エスケープ フロム ルーム

玄道

脱出

 カーテンが引かれ、八月の部屋は二十四時間年中無休で夜だ。


 永遠の真夜中に、私──宮原玲みやはら れいは息をしている。


 ◆◆◆


 きっかけは、もう私にも分からない。二ヶ月前のある朝、私は家から出られなくなった。


 PCもスマホも、好きだったベースすら触らず、昔ながらのDVDやブルーレイを延々リピートする日々。


 アニメもドラマも映画も、登場人物は外で輝いているのに。


 髪も伸び、メイクも手順を忘れそうになる。


 鏡も見ないが、恐らく死人の顔をしているのだろう。


 否、本当に私は生きているのか?


 "コトリ"。


 お盆を置く音がした。


 ──お昼なんだ……ごめんなさい、母さん。


 足音が遠ざかり、私はドアを開ける。


 メモには『玲、ご飯だけでも食べてね』と書いてあった。


 先週から、『今日も無理かな?』などと書かれなくなった。


 情けない自分を傷つけようにも、部屋の刃物は全て片付けられている。


 イチゴジャムのサンドイッチを齧ると、味すら遠い気がした。


 イヤホンを通して、フィクションの友人が頑張るのを聞いても……どうにも動けない。


 このまま、この闇の中で干からびてくのかな。


 何度も同じ思考を繰り返している。


 ふと、廊下を駆ける音がした。


「玲! 玲!?」


 ドアを叩く音。


 身が縮まる。動悸がする。


 ──いや、嫌、イヤ嫌嫌いやイヤ嫌いやぁっ!!


「玲……落ち着いて聞きなさい。 三ケ島みかじまさんがね」


 三ケ島……あずさ


「事故だって……車とバイクで。疑うなら、スマホ見なさい」


 ────え?


 慌てて電気を点ける。目が焼けそうだった。ベースを収めたケースが、埃を被っている。


 パスを入力し、久しぶりのスワイプ。


 手元が震える。


 ラインの通知が、数えきれないほど溜まっている。


 着信も、文章も。


 □□□


 Azu:玲、今日はプールだったんだよ


 Azu:玲のペースで、大丈夫だからね


 Azu:玲、指ちゃんと動く? たまには部屋でも弾きなね


 Azu:玲、変なこと考えてないよね?


 □□□


 スクロールしていく。


 たくさんの言葉が、流れていく。


 そして。


 □□□


  Azu:三ケ島梓の妹です 姉がバイクで事故を起こしてしまいました


 Azu:両腕は一応無事ですが 意識不明で


 □□□



 本当……だ。


 ◆◆◆


 高校入学から、ずっと一緒だった三ケ島梓。


 同じ軽音部で、私のベース練習にどこまでも付き合ってくれた、唯一無二の親友。


 バイクで、いつも颯爽と通学する様が眩しかった。


 私とは正反対の、太陽のような娘。


 そんな娘に、もう会えないかもしれない。


 私は制服をハンガーから外す。


 バタバタと、二ヶ月ぶりの身支度をする。さすがに手間取った。


 ケースを背負い、ドアを恐る恐る開ける。


「母……さん、病院……梓、どこに」


 母は、怒ってなどいなかった。


 車の鍵を、くるくると回して言い放つ。


「行くよ」


 ◆◆◆



 二ヶ月ぶりの外は、私を少しも拒絶しない。


 いつの間にか、かき氷ののぼりや夏物セールの看板が出ていた。


 私は、この世界で息ができた。


 母は、車を走らせながら、ぽつりと


「出れたね」


 とだけ言った。


 私は、梓に何を言えばいいのだろう。


 彼女は赦してくれるのだろうか。ずっと引きこもっていた私を。


 窓の外を見ながら、考える。


 言わないと。


『ずっと閉じ籠ってて、本当にごめん。私、またベース頑張るから、外に出るから……私も生きるから、一緒に生きよう』


 病院が、もう近かった。


 夏の太陽が、泣けるほど眩しかった。


 <了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エスケープ フロム ルーム 玄道 @gen-do09

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画