう呟くと、男性はまた武器を振り上げ、容赦なくコウモリの喉元へと突き立てた。
「ギャアアッ!!」
喉に溜まった空気が押し出されることで発せられたコウモリの悲鳴に、少女はまた眉根を寄せたが、男性は同情など一切感じていない様子だ。
「よくもやってくれたな……。今度は外さない。確実に仕留める」
冷静に、冷酷にすら聞こえるほどそっけない口調でそう言い放つと、短剣の切っ先をコウモリの胸元へ押し当てて、急所へと狙いを定める。
「あの子は……」
男性は一瞬だけ視線を逸らして少女を一瞥すると、それから視線を戻し、短剣を自らの顔の高さまで、ゆっくりと持ち上げる。つまりあの子とは、どうやら少女のことを指しているらしい。
「俺の……」
短剣の動きがピタリと止まった。
「……モノだ」
(……えっ!?)
両手で握った短剣に自重を乗せて、振り下ろす。容赦の無いトドメの一撃。ズン、と音が聞こえそうなほど、深く、深く刃が食い込んだ。
「手出しするな」
怒りが含まれているかのように冷たい口調で、そう呟くのが聞こえた。
それまでジタバタと暴れていた大型コウモリは、遂にピクリとも動かなくなり、絶命した。間もなくコウモリの体が崩れ去り、塵となって消えて、後には親指の先程の大きさの、キラキラと光る宝石のような魔力の結晶が1粒だけ、残った。大型の魔物を倒すと、大抵は塵となって消えるので死骸はほとんど残らないが、この結晶は必ず残る。魔力の結晶は暮らしを豊かにする便利な魔法アイテムを、魔力を使用せずに動かすためのエネルギー源となるので、重宝され、店に持って行けば換金もしてもらえる。男性は両膝をついた状態から立ち上がり、武器を鞘に収めて足や腕の埃を払うと、その結晶を拾い上げた。
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