ユウヤくんの小さな箱

かが介六

ユウヤくんの小さな箱

夕暮れ時の公園は、昼間よりも静かだと僕は思っていた。

赤く染まる空気の中で、いつもと違った顔を見せる遊具。

聞こえるのは、彼女の声と、風に揺れるブランコの鎖の音だけ。


「ユウヤくん、ねえ、お願い~」


彼女は、さっきからずっと、同じことを言っている。


「だめだって、リナちゃん」


僕は、答えを先延ばしにしていた。

だめ、なんだと思っていた。

でも、彼女を強く否定できずにいる。


「ねえ、ユウヤくん~」


「だーめ」


「お願いだよ~」


「また今度にしようよ」


「今が、いいんだもん」


「そればっかり」


「ねえ、いいでしょ?」


「よくないよ」


彼女は、さっきからずっと、同じことを言っている。


いつからか、僕の手の中には小さな箱があった。

いつからここにあったのか、今は思い出せない。


「お願い、一生のお願い!」


「何回も使ってるでしょ、それ」


「じゃあ、来世の分も使うから~」


「そんなこと言っても、だめだよ」


「じゃあ、ユウヤくんの分の一生のお願い使わせてよ」


「だめ。これは僕のだから」


「ユウヤくん、ねえ、お願い~」


「だめだって、リナちゃん」


彼女は、さっきからずっと、同じことを言っている。


「ねえ、ユウヤくん~」


「だーめ」


僕は、手の中の小さな箱を、確かめるように触った。

僕の箱は、そこにある。


「お願いだよ~」


「また今度にしようよ」


細かく装飾された箱は、手の中でじっとしている。

僕の箱は、まだそこにある。


「今が、いいんだもん」


「そればっかり」


僕は、箱を封じている鍵に、指をかけた。

僕の箱は、手の中にある。


「ねえ、いいでしょ?」


「よくないよ」


鍵は、ゆっくりと、金属音を立てている。

僕の箱は、膝の上にある。


「お願い、一生のお願い!」


「何回も使ってるでしょ、それ」


鍵は、かちゃん、と音を立てて外れる。

彼女は、僕の箱をじっと見ている。


「じゃあ、来世の分も使うから~」


「そんなこと言っても、だめだよ」


鍵は、もう地面に落ちている。

彼女は、僕の箱をじっと見ている。


「じゃあ、ユウヤくんの分の一生のお願い使わせてよ」


「だめ。これは僕の、だから」


僕の箱は、ゆっくり開き始めている。

彼女は、僕の箱をじっと見ている。


「ユウヤくん、ねえ、お願い~」


「だめだって、リナちゃん」


彼女はさっきからずっと同じことを言っている。

僕の箱を開けて欲しいとずっと言っている。

僕の箱をずっと見ている。

箱は、僕の箱だけど。

箱は、彼女の物なのかもしれない。


「ねえユウヤくん」


「だめ」


箱は、ゆっくりと蓋を持ち上げている。

彼女は、箱をじっとみている。


「お願い」


「また今度じゃ、だめ?」


箱は、もう開きかけている。

彼女は、箱をじっと見ている。


「今じゃないとだめ」


「そっ、か」


彼女の箱は、開いた。

彼女は、にっこりと笑った。



足もとに固い感触がある。

非常口を示す緑の光が、ちかちかと点滅している。

一面コンクリートの空間は、空気がとても冷たかった。

誰かが、僕のことを見ている気がした。

僕は、階段を降りてみようと思った。

思って、気づいた。

とっても、歩きにくいことに。

僕の履いていた靴は、女性用のヒールだった。

息を吸ったとき、胸のあたりが、少し遅れて揺れるように動いた。

僕は躓きそうになって、反射的に手すりを掴んだ。

緑色の光に照らされた、僕の手を見た。

見て、気づいた。

手の爪は、ピンク色で、華やかな柄に塗られていた。


背中に、重い感触があった。

それは、温かくて、安心するものだった。

彼女は優しい声で、囁いた。


「また、身体貸してね」

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ユウヤくんの小さな箱 かが介六 @kaga-1417

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