第29話 至高の対峙と王都の終焉

王都の象徴であった魔導ギルドの爆発は、単なる物理的な破壊にとどまらなかった。それは、王家が守ろうとした「古い権威」が、アレンの「至高の理」の前では砂上の楼閣に過ぎないことを全大陸に知らしめる合図となった。アレンは領主邸の私室で、執事が淹れた「月下美人の雫」という特別なハーブティーを嗜んでいた。この茶は、満月の夜にしか開花しない魔力植物を、アレンが再定義した時間凍結法で乾燥させたもので、一口啜るだけで体内を流れる魔力が宇宙の瞬きのように澄み渡っていく。


「アレン様、王都の城門はすでに閉鎖され、飢えた民衆の暴動によって国王陛下は逃げ場を失っております。陛下はついに、近衛騎士団を儀礼用ではなく、自らの身を守るための盾としてのみ使い、この都へ向けて出発されました。今、王の行列が我が都の境界線に到着しましたが、それはもはや行進ではなく、慈悲を乞う巡礼の列のように見えます」


執事が淡々と報告する。アレンは、かつて自分が無一文で追放されたあの日、馬車の窓から遠ざかる王都の城壁を眺めた時の冷たい風を思い出していた。今、立場は完全に逆転した。アレンは立ち上がり、国王を迎えるために正門へと向かった。


都の正門付近は、今日も変わらぬ豊かさと活気に満ちていた。アレンが定めた「至高の福利厚生」により、住人たちは不安とは無縁の生活を送っている。露店通りからは、火焔鳥の脂で揚げた「大岩鳥の黄金から揚げ」の、食欲を暴力的に刺激する香りが立ち上っている。


「領主様! 本日の至高の一皿、ぜひ国王陛下にも見せつけてやってください。地底湖で冷やした『真珠苺』のコンポートを添えた、飛竜のレバーパテです。それから、雷鳥の卵を贅沢に使った『黄金シフォンケーキ』も焼き上がっております。仕上げには、雲クジラのクリームをたっぷりとかけました」


露店商が誇らしげに掲げる料理は、王都の宮廷料理人が一生をかけても到達できないほどの完成度だ。アレンは一切れを口にし、その濃厚なコクと創造魔法で最適化された栄養の調和を確認した。周囲では、診療所で最新の魔力洗浄を受けたばかりの冒険者たちが、武器屋で特注したオリハルコンの剣を腰に下げ、屋台で買った「水晶大蟹のグリル」を頬張りながら、遠巻きに現れた国王の行列を嘲笑っていた。


「見ろよ、あの豪華なだけの馬車を。中に入ってるのは、アレン様を追い出した張本人の王様だってよ。今じゃ俺たちが毎日食ってる『虹色豚のステーキ』の香りだけで、涎を流して倒れそうになってるぜ。ざまぁ見ろってんだ」


そんな声が響く中、ついに国王が馬車から降り、アレンの前に立った。 かつては絶対的な権威を纏っていた王の肩は力なく落ち、その瞳には嫉妬と後悔、そして隠しようのない「羨望」が混じり合っていた。


「アレン……いや、辺境伯よ。余は、余の不明を恥じる。公爵の言を信じ、そなたを追放したことは、王国の歴史における最大の汚点であった。どうか、この通りだ。王都を、そして飢える民を救ってほしい。そなたの『至有の理』を、王都の全域に広げてはくれまいか」


国王が民衆の面前で、アレンに向かって深く頭を下げた。周囲にいた行商人たちは、情報の重要性を熟知している。この瞬間、王国の実質的な支配者が誰であるか、全大陸の物流と権威の天秤が完全に傾いたことを彼らは確信し、その記録を早馬で各地へ飛ばした。


「陛下、頭をお上げください。私はもはや、貴方の臣下ではありません。この都は、私の特許管理と物流管理によって自立した、唯一無二の『至高の独立領』です。救済を望むなら、王家という虚飾を捨て、私の定めた『管理運営法』に従っていただかなければなりません」


アレンは冷徹に一通の書類を突きつけた。それは、王家の全統治権を廃止し、王都をアレンの都の「第二居住区」として再編するという、実質的な譲渡命令書であった。


「この条件を飲むなら、明日から王都の雑貨屋には最高級のポーションを、市場には飛竜の肉と黄金りんごのパイを並べましょう。拒否するなら、貴方はその空っぽの王冠を抱えたまま、民の怒りに呑まれるがいい」


国王は震える手で書類を受け取り、無言で頷いた。嫉妬によって至宝を捨てた代償は、千年続いた王家の終焉という形で支払われたのだ。


夕暮れ時、領主邸に戻ったアレンを、料理人が腕を振るった特別な晩餐が迎えた。 テーブルには、地竜のヒレステーキ、銀鱗魚の香草蒸し、そしてデザートには、メイドが用意した冷たい「天国鳥の卵プリン」と、真珠苺を贅沢に使った「至高のミルフィーユ」が並んでいる。 アレンは窓から見える、王都からの難民を温かく迎え入れる都の灯りを眺めた。


「策略に頼る支配は終わった。これからは、私の創造する至高の日常が、世界の新しい常識となる」


アレンは静かに紅茶を飲み干すと、もはや敵などどこにも存在しない、完全なる平和の夜に包まれながら、穏やかな眠りについた。 至高の辺境開拓は、今ここに、一国の歴史を超えた「文明の創造」として、永遠の第一章を書き終えたのである。

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