第11話 湯気の奥に見える文明開花(風呂)

宴の翌日。


 俺は早起きして、領地を見回していた。


 「そういえば水路、結局全然進んでないんだよなぁ…」


 捕まえたスライム様のおかげで、下水周りの目処は立ったけど、今の水路は土を掘っただけ。


 水は泥だらけで水路というより、どちらかというとドブに近い。



「…よし、今日から本格的に水路工事だ」


 重い腰をあげて分身を出した。


 ボンッ、ボンッ、ボンッ——


 20人。


「お前ら、今日は水路を整備する。川から領地まで、石と木材で護岸しよう!」


「「「「「了解」」」」」

「任せろ」

「石、どこにある?」

「川の上流に転がってたぞ」

「じゃあ運ぶか」


 分身たちが散っていく。


 採掘スキルはドラゴン戦で身についている。石を削るのも運ぶのもお手の物だ。



 ガコン、ガコン、ガコン——


 分身たちが川原で石を割る音が響く。


 ザブザブと水路に入って、底に石を敷き詰める俺。

 木材を切り出して護岸を作る俺。

 土嚢を積んで流れを調整する俺。


 20人の俺が一斉に動くと、作業が恐ろしく早い。



「おーい、ここ傾斜が足りねえぞ」


「じゃあ掘り下げるか」


「待て、下流から順にやらないと水が溜まる」


「あー、確かに」


 分身同士で相談しながら進めている。

 ようやく、こうして自律的に動いてくれるようになった。





 一方、ダリオたちは——


「よいしょっ、よいしょっ!」


 畑で鍬を振るっている。

 リーシャが持ってきた苗を植え、土を耕し、水をやる。


 農業班の本領発揮だ。動きに無駄がない。


「領主様ー! この辺りの土、結構肥えてますよ!」


 ダリオが汗を拭きながら報告してくる。


「ほーう。それはよかったなー!」


「ええ! 来年にはきっと、立派な麦畑になりますぜ!」


 目が輝いている。本当に農業が好きなんだなぁ。うんうん。よかったよかった。


 畑仕事の合間には、自分たちの家も建てているらしい。

 骨組みだけだった小屋もいくつかは「家」っぽくなり始めていた。





 そして、信徒たちは——


「「「「「我らの聖堂を……より荘厳に……」」」」」


 教会本部の建設に没頭していた。


 砦から少し離れた丘の頂上では、黒っぽい建物が建ちつつある。

 一般的な、ファルス教の教会とは明らかに雰囲気が違う。


 なんというか……禍々しい。


「リーシャ、あれ大丈夫なのか?変な呪いとか込めてないだろうな…?」


 オルファが眉をひそめる。


「大丈夫ですよ~。と~っても神聖な教会じゃないですか~」


 リーシャがにこにこ答える。


「……まあ、領主のアンタがいいなら、別にいいんじゃない?」


 オルファが諦めたようにため息をつき、俺の肩をポンと叩いた。




 驚いたことに、教会本部には治癒所も併設されるらしい。


「治癒所?」


「はい!私や信徒の何人かは回復魔法が使えるので~、怪我や病気の方を治療してあげようかなと~」


「へえ、それは助かるな。ぜひお願いしたい」


 領民が増えれば、怪我人や病人も出るだろう。

 医療施設があるのは心強い。


 ただ……


 俺は建設中の治癒所に目をやった。



 ——めちゃくちゃ光ってる。


 今まさに使徒の1人が疲労回復(?)の魔法を受けている最中だ。


 普通、神聖魔法って白く光るもんじゃないのか?


 あれ、どう見ても……どす暗い紫色に光ってるんだが?


「リーシャ、あの光……」


「効果は抜群ですよ~! むしろ普通の回復魔法より良く効くんです~!」


 そう言われると、確かに周りの信徒たちの動きもキビキビしている。

 以前より元気そうだ。


「あと、私が作る『回復薬クスリ』も好評なんですよ~」


「薬?」


「飲むと疲れが取れるんです~。作業効率も上がりますし~気分も爽快にィ!」


 ……そこはかとなく怪しい。


 でも、信徒たちは確かに元気に働いている。

 細かいことは気にしないでおこう。うん。







——————————————————————





 水路工事は5日ほどで完了した。


 川から拠点の中心まで、石と木材で護岸された水路が通っている。

 水は澄んでいて、 見た感じは飲み水としても十分使えそうだ。

 今は念の為、煮沸するかリーシャに浄化魔法をかけてもらっている。


「よし、次は風呂だ」


 俺は設計図を広げた。

 ……といっても、布の裏地に適当に描いただけのものだが。


「湯船は一旦木で作ろうか。手頃なものがあればいいんだけど……」


「この辺りの森には香りが良さそうな木も多いわね。オーク榛木アルダーなんてどう?……少し奥に行けばあるかも」


 オルファが地図を見ながら言う。


「よく分からんが、とにかく香りの良さそうなやつだな?探してくる!」




 ———森の奥でオルファが教えてくれたっぽい木を見つけた。

 分身10人がかりで伐採し、運び出す。


「重っ……」

「でもいい匂いはするな!」

「ああ!風呂に入るのが楽しみだ」

「早く作ろうぜ」

「さっさと次も運ぶぞ!」


 分身たちのモチベーションが妙に高い。

 俺(本体)の風呂への渇望は思ったより大きいようだ。




 湯船の制作は、意外と難航した。


「木を曲げるのって難しくないか?」

「蒸してから曲げるんだよ」

「蒸す? どうやって」

「……わからん」


 分身同士で首を傾げている。


 結局、切り出した木板を組み立てて湯船を作ることにした。

 持ってきた大木を半分に割り、なるべく一枚板にできるように慎重に切り出す。


 ゴリゴリ、ゴリゴリ——


 切るというより削るに近か作業だ。

 採掘スキルが地味に役立った。

 木を削るのも、石を削るのも大差ないらしい。





 2日後。


 なんとか湯船が完成した。


 大人が3~4人なら余裕で入れるサイズ。

 

 森の清潔感、そこにほのかな甘さと樹脂の温かみが混ざる。そんな香りだ。


 何の木かは知らないが、風呂に使うのにぴったりだ。灰枝領うちの名物にしよう。



「次は湯を沸かす仕組みだな…」


 ここが問題だ。

 薪で沸かすのは手間がかかるし、火の管理も面倒だ。


「魔石を使いましょう~」


 リーシャが提案してきた。


「魔石?」


「以前見せていただいた、ゴーレムのコアがありましたよね?あれに炎の魔力を込めれば、熱源になります~」


「おお、なるほど」


 無くしたと思って、倉庫にしまってあったのを忘れてた。

 ゴーレムの魔石を持ってくる。

 拳大の赤い石だ。まだ微かに魔力が残っているのか脈動しているようにも見える。


「ヴォル、ちょっと来てくれ」


 呼ぶと、ヴォルが肩に飛び乗ってきた。


「この石に、炎をちょっと吹きかけてくれないか?」


「グルル?」


 ヴォルは首を傾げながらも、言われた通り小さな炎を吐いた。


 ボッ——


 魔石が淡く光り始める。


「おお、入った入った」


 魔石を手で触ると、じんわり温かい。


 これを湯口に入れておけば——


「もっともっと!」


 言われるがままにヴォルは炎を吐き続ける。


「……ピシッ!」


 急に魔石が高温になった。慌てて炎から逸らす。


「充電しすぎちゃったみたいですね~。加減が難しそうです」


 リーシャが苦笑する。


 その後、何度か試行錯誤して適温を保てる魔力量を見つけた。

 ヴォルも「このくらい」という加減を覚えてくれたようだ。






 湯船の周りには、洗い場も作った。


 床には平らな石を敷き詰め、壁は例の木の板で囲う。

 掛け湯用の桶もきちんと設置済みだ。


 排水は、そのまま下水へ流れるようにした。

 下水にはスライムがいるから、汚れた水も川に戻る頃にはすっかり綺麗になる。



「あ、そうだ。トイレも作らないと」


 風呂に夢中ですっかり忘れていた。先にこっちを完成させておこう。


 原理は風呂とほぼ同じ。

 個室を作って、下に穴を掘って、下水に繋げる。

 こんな感じでいいだろう。

 1時間とたたず完成した。



「文明だ……」


 俺は完成したトイレを見て、しみじみと呟いた。

 森で用を足していた日々が嘘のようだ。







——————————————————————





 そして——


 念願の風呂が完成した。



「入るぞ……!」


 俺は湯船の前に立っていた。


 湯気が立ち上っている。柑橘みたいに明るい木の香り。

 そしてこの地に来てはじめての「湯」。


 ここ数週間、川で水浴びしかできなかった。

 冷たい水で体を擦るだけの日々。


 それが今、目の前に——本物の風呂がある。



「っあ゙ぁ゙~~~……」


 ゆっくりと湯に浸かる。


 最高だ。


 体の芯から、疲れが溶けていくような感覚。


「……極楽」


 思わず声が漏れた。


 天井を見上げる。梁の隙間から夜空がのぞく。


 なんと風情のあることか。一句したためたい気分だ。



 湯船に体を預けて、目を閉じる。


 ——ああ、生きてて良かった。


 大袈裟かもしれないが、本気でそう思った。




「アルト様~、私も入っていいですか~?」


 外からリーシャの声。


「俺が出てからね!」


 そうくると思って内鍵をつけておいてよかった。



「えー、一緒がいいです~」


「ダメ!」


「けちー!」


 しばらくガチャガチャと鍵に触っていたようだが、諦めたみたいだ。リーシャの気配が遠ざかっていく。


 ……ふう。危なかった~




 風呂から上がると、オルファが待っていた。


「どうだった?」


「最高。マジで最高!」


「そう。じゃあ私も入るわね」


 オルファが風呂場に消えていく。





 しばらくして——


「なにこれ、どこで手に入れたのよ?!」

 ただならぬ表情でオルファが飛び出してきた。 


 「な、なに?」


 「この木!お風呂に使ってるやつ!」


 「森の奥にあったやつだよ?いい香りがしたからオルファが言ってたやつなのかと思ったけど、ちがうの?」


 「全然違う!この香り、オーク榛木アルダーなんかと比べ物にならないわ!」


 そうなのか。


 「これ、特定の地域にしか生えないといわれてる高級な木よ!たしか…ヒノキとかいったかしら?」


 全然知らん。まぁ高級ならよいのではないだろうか。


 「まさかこんな辺鄙な土地に来て、最高級のお風呂が味わえるなんて…灰枝領ここも捨てたもんじゃないわね!」


 さり気なく失礼なやつだな。


 「え~ずるいです~!アルト様~、私の教会の木材もこれにしていいですか~?」


「いいよ。森の奥にまだまだ沢山生えてたから、後で分身に取りに行かせとくよ」


「わーい!ありがとうございます~!」


 リーシャが嬉々として飛びついてきた。


 「でも、オルファが言うにはヒノキはこの辺りには植生がないそうなので~…この素晴らしい木は、それに似た別物なんですかね~?」


 「なのかな?」


「では、灰神木アルトと名付けましょう~!」


 灰って字が入るのは嫌な気もするが…

 元々ここの名物にするつもりだったしな。まぁいいか。


 領主である俺の名を冠するなんて、めでたい木だぜ!






 その後、領民全員が交代で風呂に入った。


「うおおお、あったけえ……」

「これぞまさに、極楽の極み……」

「生き返る……」

「ありがてえ、ありがてえ……」


 中から感嘆の声が聞こえた。

 やはり、風呂の魔力は万人に効くらしい。



「「「「「こ、これが……湯浴み……」」」」」


 信徒たちは無言で湯に浸かっていた。表情は見えないが、満足しているようでなによりだ。



 ヴォルも興味を示したので、湯船の縁に乗せてやった。

 前足で湯を触って、そのまま飛び込んだ。


 火に水。一瞬ヒヤリとしたが、気持ちよさそうに目を細めている。


 ……炎のドラゴンが温泉好きって、不思議なこともあるもんだなぁ。





 その後、俺は新しい寝床についた。


 藁を詰めた布団。リーシャが買ってきてくれた布で作ったものだ。

 以前の干し草ベッドも悪くなかったが、やはり布は肌触りが大変よろしい。


 風呂で温まった体が、布団に包まれる。


「……幸せだ」


 こんな当たり前のことが、こんなに幸せだなんて。


 もうすぐ冬になるし、それまでには羊毛か羽毛の布団も作りたいな~…


 そんなことを考えながら、俺は眠りに落ちた。



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