クライマックス:村の団結
浜辺で様子を見ていた漁師たちは、
最初こそ冷たく突き放していた。
「やめろ、近づくな」
「そんなもの、助けてどうする」
潮風に乗って飛んでくる言葉は、
これまで勢至丸が浴び続けてきた
冷たい視線と同じだった。
だが――
敵であるはずの鯨を、
必死に救おうとする
勢至丸の姿に、
人々の心は、
少しずつ揺らぎ始めた。
「……あいつ、本気だぞ」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「やろう」
「そうだ……やるぞ!」
一人の若衆の声が、
きっかけとなった。
数人が、
ためらいながらも
海へ飛び出した。
その小さな動きは、
やがて波紋のように広がり、
ついには村中の人々が
勢至丸のもとへ
集まり始めた。
女たちも、
子どもたちも、
浜辺に駆け寄り、
声を張り上げる。
中には、
胸の前で手を合わせ、
鯨の無事を
祈る者もいた。
「舟出すぞ!」
「わしも出す!」
「わしもだ!」
気がつけば、
数十隻もの舟が集まり、
鯨を救うため、
漁民たちは
一致団結していた。
砂地を掘る者。
柄杓で鯨に
水をかける者。
古い麻袋を濡らし、
裂けた表皮を
守ろうとする者。
誰ひとり、
指示を出したわけではない。
それでも、
皆が同じ方向を向き、
一心不乱に
動いていた。
その光景を見つめながら、
勢至丸の胸に、
これまで積もり続けてきた
恨みが、
潮に溶けるように
消えていった。
代わりに芽生えたのは、
温かな感情だった。
――この村は、
もう、
自分だけの敵ではない。
やがて、
尾ビレにロープを巻き付け、
高潮になるのを待って、
一斉に沖へ舟を漕ぎ出す
準備が整った。
「よいとこら、どっこいしょ!」
「よいとこら、どっこいしょ!」
力強い掛け声が、
浜に、
空に、
響き渡る。
櫓が軋み、
水面が白く泡立ち、
舟は一斉に
前へと進んだ。
半日がかりの奮闘の末、
鯨は、
自らの力で
ゆっくりと
向きを変えた。
そして――
噴気孔から、
勢いよく
空気を含んだ
水しぶきを
吹き上げた。
「プシューー!
プシューー!」
その音は、
まるで
人々への
感謝の言葉のようだった。
浜辺では、
歓声が上がり、
誰かが泣き、
誰かが笑った。
無事に救出を果たした
勢至丸と漁師たちは、
肩を組み、
互いの背を叩き、
喜び合った。
その顔には、
これまで
見たこともないような
笑顔が溢れていた。
漁師たちは
勢至丸の前に立ち、
照れたように
頭を下げた。
「……すまなかったな」
「今まで、悪かった」
勢至丸は、
何も言わず、
ただ、
笑顔で
頷いた。
沖へと泳ぎ出した鯨は、
名残惜しそうに、
「キーン、キーン」
と澄んだ声で鳴きながら、
何度も
水面を
跳ね上がった。
夕焼けに染まる海に、
大きな影が、
幾度も弧を描く。
それは、
助けてくれた
人々への、
最大限の
感謝と喜びだった。
最後に、
ひときわ大きな
跳躍を見せた鯨は、
遠ざかりながら、
静かに
姿を消した。
「……もう、
戻ってくるんじゃないぞ」
勢至丸は
夕暮れの空を見上げ、
亡き父・寛治郎に、
そっと
微笑みかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます