もしも、小学一年生が総理大臣だったら

御戸代天真

もしも、小学一年生が総理大臣になったら

 20○○年某日。

 東京の国会議事堂の一室に、多くの記者が集まっていた。そこへ、髪の薄い恰幅の良い大臣が、スーツ姿で湧き出る汗をハンカチで拭いながら登壇し、マイクに向かって答えた。

「えー、この度の閣議を経て、来る国会で、✕✕学校の一年三組、山中一郎君を、第二五十八代内閣総理大臣に任命することが決定いたしました」

 歓声とともに、記者たちのカメラのシャッター音がバシャバシャと鳴り響いた。

 大臣は続けた。

「えー、決定した経緯につきましては、少子高齢化に伴い減少していく子供たちのリーダーとして、そしてこれからの日本を担う若い世代の、既存の枠にとらわれない豊かで自由な想像力と発想を期待してのことでございます。何卒、ご理解とご協力をお願い申し上げます」

 次の日から、一郎総理大臣の政治が始まった。国会議事堂には、特注の小さな机と椅子が運び込まれ、そこで一郎総理は、クレヨンを握りしめながら最初の記者会見に臨んだ。

「みんなー! 今日からね、毎日が遠足だよ! お仕事とか、お勉強とか、やりたくない人はやらなくていいよ! 好きなことしてていいよ!」

 記者たちの度肝を抜いた第一声だった。中には笑いをこらえる者や、頭を抱える者もいたが、一郎総理大臣は気にせず続けた。

「それからね、おやつは一日三回! もちろん、ケーキとかプリンとか、毎日違うやつね! あ、あとね、夜中にだって、好きなだけ遊んでいいんだよ! それとね、苦手なことはやらなくていいよ! 税金とか、難しくてイヤだから、もう払わなくていいよ! ぜーんぶ、無し! 代わりに、みんなで絵を描いたり、鬼ごっこしたりしようね!」

 国民は熱狂した。「毎日が遠足!」「おやつは一日三回!」「税金なし!」という夢のような言葉に、最初は歓喜した。大人も子供も仕事をサボり、学校を放り出し、手にした自由と甘いおやつに酔いしれた。公園は子供と大人が入り乱れて鬼ごっこをするカオスと化し、大人たちは「これも立派な国民の義務だ!」と叫びながら、夜中に堂々とゲームに興じた。

 数年後、全国民の肥満度が急上昇し、歯医者の予約は数年先まで取れなくなったが、みんな歯の痛みを忘れるくらい、満面の笑みで「これも総理のおかげ!」と叫んでいた。

 だが、甘い夢はすぐに現実の悪臭を放ち始めた。

 仕事をしないから物流は滞り、お店から品物が消えた。税金がないから、道路は穴だらけ、電車の線路は錆びつき、病院は閉鎖。人々は、おやつばかり食べているので、栄養失調と虫歯で倒れていった。

 この惨状に、一郎総理は「ままぁ」と呼ぶ母親の女性秘書に問いかけた。

「ねえ、ままぁ。なんか、みんな元気ないよ? おやつもなくなっちゃったって言ってるし。どうすればいいの?」

 ままぁは困り果てた顔で、しかしどこか能天気な声で答えた。

「あら、一郎ちゃん。そんな簡単なこと。お金が足りないなら、もっとたくさん刷ればいいのよ。ね、みんなで分けて、またおやつをたくさん買えばいいわ。それに、どうせなら一郎ちゃんが好きなヒーローの絵が描いてあったら、もっと嬉しいでしょ?キラキラのお金にしたらどうかしら?」

「わー、すごい! それ、僕が考えたみたいだね! うん、そうしよう! もちろん、僕の好きな『スーパーヒーロー・ピカピカマン』の絵にしてね! そして、色も七色にしよう!」

 総理大臣のお達しとあって、銀行はお金の増刷をした。なんと、去年の100倍以上。しかも、本当に一郎総理が指定した七色の『スーパーヒーロー・ピカピカマン』が描かれたキラキラのお金だった。国民も最初は喜んだ。配られたお札で誰の財布の中もパンパンに膨れ上がり、「今日は高級車を3台!明日は宇宙旅行の予約だ!」などと、誰もが浮かれきって爆買いに走った。一万円札が、まるで子供のおもちゃのような見た目になっても、誰もが「わーい!」と叫んでそれを手にし、高揚感に満ちていた。

 しかし、それはパン一つ買うのに、ダンボールいっぱいのキラキラした紙切れが必要になることを意味した。

 やがて、そのお金はただの紙切れとして、道端に散乱するようになった。子供たちはそれを拾い集め、折り紙や砂場の道具として使った。

 一郎総理の支持率は、相変わらず子供たちと、仕事を放棄した一部の大人たちからは絶大だった。「おやつ総理!」「遠足王子!」と呼ばれ、国会運営は完全に「ままぁ」とその周辺の大人たちが牛耳っており、一郎総理大臣は彼らの操り人形に過ぎなかった。

 彼らの政策は毎日コロコロと変わった。初めは「税金を再度作る」や「国を建て直す」と言った真面目なものが多かったが、一郎総理とままぁの影響もあり、時間が経つにつれ「今日はカレーは飲み物にする!」「明日はお空を歩く練習!」「次は、国会議事堂を巨大な滑り台に改造するぞ!」などと、意味不明なものばかりになった。


 そして、時は流れた。


 国は完全に崩壊していた。かつて栄華を誇った首都は、巨大なゴミ捨て場と化し、人々はわずかな食料を求めてさまよっていた。キラキラのお金は、風に舞い、泥にまみれ、誰も見向きもしなかった。

 国会議事堂の一室では、相変わらず一郎総理がクレヨンを握りしめていた。彼の目の前には、世界地図が広げられ、クレヨンで塗りたくられていた。

「ねえ、ままぁ。僕、もう総理大臣やめたい。だって、みんな、ちっとも僕の言うこと聞いてないもん。それに、僕の好きなおやつ、もうどこにも売ってないし」

 嘆く総理大臣に、ままぁは顔色一つ変えず、まるで習い事を辞めたいと言ってる子供を諭すように言った。

「あら、一郎ちゃん。大丈夫よ。もうすぐ新しいおやつができるわ。それに誰が総理大臣になっても、この国は、きっと変わらないわよ。人間って、案外、変わらないものなのよ」

 ままぁの言葉に、一郎は納得したように頷き、クレヨンで世界地図の日本列島を真っ赤に塗りつぶした。その上から、大きな字で「ぜんぶ、ぼくのおやつ!」と書き加えた。

 結局、この国では、小学一年生が総理大臣になろうが、誰がなろうが、何も変わらなかった。いや、むしろ、より一層、おかしな方向へ転がっていっただけだった。そして国民は、そんな地獄のような現実を、口元に残った砂糖の甘さを感じながら、ただ受け入れるしかなかった。まるで、最初から誰にも期待などしていなかったかのように。

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