二十分の残響:聖遺物の受肉

銀 護力(しろがね もりよし)

右腕のデバイスには、一〇パーセントのリミッターがかけられている。

かつての「ホワイトアウト事故」で、過剰な五感共有によって三名の管制官が再起不能の脳損傷を負った。その惨劇の果てに策定された安全基準――『坂口プロトコル』が、この世界の愛の天井だった。


ハルは、冷めたコーヒーを啜った。卓上のカップの底には、時間そのものが干らびたような黒い輪が幾重にも残っている。


一〇パーセント。それは正気と狂気を分かつ法的境界であり、埋められない溝の深さだった。


往復二十分。

光速という物理的限界が、地球と火星の間に横たわっている。


ハルが「おはよう」と送れば、二十分後の未来に彼の「おはよう」が届く。その空白を埋められるのは、室温と同化したコーヒーの酸味だけだった。


「ハル。規定だ。深度を上げるな」

背後で坂口主任が低く告げた。彼は、かつての事故で友人が「情報の奔流」の中に溶けていくのを特等席で眺めていた男だ。


「……俺はな、お前にまで『あっち』へ行ってほしくないんだ」

その独白に近い声には、規範の番人としての顔ではなく、過去に置き去りにされた生存者の怯えが滲んでいた。坂口にとって、この十パーセントの壁は、ハルをこちら側に繋ぎ止めておくための唯一の鎖だった。

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