第2話

「は~……。ここが王都か」


「すごい活気ですね」


 王都を前に二人は目を輝かせる。石造りの城壁に覆われた城塞都市の中にはレンガ造りの町が広がる。巨大な正門から入っていくつかの門を超えればこの王国を支配する王家の城がある。彼らがこれから通う魔法学園はその手前にあり、市街地区と貴族区の間に存在する。


「ふふ。これからクラスメイトになりそうな方々もたくさんおりますね」


 セリーヌは馬車の窓から街を眺めるとそう笑った。齢15から16ほどの少年少女が見るからに街にあふれている。


「まぁ、今日が平民向けの試験だって言うしな」


「あら、そうですか」


「……興味。あるか?」


 ふと、アデルがたずねると、セリーヌは首を振って応じる。


「アデル様のご指導についていくで精一杯でございます」


「にしては飲み込みが早いがな」


 そのぶっきらぼうな言葉に、セリーヌは小さく笑う。3泊4日の馬車での移動の間、アデルはセリーヌに簡単な四則演算や一般教養を教えていた。


「昔どこかで教育を受けたことがあるんじゃないか?」


 アデルの問いにセリーヌは小さく微笑む。


「わたくしのようなモノに学がありましょうか?」


「その言葉遣いと言い、ただの奴隷とは思えないんだがな……」


 セリーヌは不思議な少女だ。どこか古風な言い回しをする。ただ、一般教養はもとよりこの国のことについてなどは驚くと言っていいほど知らない。の割には染みついたふるまいが教養をにじませる。


「面白い買い物をしたもんだ」




◆◇




「……まあ、隷属の呪いが掛かっていない奴隷、ですか」


 貴族寮の前で二人を迎えたのは、落ち着いた雰囲気の女性教員。


「うまく呪文が通らなかったようで。ただ、こちらがその証書です」


 アデルは懐から一枚の紙を差し出す。それは奴隷商から発行された正式な“奴隷証書”。この世界において奴隷とは、法律上〈物〉として扱われる存在だ。そのため所有権の移転には、このような権利書が必要になる。


「……書類には問題ありませんね。ただ──」


 教員は書面をひととおり確認すると、少し困ったように眉をひそめた。


「隷属の呪いが掛かっていないと、奴隷寮はご利用いただけません」


「なっ……」


 思わぬ盲点だった。アデルは思わず規則の冊子を手に取り、該当箇所を確認する。確かにそう書かれている。これは、おそらく貴族同士の間で奴隷を巡るトラブルを最小限に抑えるためのルールなのだろう。


「……じゃあ、貴族寮に一室、用意してもらうことは?」


「申し訳ありません。一人につき一室と定められておりますので」


「ですよね」


 一人につき一部屋。つまり、〈人〉ではないセリーヌは、この制度のはざまで宙に浮いてしまった。制度上は“家具”と同じ扱い。


「……なら」


 何かを思い付いたようにアデルの背後に立つ奴隷は口を開いた。 




「同じ部屋に、住めばよろしいのですね?」


 セリーヌの唐突な提案に、アデルは思わず目を見開く。 それを聞いた教員は、少し呆れたように、しかし諦めたように微笑む。


「……まあ、そういうことでしたら、問題ありません」




◆◇




「まさかこんなことになるとは」


 自室に荷物を運び入れたアデルは窓から外を見つめてそう呟く。


「まぁ。そのように物思いに更けられて」


 ドアを開けたセリーヌは机の上にカップを2つ置き、慣れた手つきで紅茶を注ぐ。


「給湯室には魔法道具を使った湯沸かし器がありましたよ。便利なものですね」


「魔術の適正がない奴隷でも使えるように、か」


「えぇ。私でも難なく使えましたよ」


 セリーヌはそう言って嬉しそうに笑う。この世界、魔法というのは1部の貴族に限られた技能である。実際この学園でも平民が入学してはくるものの、彼らが学ぶのは全くの別分野である。


「魔法の保存ねぇ。便利なもんだよな」


 アデルはそう言って椅子に座ると紅茶を啜る。数年ほど前に、歴史を変えるような発明がこの学園の平民課でされた。それが〈魔法道具〉。


 貴族が発動させた魔法を推奨に保存し、数回反復させることができる装置。1部の貴族ではそれで財を築き上げ、税金が大幅に免除されているそうだ。


「誰でも魔法が使えたらよいのですが」


「そういう物じゃないらしいよな」


 セリーヌの言葉にアデルはそう答えて溜息を吐く。この世界に来てから、ある程度〈魔法〉というものについてはわかる範囲で調べた。


 結果、わかったのは「神に近い血統である神にしか使うことができない」と、されていることしかわからなかった。


「ところで、給湯室に行った際にかなりの大所帯を見かけたのですが」


「あぁ。王女様が来たんだろう」


 アデルはそう言って窓の外をまた見つめる。男子寮と並行するように建つ女子寮には多くの馬車が代わる代わる横づけしている真っ最中だ。


「王家……。ですか」


 セリーヌはそう呟くと額に手を添える。その表情はどこか苦痛に歪んでいるように見える。


「頭が痛むのか?」


「まぁ。読心術ですか?」


 いたずらっぽく笑う彼女に、アデルは両手を上げた。


「勘弁してくれ。頭痛がするならゆっくり寝ると良い」


 その言葉を聞いてセリーヌは驚いた表情をした後に、くすりと妖艶な笑みを浮かべる。


「初夜のお誘いにございましょうか? 恐れながら──」


「違う違う。誰が入寮初日に盛るものか。ゆっくり休め」


「あら、残念。では、お気遣い感謝いたします」


 彼女はそう答えると、微笑んでベッドに身を投げ出した。


 


◆◇




「んぅ……」


 セリーヌが目を覚ましたのは日付も変わった深夜1時頃だった。部屋の蝋燭はとっくに消され、真っ暗な室内で寝息が小さく響く。


「まぁ。不思議なお方」


 彼女はそう呟くと寝息の元に向かうと幸せに眠る主人を抱きかかえる。


「よいっしょ。主をソファーに寝かせたままには行きませんからね」


 彼女はそうつぶやくとアデルを抱きかかえた。


 そして、そのままベッドに寝かせると代わりにソファーへと向かう。


 その最中、窓のそとから反対側の女子寮が目に留まる。


「王家、ですか」


 自身とは全く逆にいる境遇の王女のことを思って彼女は小さく呟いた。





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