第4話 真実
19時を過ぎると、肌寒くなってくるようになった。
10月は多少の残暑と、冬の匂いがしだす。
得体の知れない寂しさと、懐かしい温もりが……
「なぁ!おい!なぁってば!」
粕井の声で哀愁に浸っていた自分を現実に引き戻された。
「佐嘉ちゃんが言うから信じてるけど、これ意味あるの?」
山瀬が家庭教師をしていた女子高生の雪が、退院し、家以外の時を見張ってもう3日になる。
最初は女子高生を見張るということに、興奮していた粕井も3日目にして飽きてきたようだ。
「意味はある。おそらく今日か明日くらいに、動くと思うんだよな……」
「何がどうなるのか知らないけど、明日までだからな!もうつまらない!」
3日前とは別人なんじゃないかと思うくらい、言っていることが正反対だが、正直仕事とはいえ、人を見張るのは気持ちがいいものではない。
「今日も学校終わったらそのまま帰るっぽいぞ。流石に歩けるようにはなったけど、まだ完治ってわけじゃないからな。でも、今日はいつもより遅かったな」
雪は18時ごろ学校を出て、駅まで寄り道せず歩いていた。
10月になると18時でも日が暮れ始め、自宅の最寄り駅に雪が着く頃には完全に日が落ちていた。
自宅の最寄駅から雪の家までの途中に、雪が転げ落ちた階段がある。
段差は30段ほどだが、この高さから落ちたとしたら、当たりどころによっては命の危険があると思う。
ちょうど公園とマンション裏の間にあり、街灯も少ないため、暗くなると人が通らない道でもあり、山瀬が見つけたのも奇跡的だったのかもしれない。
雪が歩いている30メートルほど後ろを歩いていると、雪と自分の間に人影が見えた。佐嘉は嫌な予感がして、雪との距離を少し詰めた。
階段を降りてから雪の家までは約3分程だ。
間もなく階段という時に、雪との間にいた人影が急に走り出した。
その瞬間に佐嘉が反応するよりも早く、粕井が走り出していた。
「雪ちゃん!危ない!」
粕井が叫ぶと、雪は驚きながら振り向き、その場に尻餅をついた。
後ろから追いかけてくる人に気付いていなかった人影も、その声に驚き振り向いたが、すぐに雪の方へ走り出した。
「やっぱりか…」
佐嘉の読みはあたっていた。
「なんでわかった!」
そこには、雪にフルーツナイフを向けて、こちらを睨む三崎がいた。
「あんたらは山瀬がストーカーって思ってたろ!この女の子とは三崎側だって思ってたはず!」
「ちょっと待って……息が切れて……」
急に走って疲れた演技をしながら、状況を把握しようとした。
三崎と雪の距離は1メートル程度。
俺と粕井は三崎と5メートル程度離れている。
いくら粕井がいるとはいえ、100パーセント雪の安全を保証できない。
「わかった!まずはなんで君が怪しいと思ったかの話から始めよう」
「第一、君はとても頭がいい。最初に依頼金40万を躊躇なく払ったということに対して違和感を覚えた。そして学校での君の様子と依頼に来た時の様子が全然違った。ただその時点ではややこしい事情がある依頼主なんだと思ってた。そこで、君の元カレにあったわけだ。山瀬くん。いい子だね。顔も整っててとにかく優しい。君の心配をずっとしてた。その後にだ、君のところに届いたドレスを君が買っていたことがわかる。普通に考えれば、自分で買ったんだと思うが、記憶がないと言っている。その後に、実は暴力などを振るわれていたという事実を話す。そうすると可哀想な君は、以前山瀬くんから辛い目にあって、守るために別の人格のようなものを作った。その人格が、君を守るために学校という山瀬くんがいる環境では生きていて、覚えてない間に起きていることを怖く思った君が、僕達に依頼をしてきたという筋書きが出来る」
三崎との距離を1メートル縮める。
動揺か怒りかわからないが、三崎の肩が震えている。
「でも、完璧な筋書きだったけど、タイミングが悪かった。全てタイミングが良すぎたんだよね。山瀬くんから話を聞いて、状況を把握した途端新しい要素。まるで、台本のようだった。あのタイミングで急に私記憶喪失かも知れないなんて、疑ってくださいみたいなもんじゃん?君の場合はそれを考慮して、山瀬くんの話がある伏線を張った上で、次に山瀬くんの話をするっていう筋書きだったみたいだけど。ただね、全く理解できなかったのは山瀬くんをハメる意味がわからなかったんだよね。」
三崎との距離をまた1メートル縮める。
雪は固まって動けないでいる。
「だって、この台本が全て君が作ったものだったら?実際は山瀬くんはいい男ってことだ。君のことを本当に大好きで、大切にしてた。家庭教師も頑張って、生徒には好かれてる。何も悪いことがなかったんだね。そこで、君が最後に事務所で話してくれたことをもう一回考えてみた。山瀬くんが完璧主義だってこと。……完璧主義だったのは君なんじゃないか?良い彼氏と付き合わなくてはならない。その彼氏が自分だけを愛さなくてはならない。その彼氏の周りに他の女性がまとわり付いてはならない。君が手の届く範囲だったなら、まだ守れたんだ。学校とか一緒の空間なら。ただ、家庭教師は別だ。彼氏に好意を寄せる子と一対一だ。許せないよね。完璧じゃなくなるかも知れないもんね。」
粕井が隣で深呼吸をする。
三崎が何かを言おうとしているが、それを遮って続ける。
「じゃあどうしよう。答えは簡単だよね。その生徒を消せば良いんだ。家庭教師を辞めさせるのもありだったけど、理由によっては自分の彼氏の欠点になってしまうことがある。それは完璧な私の彼氏にふさわしくない。そしたら次はどうしよう。シンプルに階段から転んで落ちてもらおう。運が悪ければ死んでしまうかも知れないけど、家庭教師の生徒ではなくなるよね。それに誰にも見られず突き落とせる場所も、生徒の家の近くにあるみたいだ。やっちゃおう。そのあとはどうする?ついでに、山瀬くんも捨てちゃおう。……いや違うな。山瀬くんが自分しか愛せない環境を作っちゃえば良いんじゃない?ストーカーに仕立て上げて、周りから孤立させちゃえば?自分以外の人は、山瀬くんを愛することなんてない。自分にしか心を開かない山瀬くんを作っちゃおう。まずは、学校から孤立させなきゃだな。山瀬くんを孤立させるには、自分以外の信用できる人から、この人がストーカーですってお墨付きをもらった方がいいんじゃないか?OBに探偵やってる人があるって、錦先生が言ってたな!よし!プランを立てよう」
三崎を煽ることには成功している。どんどん目が充血して、肩が上下に揺れている。
一歩間違えば、雪が危険だ。ただ、俺のゾーンではこの方法が最適解だと判断してる。
俺は相棒を信じて続けるのみだ。
「それでうちに依頼に来る前に、さっきの台本を作ったってわけ。ポンコツじゃお墨付きもらっても仕方ないから、ボールペンのテストまでやってやろうと思ってね。どう?ここまではあってる?」
「完璧でいるってことは大事じゃないの。私がいるのに、こんな奴に好かれてるような奴が、私の彼氏ってことが問題なの。がっかりしたわ。そしたらもう、私が理想の彼氏を作り上げるしかないじゃない?まずは私の思う通りになってもらうために、孤立させて、依存させて、洗脳するしかない」
三崎がどうしてこう思うようになったのかは、わからない。彼女の狂気が何が原因で生まれて、何が原因で育ったのか。
「でも、ほら!全部バレてる!君は言うほど賢くないんだな!山瀬が全ての中心で、話が進んでるように台本を書いたんだろうけど、その女子高生の話を事務所でして、3日も我慢できずに、また襲っちゃうんだ!全部俺の手のひらで転がされてるよ!」
自分を階段から突き落としたのが、目の前にいるイかれた女だと気付いた雪は、恐怖のあまり逃げ出すしかなかった。
「お前がいなければ、遼も変わらず生きていけたのに!お前が私たちの世界に入ってきたから!!」
大きな深呼吸の音が聞こえた気がした。
ビュン!と風を切る音がしたと思ったら、粕井が三崎からナイフを奪い取っていた。
驚いた三崎が、粕井を階段から突き落とそうとした瞬間には、地面に取り押さえられた三崎の姿があった。
粕井はゾーンを使うことにより、周囲の動きがスローに見え、自分の体の感覚を研ぎ澄ますことができる。
加えて、ジークンドーのインストラクター資格を有する程の武術の腕前がある。
ゾーンを使った粕井は、自分の体の動きを完璧に操作し、相手のどの動きも見逃さない。
「ちょっと今回やったことは、探偵じゃなくて警察にお任せした方が良さそうだね」
110番通報をする時には、三崎は一言も話さず、ただ顔が震えるほど歯を食いしばっていた。
警察が来るまで、その場を動けなかったが、終始体を震わせていた雪は、警察が来ても動けずにいた。
「あの…!」
事情を聞きたいと、警察官に話をしていた俺と粕井は、雪の声に振り向いた。
「私は……間違ってたんでしょうか……」
「いや。君は正しい。ただ、僕の正しさと君の正しさが同じなだけなんだ。味方はいるから安心して。一人じゃない。山瀬くんも同じはず。そう信じてる」
「錦先生!」
「お!無事終わったようだな」
外は大雨だったので、室内に唯一ある喫煙所で、パイプ椅子に座ってタバコを吸っている先生を見つけるのは容易かった。
「良い加減マックスコーヒー飲むのは……え!ブラックコーヒー飲んでる!!どうしたんだよ先生!!」
「今回頭使ったのは佐嘉の方だと思ってな!俺が飲むよりお前が飲め!」
そう言いながら、マックスコーヒーの缶を渡してきた。
「錦先生は、もしかして全部わかってた?」
「いや!全部は分かってなかった。ただ、彼女の裏側を見るには、時間が足りなかった。お前らに託して正解だったわ」
大きな口を開けて豪快に笑う錦先生は、やっぱり全部わかってたんだと確信した。
「これから山瀬のところに話行くんだろ?」
「気が重いんだけど、男前も真実知らないとなと思ってね」
「そうだな。大好きな奴が自分を落とし入れようとして、まさかあんなことしてたんだもんな」
「俺らにできるのは真実伝えるってことだけだからな」
珍しく粕井も静かに頷いていた。
「またなんか面倒なことがあったら頼むわ!気をつけろよ!」
錦先生は俺らよりすごいゾーンの力を持ってる。
と、俺ら二人はずっと思ってる。
「そうですか……三崎は、俺のこと好きとかそういう感情で思ってたわけじゃなかったんですね」
「辛いとは思うが、雪ちゃんも怖い思いしたと思うから、山瀬くんから話しかけてあげてもらえると嬉しいと思う」
「そうですね……雪ちゃんは関係ないですもんね」
「雫のこと、本当に大好きだったんです……
彼女優しくて、僕のことずっと気にかけてくれて……
なんでこうなっちゃったかな……」
そっか…と何回も繰り返し呟く山瀬の頬には、一筋の涙が流れていた。
風が強くなり、雨が横向きに降ってくる。
「傘さしてても濡れるんだよな」
粕井のふとした言葉に、山瀬を重ねた。
"傘の中は濡れないのか"
傘の中は濡れないのか @kt24iihito
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