孤児院のニューフェイス 8

 背の高い男と、少し小太りの男。

 どちらも、薄汚れた格好をしていて、その目は、獲物を見つけた肉食動物のように、いやらしくギラついている。


「よぉ、嬢ちゃん。こんな夜更けに、一人で何してんだ?」


「お、いいもん食ってんじゃねえか。俺たちにも一口くれよ」


 下卑た笑いを浮かべながら、男たちが、じりじりと距離を詰めてくる。

 全身の血の気が、さーっと引いていくのが分かった。


(……やばい、やばい、やばい! チンピラだ!)


 前世でも、ほとんど関わったことのない人種。

 ましてや、ここは異世界。法律も、警察も、どうなっているか分からない。


「ひっ……!」


 恐怖で、声が出ない。

 体が、鉛のように重くなって、動かない。


 これが、本物の悪意。

 ただ生きているだけで、他人から向けられる、理不尽な暴力の予感。


「なんだよ、震えてんのか? 可愛いじゃねえか」


「おい、その肩から下げてる妙な袋、金目のもんでも入ってんのか? ちょっと見せてみろよ」


 小太りの男が、私の肩にかかった四次元バッグに、汚い手を伸ばしてくる。


 ダメだ、これだけは!

 これだけは、絶対に渡せない!

 私のライフライン! 私の全財産!


 私が恐怖で固まっていると、私の腕の中にいたコロが、するりと地面に降り立った。

 そして、私を守るように、男たちの前に立ちはだかる。


「あん? なんだこの犬っころは」


「どけよ、じゃまだ」


 背の高い男が、コロを足で蹴り飛ばそうとする。

 その、瞬間だった。


「グルルルルルルルルルルル……ッ!」


 コロの喉の奥から、今まで聞いたこともないような、低く、地を這うような唸り声が漏れた。

 それは、子犬の威嚇とは、まったく質の違う音。

 獲物の喉笛を噛み切る直前の、捕食者の声。


 男たちの動きが、ぴたりと止まる。

 見ると、コロの姿が、明らかに変わっていた。

 体は小さいままなのに、その存在感が、何倍にも膨れ上がっているように見える。

 純白の毛が、逆立っている。


 唇がめくれ上がり、小さな口からは、不釣り合いなほど鋭く、長い牙が剥き出しにされている。

 そして、その瞳。

 サファイアのように綺麗だった青い瞳は、今は、絶対零度の氷のように冷たい光を宿し、ただ目の前の敵だけを、じっと見据えている。


『コトリに、触るな』


 それは、テレパシーで私にだけ聞こえた、コロの声。

 でも、その声は、いつもの無邪気な声とは、まるで違っていた。

 静かで、冷たくて、そして、絶対的な自信に満ちた、王者の声。


「な、なんだよ、こいつ……」


「ただの犬じゃ、ねえのか…?」


 男たちが、明らかに怯んでいる。

 それでも、虚勢を張るように、小太りの男が叫んだ。


「う、うるせえ! たかが犬っころ一匹が、粋がりやがって!」


 男は、懐から短いナイフを取り出し、コロに向かって振りかぶる。


「やめてっ!」


 私が悲鳴を上げるよりも、早く。

 コロの体が、白い閃光となって、闇を切り裂いた。

 速い。

 速すぎて、目で追えない。


 私が認識できたのは、ただ、男の腕に白い影が絡みつき、次の瞬間には、男が「ぎゃああああ!」という絶叫と共に、地面を転がり回っていたことだけ。

 ナイフを持っていたはずの腕は、ありえない方向に折れ曲がり、手からは血が噴き出している。


「ひ、ひいぃぃぃ!」


 もう一人の男は、相棒の無残な姿を見て、腰を抜かした。

 その目の前に、コロが、音もなく着地する。

 返り血一つ浴びていない、真っ白な姿。


 その口元から、ぽたり、と一滴だけ、赤い血が滴り落ちた。

 コロは、何も言わない。

 ただ、その氷のような瞳で、腰を抜かした男を、じっと見下ろしている。


「……ば、化け物……!」


 男は、悲鳴とも嗚咽ともつかない声を上げると、這うようにして、暗い路地の奥へと逃げていった。

 腕を折られた男も、痛みに呻きながら、その後を追うように消えていく。

 あっという間に、静寂が戻ってきた。

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