まっすぐに。

つな缶

第1話

早朝の静かな弓道場。

外は少しだけ霧が出て、辺りはもやっとした空気が漂う。


深呼吸をすると人の匂いも車の匂いもない。澄んでる空気だけを感じることができる。


先程自分でつけた的は、この霧であれば見えるので問題はない。

もう少し時間が経てば、晴れてくるだろう。


的を見ながら、部員の名前が書かれている木札が並んだの壁の前に、正座した。

弓を引くために必要な“かけ“を右手に付け、その後に両手を膝に置き、目を閉じる。


もう一度深呼吸をし、立ち上がり、矢を持ち、弓を持ち、的前に立ち、一礼をする。

そして、左足を大きく踏み込んで“足踏み“をする。


弓を起こし、引分け、“会“を意識する。

私は、この“会”が苦手だ。

"会"とは、引分けの完成された状態、的に狙いが定まり、そこから気力を充実させながら天地左右に伸び合い、お腹の力が満ちて発射のタイミングが熟すまで力を継続すること。


そう、タイミングが熟さないと中らない、的まで矢が届かない。

中にはこの"会(かい)"が保てず、"早気(はやけ)"というスランプに陥ることがある。


"会"を十分にとった後、矢が放たれて、的にあたる。

そして、まずは1本目…


先日、私は部活を引退した。

引退したのにかかわらず、誰もいない朝の道場に1人でいる。


先日の出場を果たせたインターハイで引いた同じ本数の12射すべてが皆中することが出来たら、

ある事をしようと願掛けをすることにした。

そう、自分の中の答えは出ているけど、自分自身で自分の背中を押したくて。


最初は、中学から始めた弓道を、高校でも続けたくて、家から1番近くて弓道場のあるこの女子校に入った。

入学して最初のうちは、女子ばかり戸惑ったが、慣れれば普通の高校生。そう、普通の生活。

ただ、自分が短めの髪で少し背が高いせいなのかもしれないが、ちょっと周りからの視線を感じ気にはなる。

ただ、やりたかった弓道を毎日出来ていたし、特に気に留めてなかった。



忘れもしない…高校一年の6月のある日、

ある出来事が私の高校生活を一変させた。


その出来事とは、先輩に告白されたのだ。

女子校だから、もちろん同性の先輩に。


その日は、部活が終わり、帰ろうとした時に雨が降ってきた。

先輩達は先に帰ったし、片付け終わった同級生も電車があると先に帰っていった。

自転車通学は私だけだったし、雨が降る前に帰れると思っていたので雨具をもってきていない。

雨が落ち着くまでと部室いようと決めた。


誰もいない部室で、スマホゲームで時間を潰していた。

今流行りの音ゲーで女子高校生がバンドを組んで物語が進んでいくゲームで、音楽に合わせて画面を押して遊ぶ。

人もいないから大きい音を出して遊んでて、部室に誰か入ってきた事に気が付かなかった。


「浅川さん…」

「へ?はぃ。」


びっくりして顔上げ、変な返事をしてしまった。

そこにいたのは、副部長の斉藤遥香先輩だった。

見た目は可愛らしくほわんわかしているが、普段から部長をフォローをしていて、見た目とギャップあるなって感じていた。

あれ、でも先輩達は先に帰ったんじゃなかったっけと考えていたら、


「話があるんだけど、ちょっといい?」


見ての通りゲームしてるぐらいで特に用事がない。


「はい。大丈夫です。」

「実はね、私、あなたが好きなの。」


んん??いきなり、何言ったのかな??空耳ですかね?

あれ、真っ赤な顔しちゃって、かわいいねってなんて思って、顔をじっと見ていたら、斉藤先輩が私の方へ歩み寄り、私の左手を両手で握って、もう一度伝えてきた。


「浅川さんが好きなの。こうやって触ってるだけでも、ドキドキする。私の恋人になって欲しい。付き合って欲しい。」



ほう、そーいうことかと理解した。

手を握られてるけど、嫌な気持ちじゃない。

先輩優しいし、何せ綺麗で可愛らしいし、断る理由が特に浮かばないし。

別にいいかなと直感的に思った。


「いいですよ。先輩のこと嫌いじゃないし。」

「そうだよね。ごめんね、気持ち悪いよね…嫌なら……ん?いいの?なんで?」

「断られる前提で告白してきたんですか? 面白いですね、先輩」

「本当に大丈夫?嫌なら今のうちに断っていいからね。」

「いや、大丈夫です。付き合いましょう。なんか、大丈夫な気がするので。」

「浅川さん変な人だね。見た目もカッコいいけど、そんな所も好きなんだけどね。」


なんだこの人恥ずかしい事をさらっと言ってきた。

さっきまでは、先輩の顔が赤かったはずが、かっこいいって言われて今度は私が赤くなってしまう。


そして、その日から付き合い始めた。

好きと言われてなのか、意識するようになってから、だんだんと私からも好きになっていった。単純なんだろう。普通にデートして。

キスをしたり。恋人として出来る限りを楽しんだ。とにかく、幸せだったのを覚えている。

人を愛し愛され、毎日がハッピーだと思った。


あの事があるまでは。





**


まずは、手持ちの矢の4本全て中り、皆中した。

矢を回収しに道場を出る。


外に出ると、凛とした空気が気持ちいい。

緊張はあるけど、先日の試合よりは落ち着いてる。


矢を回収して、また先程と同じように的前に立つ。


引き始める前に、同じように深呼吸して集中することのみを意識する。

今はこれだけ、これだけを考える。


また、矢を持ち的前に立つ。




**


先輩が卒業して東京の大学に進学したら別れるのかなと思った。一時の感情かもしれないし、女子高特有の恋人ごっこかもしれなかったし。

予想を大きく外して、別れる事なく、毎日LINEや電話でやりとりしたり、お互い時間を見つけデートしたり、

会う時間は減って寂しい気持ちもあるが、気持ちがなくなるという事はなかった。


最初は好かれて始まった関係だが、遥香先輩の優しさや強さにどんどんハマっていく自分が怖かった。


ある日の部活が終わり、親が学校まで車で迎え来てくれる事になり、そのまま買い物連れて行かれるらしい。

駅の近くあたりで外を見ていたら、先輩に似てる人が歩いていた。

でも、先輩は東京の大学にいるしな。


しかし、見間違えるはずはない。あれは先輩だ。

でも、隣を歩いているのは男性だった。

なんで男と2人きり?なんで?こっちに帰ってくるなら連絡あるはずだよね。

何かの間違いかなとそう思いたかった。


大学にはいろんな人がいるし、魅力的な男性もいる。

年下の女の私は、もう必要ないのかとも考えた。


その日の夜、遥香先輩に思い切ってLINEで聞いてみた。


-今日、先輩に似た人を見かけたんです。もしや、こっちに帰ってませんでしたか?-

-大学の課題があってそっちに行ってた。でも、友達といたしバイトがあるから終わったら、すぐに帰ったの。短時間しか居られないし、会うと恋しくなって帰りたくなくなる。連絡しなくて、ごめんね。-

-今度から会えなくても、こっち来るなら、連絡欲しかったです。-

-ごめん。今度はそうするね。-


友達といたと遥香先輩は言っていたし、これ以上怖くて聞く事が出来なかった。

信じたかったけど、考えれば考えるほど、良からぬ感情が湧き出てきて、これ以上返信も出来なかった。


その日を境に心が落ち着かず、弓道が絶不調。

前に一度似たような事があったが、その時は先輩がいてくれて、助けてくれて乗り越えることができた。

でも、今回は誰にも相談できないし、どうしていいか分からない。


遥香先輩から連絡は来てたが、今は忙しいからごめんと当たり障りのない返信をしていた。


絶不調のまま、大会の選抜メンバーからも外れて、段々と大事な“会“がもてず、的にも当たらない。ずっと集中出来ない。何やっても上手くいかない。こんな感情すべて捨てたい。そんな事ばかり考える。


とうとう、顧問に呼び出された。

「最近、疲れてる?少し休んだら?もしくは、気になる事があるなら、なんでも相談にのるよ。」

「原因は分かっているので大丈夫です」

「そうか、焦ると良くない。疲れたと感じたら、ちゃんと休みなさい。」

「はい、失礼します。」

職員室を出て、その日は部活に行かず帰った。


絶不調の事は、遥香先輩には言えなかった。

言ったとしても遥香先輩に心配かけたくないし、原因が遥香先輩だと言うなんて出来ない。

それに、私自身の問題だから、遥香先輩には何も出来るわけがない、そう勝手に思っていた。


あれから一か月後、付き合って1年記念日のデートをしていた。久しぶりに会った遥香先輩と、ささいな事で言い合いになってしまった。


ランチを食べ終わって、さてデザート食べようとしてたのに。きっかけは、本当にささない事だった。その言い方気に食わないとか、歩くのが早いとか、そんな感じ。最近、返信がそっけないとかも言われた。


「遥香先輩は、大学で素敵な人を探した方がいいよ。もういるかも知れないけど。」

「急にどうしたの?なんでそんな話になるの?私、何かした?」

「先輩に好かれてるか分からないし、自分が好きかも分からない。」

「分からない?急にどうしたの?それでは、私には伝わらないよ。」

「先輩がいると心が落ち着かない。いつ振られるかしか思い浮かばない。大学にはいい人いるんじゃない?」

「そんな人いないよ。大丈夫、圭が1番好きだよ。」

「分からない。先輩の好きを信じたいけど、信じられない。先輩はなんで、私が好きなの?」

「圭の全部だよ。最初は弓を引く姿がかっこよくて目を引いた。でも、内面もクールでしっかりしているけど、甘えん坊でおっちょこちょいな部分があって…今は、すべて好き。大丈夫だよ。」

「私、今弓が引けないし、中らない。自分自身がどうありたいか、分からない」

「え?」

「先輩のせいじゃない。私が弱いだけ。私に自信がないだけ。今は、遥香先輩が好きな弓をひく私じゃないし、好きと言われてる部分は何一つとしてない。こんなんじゃ幻滅されるし、別れたほうがいい。今の私から弓をとったら何も残らない。」

「圭…もしかして、"早気"再発した?何かあったの?圭なら大丈夫だよ。前もあったけど、また克服出来るよ。私も力になるよ。」

「状況が違うよ。遥香先輩には先輩の大学生活があるし、負担になりたくない。それに、こんな女の私より、大学で素敵な人を見つけた方がいいよ。別れて欲しい。しばらく、1人でいたい。」

先輩の顔が見れない。涙が出てくる。

感情が昂るし、悲しいし、頭の中がグジャグジャだ。見たくないけど、ちゃんと目を見ようと思って顔を上げると。

涙を流した私をみた遥香先輩の顔が強張ってくるのが、分かる。


「急に別れるって何?距離を置く程度じゃなくて?」

「いや、別れたい。私を待ってても良い事ないし。中途半端だと、私がダメになる。

大丈夫。遥香先輩なら私を忘れて、すぐに良い人見つかる。」

「そんな事ないよ。別れたくない。勝手に決めないでよ。」

「勝手でごめん。今は1人で弓道に集中したい。先輩といると中途半端になる。それに遠距離は難しいよ。ごめんなさい、別れてください。」


私が頑固なのは分かっていたからか、しばらく考えた先輩は、分かったと言ってくれた。


言い終わると、遥香先輩も涙を流してた。

泣かないでと抱きしめたいけど、やめた。


私が大人になって、自信があればなと考えたが、大人でもダメだよな、女という事で結婚出来ないし、何も出来ない。


帰りは心配だったので、実家まで送ってさよならをした。


別れたからすぐに"早気"はなおらないけど、徐々に良くはなってきた。

別れたからと言うよりも、もう自分に何もない、後にはひけない状況からだった。


自分から別れといて、遥香先輩にはいつも会いたいなと思う。でも、自分から振ったんだと、


別れて2ヶ月後の県大会は、個人で決勝まで進みインターハイまで後一歩までだった。

県大会の日は卒業したOGが毎年駆けつけてくれて、手伝いと応援をしてくれる。遥香先輩もいた。

別れた直後だった事もあり、軽く言葉を交わして、集中したいからと避けていた。


それからの高校生活は、後輩からキャッキャされたり、何人かに告白されて、その内の1人と付き合ったりした。遥香先輩を忘れたかったし、寂しかったんだと思う。

そこまで好きではないから、生活に支障ない。

でも、圭先輩は私の事好きじゃないって振られた。そう言われて、否定できないし何とも思わなかった。

同級生には、後輩ちゃん可愛そうって言われた。

後輩と別れても思うのは遥香先輩だった。

振るんじゃなくて、振られるようにすれば良かったとも思った。


高校最後の夏。

県大会決勝で優勝できた。今年も卒業した先輩が何人か応援に来てくれていたが、遥香先輩の姿はなかった。

今年はインターハイいけるよって報告したかったな。

メールでも送ればいいけど、送れるはずがない。


インターハイ当日、会場にまた何人かの先輩達は駆けつけてくれた。試合前だったから、頑張れと喝をいれられた。でも、遥香先輩はいなかった。会いたかったな。でも、仕方ないと思った。


試合が終わり、念願の出場を果たせたものの、決勝進出までは行けなかった。


そして、私の高校最後の夏が終わった。


インターハイが終わり、会場前に先輩達と先生、保護者がいるからと急いで着替えて向かった。

卒業した先輩達が集まって話していた。

試合前にはいなかった遥香先輩もいた。見てくれたのかな?


「はるか、今付き合ってる人いないの?どうなの?」

「いないよー。」

「いい感じの人は?好きな人はいるいのー?」

「言わなくちゃだめ?笑」

「好きな人はいるよ。片想い。」

「えー、どんな人?」



ふと遥香先輩がこっちに気がつき、目があった。

私は軽く頭を下げて、挨拶をした。

私はどんな顔にしていいか分からずに引き攣った顔をしていただろう。

私は勝手な奴だ、振っておいて、そんな顔するなんて。


もう、先輩には好きな人がいるんだ。

良かったと思いつつ、ショックを受けた。


私が来たと分かり、先生が号令をかけた。

応援にきてくれた人にお礼をいい、

その後、すぐに解散になった。


大学入っても弓道やるのかな…大学か

どうしようかなって先輩達を見送りなが考えていたら、遥香先輩がこっちにきた。


「浅川さん、今日かっこよかったよ。惜しかったけど。今まで1番かっこよかった。お疲れ様、ゆっくり休んで。」

「あ、ありがとうございます。

応援、ありがとうございました。」


それだけ言って、去っていった。


ほかに好きな人いるなら、かっこよかったとか、言わないでよ。話しかけるなんて、反則だ。

そう思ったら、涙が滲んできた。


遥香先輩が好きになってくれた自分が戻ってきたのかもと、ちょっと思った。

そして、ふと思った。ケジメをつけよう。




**


最後の1矢が、的に当たる。

-パンっ-


「よしっ!」

的に当たった瞬間、後ろからの掛け声がして、びっくりした。声のする出入り口の方をみる。

出入り口に友達の由記がいた。引退してるが、由記は弓道部の部長だった。


「皆中おめでとう。それより、もうすぐ授業が始まるよ。中々教室に来ないから、ここだと思って迎えにきたよ。」

「おはよう、連絡すれば良かったね。ありがとう。」


道場の中に入り、机の上のノートをみた。


「12射皆中?すごいじゃん。インターハイの時にその実力が出れば優勝だったのに。」

「それが出来ればね。調子合わせる方が難しい。」

「先輩に伝えに行くの?」

「えっ?なんで、そう思ったの?」

「分かるよ。顔見れば。これでも、圭のこと好きだったんだよ。告白した事、忘れてるの?」

「ごめん。」

「謝らないで。」

「片付けは私がやるよ。先生には腹痛って伝えとく。連絡して、早く行って来なよ。

振られてこい!そしたら、慰めてあげる。」

「振られる前提って!ごめん。行ってくる。」




部室にあるスマホを取り出して、

先輩に電話する。

朝早いかな。


1コール…2コール…3コール


しばらく待っても出ない。

あぁー、出てくれないか。

そうだよな、今更だよな。


でも、ダメだ。会いに行こう。

今ならいける、そう思った。


由記に声をかけて、学校を後にする。

一度家に帰って、私服に着替えよう。

制服だと目立つしね。



電車に乗ってる時に、先輩にメールするか考えた。

途中まで作っては消し、"今日会ってくれませんか?"と文章を打って、消し。


東京駅で乗り換えて、先輩の住む最寄りの駅まで行く。


電車は空いていたので、座って、先輩嫌がるかな。電話でてくれなかったし。


最寄りの駅についてから、もう一度電話かける。まだ、出てくれない。

駅から遥香先輩の家までは何回か来たことあるので、覚えている。


歩きながら、よからぬ事ばかり考える。

引越ししてたら終わりだなとか、電話出てくれないってことは、家まで行ったらストーカ?とか。


今はまず会うことしか考えないようにしよう。

大丈夫。ちゃんと振られて、今まで自分勝手でごめんなさいってちゃんと謝ろうと。


遥香先輩の部屋の前に立つ。

前に来た時と変わらない感じがする。

たぶん、まだ住んでいるみたいだし、大丈夫だと思い、インターホンを鳴らす。


音もしない。留守のようだ。


ドアの前でぼーっとしてしまい、一気に疲れた。勢いのまま来て、急に恥ずかしくなる。

気持ちが落ち着くとお腹も減る。ちょうどひるくらいかなとスマホを出し、時間をみるとちょうど12時ぐらいだった。


ドアを背に地べたへベタと座り込む

膝をかかえ、膝を額にくっつける。


幸い人の出入りも少ない。

疲れが取れたら、昼を食べながら作戦を練ろう。作戦といっても、会って話して、どうするのだろう。先程までの勢いよりも、負の感情が内側から溢れ出てくる。ここで待つ数分が何時間もここにいるような感覚になり、怖いし帰りたくなる。


もう、帰って何事もなかったかの様に、忘れてしまおうか。

でも、それでは自分は変われないままで、いつまでも先輩を想っているかもしれない。

よからぬ思考ばかりぐるぐると、気持ち悪くなり酔いそうになる。


「けい?」


はっと声のする方に顔を上げる。

目を見開いて驚いた顔をした、遥香先輩がいた。



「けい?なんでここにいるの?学校はどうしたの?」


私はゆっくりと立ち上がり、お尻を叩き、先輩を見つめる。


「遥香先輩と話をしたくて、来ました。

学校は休校です。電話したんですが、出てもらえなくて、押しかけてすみません。」

「電話?あっ、今日携帯を家に忘れてきて、お昼だからって今取りに帰ったの。ここで話すのもあれだし部屋に入る?」

「部屋に入れてくれるんですか?」

「何言ってるの?ここだと暑いし、中に入って。」


先輩に促されて、部屋に上がらせてもらう。先輩は中に入るなり、エアコンのスイッチを押し、台所へ向かう。私は、玄関で靴を脱ぎ、奥の部屋へ入る。ベッドとテーブルがあるので、別れる前のいつもの定位置のベット前に座る。


以前来た時と部屋の配置が変わってなくて、ホッとする。2年も変わらないままなんて、逆にすごいなと感心しつつ、部屋の雰囲気から付き合っている人もいない感じだった。

先輩が台所から戻ってきて、グラスに入った麦茶をテーブルの上に二つ置いて、私の隣ではなく、斜め前に座る。


「ありがとうございます。飲み物まで。」

「話って何?ドアの前に座っててびっくりした、こういうの珍しいね。話があるって言ってたけど、何?」


出された麦茶を一気に半分まで飲む。喉が渇いていたようだ。


「まずは、急に押しかけてすみません。話というのは、ですね。」


麦茶で潤したのに、口の中がすぐに乾く。

先輩の方をみると、こちらをじっと見つめている。少し緊張する。


「遥香先輩、好きです。」


先輩の目が、大きく開く。何を思っているか、私には分からないが、一度話し始めると止まらなくなる。


「先輩と付き合っている時、すごく甘えていたと思います。遠距離になって急に不安になって、先輩の話も良く聞かないで勝手に別れを切り出してごめんなさい。自分に自信が持てなくて。

インターハイに出て自信がついたとかではないのですが、今は段々と落ち着いて周りを見られたり、自分自身の中にしっかりとした芯が出来たと自信がついてきました。でも、何をしてても、思い浮かぶのが先輩でした。


やっぱり遥香先輩が好きです。


先輩に今好きな人がいるのはわかってます。

その人をやめて私を好きになってとは言わない。

ただ、自分にケジメをつけたかった。

自分勝手でごめんなさい。」



一気に話した。

先輩は驚いた顔したままに、小さく息を吐いた。

ゆっくりと瞬きをした目から涙が溢れてきた。


先輩が少し私の方に寄ってきて、その手が私の左頬に触れられて、私まで泣きそうになった。先輩はなんで泣いてるんだろう。

先輩の涙が頬まで流れてきたとき、目を細めて微笑んだ。


「それを言う為に学校さぼったの?ねぇ、馬鹿なの?私は嬉しいけど。」


馬鹿と言われて、思わず笑ってしまった。この状況で馬鹿ってさ。何さ。


「私が好きなのは、ずっと圭なんだよ。」



頬をある手に自分の手を重ねた。重ねた手を引いて、ゆっくりと先輩を抱き寄せた。

自分より少し小さい先輩を優しく包み込む。

暖かい。嬉しい。先輩の腕が背中に回るのが分かると、気持ちが込み上げてくる。

ゆっくりと息をして、今の気持ちを伝える。


「先輩、もう一度付き合ってほしい。

今度は私があなたを幸せにしたい。」



「うん、いいよ。付き合ってあげる。」


「ありがとう。今度は離さない。」


今度は強く抱きしめる。そう、離したくないんだ。

背中にあった先輩の手が下に移動して、腰回りを抱きしめられた。


しばらく、抱きしめていたら。苦しくなったのか背中をトントンとたたかれた。


「ごめん。嬉しくて。」


少し体を離し、お互いの顔を見る。

遥香先輩が横に座ってきた。体をぴったりくっつけて、昔みたいに横に並んだ。体温が伝わってきて、隣に居られる事が嬉しくなる。

横を向いて、やっぱり綺麗だなって思っていると、遥香先輩は何か思い出した様な顔をして、眉間に皺を作りながら、私を見てきた。この状況でその顔?なんて思っていると、思いも寄らないことを言われる。


「それより、私は別れた後も圭一筋だったんよ。惚れた弱みだけどさ。だから、執念深いし、ヤキモチも焼くけど、大丈夫?

しかも、圭は別れた後だけど、色んな噂が流れてきたけどな。その時は、夜な夜な泣いたな。」


背すじが凍る。後輩と付き合った事は内緒って言ったんだけどな。数ヶ月しか付き合ってないんだから、何で知ってるんでしょう。

情報流したのは誰でしょう。うーん。後で調査だな。


「えーと、後輩に言い寄られて、押されて付き合いました。けど、何もしてないよ。後輩には悪いけど、好きではなかった、気持ちもなかった。遥香先輩がずっと心の中にいたし、良くも悪くも先輩だけなんだよ、気持ちが動かされるのは。」


好きじゃなくてもいいって言われたのに、結局好きになってくれない人と付き合うのは悲しいとか言われて後輩に振られたんだけどね。

気持ちは、どうにもできない。好きなのはずっと先輩だった。「気持ちは」かな?


先輩は少し怒った顔の眉間の皺がなくなり、ほっとした顔になった。


「本当に何もしてない?

じゃー、まだ私だけ?」


先輩が何を言いたいか分かり、私は口元のニヤニヤが止まらなくなった。

息がかかるほど近づき、遥香先輩の唇に優しく軽く触れるキスをした。


「そう、まだ先輩だけ。

キスしたいとは思うのは遥香先輩だけ。」


今度は先輩の両手が首に回されると先輩の顔が近づいたので、私は目を閉じ、ゆっくりと重ねられる唇を受け入れた。


「そう、良かった。」


唇が離れるのを感じ、先輩の額に自分の額を合わせて、お互い目を見ながらわらってしまった。今はすごく、先輩を近くに感じる。


「待っててくれて、ありがとう。」

「私の方も、戻ってきくれて嬉しい。ありがとう。」




おわり。





その後…


「ねーねー、誰から後輩と付き合ったのを聞いたの?同級生には口止めしといたのに。」


「1人いるのよ。ある時から、連絡くれた人。フフフ。」

「うーん。」


「圭はやっぱりモテるわよ。かっこいいし、優しいし。

 最初は誰かの物になるならとダメ元で告白したの。

 大学に進学する時、心配だったわ。誰かの物になってしまわないか。

 そしたら、別れたいなんて言われるから、もう立ち直れなかった。」

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