バカ

イツミン⇔イスミン

バカ

 ある世界、ある時代のあるところに、広大な国土を擁する、ひとつの国があった。

 その国は歴史も長く、先進的であり、大国のひとつとして数えられるほどだった。

 しかし、政治を主導するのが現在の指導者になってから、国内外問わず、評判が悪い。

 政治不信がたたり、治安や外交は悪化し、このままでは紛争や、戦争にも発展しかねない。

 それなのに、指導者はちっとも、自分のやり方を変えようとはしなかった。

 指導者は自分の決めた方針が正しく、従わない国民が悪いと決めつけ、治安の悪化も国民のせいにしてしまった。

「この国の国民は、始末に負えないバカどもだ。俺の言うとおりにしていれば、間違いなどないし、すべて上手くいくというのに」

 指導者の、彼の口癖が、これである。

 指導者の傍には、常に大臣や、秘書や補佐官がいたが、彼は誰の助言も聞かないため、なんの意味もなかった。

 このままでは、指導者の彼とともに、歴史ある大国が共倒れになってしまうと、大臣たちは一計を案じることにした。

 一度、指導者の思い通りにしてやって、上手くいかなければ、さすがに彼も、方針を変えると、大臣たちは思ったのだ。

 そこで大臣たちは、一人の科学者に白羽の矢を立てる。

 その科学者は、大国と言われるその国でも一番優秀で、後にも先にも、並び立つものがないと称されるほどの天才だった。

 さすがに国で一番の天才にも、指導者の悩みが解消されないのであれば、もう他にどうにかできる人間など、どこにもいないという、そういうことだ。

「この国にいるバカどもを、おまえの発明でなんとかしてくれ」

 さっそく指導者は、科学者に、注文を付けた。

「なるほど、バカをなんとかする発明を、作ればいいのですね」

 指導者のむちゃくちゃな難題を、しかし科学者は、あっさり頷いて受け入れてしまった。

 そばにいた大臣や、秘書や補佐官や、まさか科学者が難題を解決してしまうのかと、複雑な表情で顔を見合わせた。

 そして、しばらくの日付が過ぎる。

 大国の長い歴史から見れば、ほんの短い時間だったが、それでも情勢の悪化は加速していく。

 やがて、科学者から指導者に、ひとつの回答があった。

 なんと、科学者の彼は、バカをなんとかする装置を、発明したというのだ。

 大臣や、秘書や補佐官は、信じられない様子である。

 国中の、バカをなんとかしてくれと言われても、指導者の言うバカどもが、急に賢くなることも、指導者に従順になることも、ありえないことなのだ。

 だから大臣たちは、国内一の天才の科学者に頼んで、それでも無理だと、指導者を諦めさせようとしたのだ。

「さっそく、発明を見せてもらおう」

 指導者は、彼の個室で、科学者と一人で会うことになった。

 大臣たちは、さすがに二人きりにするのはまずいと、そばに着くと言ったが、指導者の信用を失った彼らは、立ち会うことを許されなかった。

「指導者様、これがご注文の、バカをなんとかする装置です」

 指導者の個室で、指導者と二人きりになり、科学者は言った。

 科学者が示したのは、なんの変哲もない、ホテルのフロントで、フロントマンを呼び出すときに使うベルのような形をした、ひとつのボタンだった。

「いったいなんだ、これは」

 期待外れだと、がっかりした表情を隠そうともせず、指導者は言った。

「この国のバカを殺すボタンです、指導者様」

 悪びれもせず、さらりと、科学者は言った。

「なんだって、この国中の、俺の言うことを聞かないバカどもを、殺してしまえるのか?」

 不意に、指導者は色めきたち、言った。

「その通りです。このボタンを一度押せば、たちまちこの国のすべてのバカは、一瞬で抹殺されるのです」

「なるほど、それはよい発明だ。期待外れだと思ったが、そんなことはなかった。これでこの国は、また再び、大きく発展できるだろう」

「ただし指導者様、バカとはいえみんな殺してしまうということは、とても大変な事です。この国の行く末を左右することになります。このボタンを押す時は、覚悟を決めてください」

「そんなもの、そんな覚悟は、俺はとっくにできている」

 喜んだ指導者は、科学者の後の言葉も聞かないうちに、すぐさまボタンを押してしまう。



 ホテルのフロントで、フロントマンを呼び出すときに使うベルみたいな装置の、突端を人差し指で、ぐっと――。






 前の指導者が死んでしまって、既にしばらくの時間がたった。

 前の指導者の死後、新しい指導者はすぐに選挙で決まって、その国では新しい政治体制が敷かれた。

 新しい指導者は、前の指導者と違い、大臣も、秘書も補佐官も、それどころか国中の国民からも、意見を聞き入れる柔軟性があった。

 その結果、その国は、大きく持ち直し、すっかり平穏になり、戦争も紛争も、危機は無くなってしまった。

 しかし、新しい指導者には、気がかりなことがあった。

 前の指導者が、死んでしまった理由が、彼にはちっともわからないのだ。

 そこで新しい指導者は、前の指導者の死に立ち会ったという、科学者を呼んで尋ねた。


「いったい、前の指導者の、死因はなんだったのだろうか」


 新しい指導者に言われ、国で一番の天才の、科学者は微笑むようにして言った。



「彼の死因はバカです」



 たとえどんなに優秀だろうと、たくさんの国民を殺すボタンをすぐさま押してしまうようなのは、指導者としてはバカだと言わざるを得ない。




 科学者は前の指導者の、彼の要望通りに、始末に負えないバカを、すっかりどうにかしてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バカ イツミン⇔イスミン @itsmin0080

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画