まさか、こうなるとは
御戸代天真
まさか、こうなるとは
舞台の裏から壇上へ足を踏み出すたび、嬉しい気持ちが胸に広がる。まぶしい光が私を照らし、たくさんの人が喉が渇いたように私の話を聞きたがっていた。未来を語る人。その呼び名が、私の尽きない力だった。
「未来は自分たちで作るものです。昔は、歩いてきた道のりの印。時に辛く、時に輝く大切な宝です。今の豊かな暮らしは、ご先祖様が何度も失敗し、挑戦し、諦めずに理想を追いかけたおかげなのです。」
空中に岩絵のスライドを出した。
「今では想像しにくいですが、昔の人たちは言葉がない中で思いを伝えました。煙の合図、地面を叩く音、縄の結び目一つに大切な願いを込め、ただ人と繋がりたいと願い続けたのです。」
画面は古い手紙に変わる。
「時代が進み、手紙が生まれました。紙に心を込め、飛脚や伝書鳩が遠くの人へ届けたのです。今はほとんど見ませんが、『年賀状』は人とのつながりを確かめる大切なものでした。雪が降る中、届くのを待ち、文字から相手の気持ちを感じたものです。」
静かな中で、私は少し息を整えた。
「そして、時代は驚くほど早く進みました。テレビという黒い箱が世界中に広がり始めたのです。電波が届く場所なら、誰でも同じ映像を見られるようになりました。最初は白黒の荒い画面でしたが、数十年のうちに色鮮やかになり、立体にもなりました。まさに、見る世界を変えるものでした。」
当時のテレビ番組の録画を流す。画面が荒い中で、変な衣装の芸人が大きな声で流行語を叫び、冒険家が洞窟で宝探しをしていた。
ある暗い部屋では、大人たちがタバコの煙をプカプカと吐きながら、真剣な顔で宇宙人について話し合っていた。どんな形だろうか、こんな顔しているんじゃないかと描き出されていく絵には、やたら目の大きな人形や、頭が肥大化したひょろひょろした軟体生物みたいなものまであった。彼らの真っ直ぐな熱中ぶりは、当時から私にはどこかおかしく見えた。だが、その純粋に知ろうとする気持ちだけは、否定できなかった。
「ここから人と人のつながり方は大きく変わります。同じ頃、パソコンや携帯電話、インターネットといった、皆さんもよく知っているものが生まれました。隣の人だけでなく、地球の裏にいる人の声が聞こえ、指一本で世界の情報を知れる時代になったのです。今では当たり前の『動画を投稿する人』や『歌を配信する人』も、この時代から生まれたのです。」
みんながうなずくのを見て、私はもっと自信を持った。
「やがてインターネットは、手のひらに収まるようになりました。片手で世界と繋がり、遠くの人と顔を見ながら話せる。そう、皆さんが知っているスマートフォンです。これは『革命』と呼ばれました。世界で今起きていることをすぐに知り、すべての情報を手元で手に入れられるようになった。初めてこれを持った子供たちは、きっとこう思ったでしょう。『世界は、この手のひらに、全部入った』と。」
会場は笑いに包まれ、私の口元も満足げにゆるんだ。だが、次の言葉には、人の果てしない欲が隠れている。
「しかし、人はもっと便利なものを求めました。忙しい現代人にとって、長い動画は面倒になり、短い動画が大流行したのです。やがて、手のひらで画面を見る行為すら億劫になり、空中に映像を映し出すディスプレイが生まれました。皆さんも覚えているでしょう?」
観客から焦れたような声が上がった。
「博士、早く教えてくださいよ!」
待ってましたとばかりに、私は教壇に置いてあった丸いヘッドギアを両手で高く掲げた。黒くて、不思議と魅力があった。
「お待たせしました、皆様!私は素晴らしいものを作りました。これは必ず、皆さんの毎日を、そして人類の未来を大きく変えます。その名は、『ウルトラバーチャル』!」
会場がざわつく。期待と興奮が渦巻く中、私は力を込めて話した。
「この機械をつければ、行きたい場所が、まるでそこにいるかのように目の前に映し出され、匂いも、空気の感じまで完璧に再現されます。そう、これがあればもう外に出る必要はありません。面倒な車の運転も、疲れる旅行も、危険な冒険も、何もいりません。なぜなら、行きたいと思えば、すぐに行けるからです。もっと言えば、歩くことすら、もう必要ないのです!」
みんなは『完全に自由だ』という言葉に酔いしれていた。
「力仕事なんて、もう昔の話です。そのためのお手伝いロボットも、もう使えるようになっています。何百年か前の人に比べ、今の人間は、考える力が何百倍も上がったと言われています。体は弱っても、脳はどこまでも進化するのです。そう、私たちはこの『ウルトラバーチャル』と補助ロボットの力で、完全に安全で安心な世界と、限りない可能性を手に入れたのです!」
私の言葉が終わると、会場は大きな拍手と歓声でいっぱいになった。鳴りやまない拍手の中、私はゆっくりと壇上を降り、体がふわりと軽くなるような足取りで会場を出た。これから、人類は最高の場所へたどり着くのだと、私は確信していたた――――
大きなモニターに、若い頃の私が話している講演の映像が流れていた。私の部屋だ。響く声はあの時と同じ、自信にあふれた声だった。
今はどうだ。まるで蝋のように細く、皮膚が薄くなった指を、目の前の宙に伸ばした。残ったわずかな力を振り絞り、震える手でリモコンのスイッチを押した。画面は吸い込まれるように真っ黒になった。昔の声だけが、私の頭の中にだけ虚しく響いていた。
あれから百数十年が経った。人工呼吸器につながれた私の体は、呼吸器以外はほとんど動かない。命を保つ機械の音だけが、部屋に響いていた。
かつて「考える力が何百倍も上がった」と自慢した私の脳だけが、おかしいほど大きくなり、わずかな筋肉も失われた今の私。
あの講演で私が笑った、昔の人が真剣に探していたという架空の宇宙人の姿が、ほかならぬ私自身の姿に。
完全に安全で安心な世界を信じ、人間の最高の状態を目指して作ったはずの発明が、私をこの動かない体に閉じ込めた。外とのつながりは、今やこの冷たいモニターに映る、偽りの姿でしかない。本当の感触も、土の匂いも、風の温かさも、すべてが幻になった。
まさか、こうなるとは。
まさか、こうなるとは 御戸代天真 @Pegasus
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