ラブ・マジック
鷹城千萱
ラブ・マジック
「ねえ
朝の通学路にて、親友の
「仕方ないなぁ……それじゃあ行くよ?……あなたが好きなものを、目を閉じて強く念じてください」
唯が目を細めて祈っているのを確認すると、私は被っていた黒のキャップ帽を手に取った。そして、
「アブラカタメコイメオオメ……はい、目を開けてください。あなたが好きなものは、『これ』ですね?」
私はそう言いながら、帽子から唯の好きなもの──可愛らしい猫のぬいぐるみを取り出してみせた。
「うわあーーー、ありがとう美嘉! これずっと欲しかったんだよねー」
「私は通販サイトじゃないっつーの。でも、よかったね」
ぬいぐるみを抱きしめてキスまでしている唯をよそに、私は再び学校へと歩き始めた。
今のが私のマジックである。「帽子から相手の好きなものを取り出す」というありきたりなものだが、さっきのような小物から据え置きゲーム機のような大物まで何でも取り出せるため、巷では「西高の天才魔術師」だなんて言われているらしい。しかし天才だなんて畏れ多い。何故なら、
これはマジックではなく、「魔法」そのものなのだから。
そう、私のマジックは全てこの不思議な帽子による魔法なのである。考えてもみてほしい。何故、相手の好きなものをドンピシャで当てられるのか。何故、頭をすっぽり覆うキャップからぬいぐるみが出てくるのか。答えは簡単、これが魔法の帽子だからだ。帽子が読心術から物の転送まで全て一人(一個?)でやっているのだ。私も最初は、まさか在庫処分で買ったキャップにそんな力があるとは信じられなかったが、当時欲しかった秋の新作コスメが帽子からゴロゴロ出てきたのでは信じざるを得ない。その後、放課後の屋上で色々試しているところをおしゃべりな男子に見られ、今ではマジシャンとして名が売れてしまった。最初は若干誇らしかったが、今では魔法がバレることへの危機感の方が強い。そこで、今日はこのことをとある男に相談しに行く。
私は昼休み、その男を屋上に呼び出した。
「久しぶりね、
「そうだなあ、クラス変わってから美嘉ともあんまり会わなくなったな」
「その……よければ今度、一緒に遊園地とか行けたらいいなって……」
「……? ごめん、風が強くて聴き取れなかった」
「バカ!」
この男が私の幼馴染である悠斗だ。最初に言っておくが、私はこの男に恋をしている。幼い頃からずっと一緒にいて、病弱な私を何度も助けてくれたのだ。もちろん好きだし付き合いたい。しかし、このように鈍感系男子であるため未だ何の進展もない。いけずな男だ。
「そんなことよりどうしたんだ、急に呼び出して」
「そうだった。あのね悠斗、私は今までずっと『帽子からものを取り出す』っていうマジックをしてたじゃない」
「してたな。アレ地味に気になってたんだ、種明かしでもしてくれるのか?」
「あれね、本当はマジックじゃないの。全部この帽子が起こしてる魔法なの」
「……いい精神科があるんだ」
困惑と心配が最大限含まれた声音で、悠斗は私を異常者扱いした。
「失礼ね、本当なんだってば! 見てて。悠斗が好きなもの、出してあげるから」
「そんなことしなくたって……」
「いいからいいから、これはプレゼントよ。さあ、好きなものを思い浮かべて」
「……」
悠斗が目を閉じたのを確認すると、私は帽子から悠斗が好きなものを取り出し──
「アブラカタメコイメオオメ……あれ?」
出てこない。今まで一度も失敗したことはないのに。何故。
「……おーい、もう目開けていいか?」
「えっ? ああ、うん、いいよ……ねえ悠斗どうしよう、魔法が発動しないの」
「……実は今まで出してたものも幻覚だった、ってことはないか? 精神が崩れるとそういう現象も起きるらしい」
「なっ……! まさかそんなわけ……あるかも」
言われてみれば確かに荒唐無稽な話だ。何でも出せる魔法の帽子なんて、(自主規制)や(自主規制)などの漫画でしか見たことがない。私は意気消沈し、その場にへたり込んだ。
「気分悪いなら早退するか? 家まで送ってもいいけど」
「……相変わらず優しいね、ゆーくん」
「……恥ずかしいからその呼び方はやめてくれ」
「ごめんごめん。久しぶりに二人きりになれて、懐かしくなっちゃった」
私はゆーくん、もとい悠斗が差し出した手を取って立ち上がった。
「おっ、二人ともおアツいねぇ!」
声のする方を見ると、例のおしゃべりな男子がいた。こいつのせいで私は「西高の天才魔術師」になってしまったのだ。
「……アンタ、絶対に言うんじゃないわよ」
「えー、どうしようかなあ? 天才魔術師がなんとアチアチの恋をしtむぐっ」
「……これあげるから黙っときなさい」
私はとっさに帽子に手を入れ、コイツの好きなものであるグラビア切り抜きを詠唱省略で口に突っ込んであげた。本当に下品な男だ。悠斗と比べたら月とすっぽん、いやダニ同然である。
「わ、わかった……うおおおおありがとうございます!」
ダニは奇声をあげてその場から走り去った。気持ち悪いが、これにて一件落着である。
「……今、私魔法使えてたよね?」
「ああ、魔法使えてたな」
そう、先ほどこの魔法の帽子は完璧に作動したのだ。私は大きな悔しさに包まれた。しかし、それは魔法の調子が悪いからではなく、悠斗に好きなものをプレゼントできないからである。私は今年の春にこの帽子を手に入れて以来、色んな人に「好きなもの」を渡してきた。でも私は、他の誰よりも悠斗にプレゼントをしたいのだ。病弱だった私をずっと支えてくれたことへの感謝として、そしてなにより好きな人へのラブコールとして。
「……ねえ悠斗、これからしばらく一緒に登下校しない? この不調の原因を暴きたいの」
「もちろんそれはいいけど……そんなので治るかな」
「いいから! あっ、もう授業始まる! とりあえず放課後に下駄箱でね!」
私は早口でそう告げると、逃げるように自分の教室へ戻った。
何故かって? 決まっているだろう。一緒に登下校できることがとんでもなく嬉しくて、顔が真っ赤になってしまったからだ。
それから、私と悠斗は常に一緒に行動するようになった。登下校はもちろん、昼休みや家に帰ってからも話したり遊んだりしていた。たちまち学校中の噂になったが、もはや何も気にならない。好きな人と一緒に居られる。同じ話をして、笑い合ったり、泣き合ったりできる。私にとって、これほど幸せなことはなかった。
でも、悠斗の好きなものは一向に出すことができなかった。他の友達で試したときは毎回必ず取り出せたので、本当に謎である。親友の唯なんてもう十回はこの魔法を目の前で見ているのに、未だにマジックだと信じて疑っていない。心配になるレベルのバカだが、恋愛相談をすると的確なアドバイスをしてくれるのでありがたい限りだ。でもこの前言われた、
「悠斗くん押しに弱そうだしさ、押し倒したら行けるんじゃない?」
には納得しかねた。そんなことができるなら、私たちは幼稚園の頃に付き合えている。
そうして月日は流れ、気づけば悠斗の誕生日──二月十四日が迫っていた。偶然にもバレンタインと被っているが、まさかチョコしか渡さないなんて無粋な真似はしない。全てはこの日のために頑張ってきた。悠斗の誕生日にこそこの魔法を成功させて、最高のプレゼントを渡すのだ。
そして来たる二月十四日、昼休み。
「じゃあまた、放課後に裏門の木の下で」
そう言って、私と悠斗は自分の教室へ戻った。最近は集合場所も恋人チックになってきて、喜びと照れくささが同時に来る。未だに悠斗からの返事どころか、私からの告白も発生していないのだが。
溶けるから、という理由で既にバレンタインチョコは渡している。が、もちろん本命は誕生日プレゼントの「悠斗の好きなもの」である。もし失敗したとしても、その後一緒にプレゼントを買いに行くというサブプランもある。完璧だ。
──今日こそ成功させる。私は覚悟を決め、五、六限の体育のために体育館へ向かった。
そして放課後。
「……帽子が、ない……?」
私のロッカーは無理やりこじ開けられており、入れていた魔法の帽子はきれいさっぱりなくなっていた。
私は必死で探した。教室中はもちろん、廊下から校庭に至るまでくまなくだ。それでも帽子は見つからず、私はフラフラになりながら裏門の木までやってきた。もう間もなく日の入りである。いくら悠斗でも流石に怒って帰ってしまっただろう。そう思っていると、
「お、美嘉か。ずいぶん遅かったな」
悠斗はそこで待っていてくれた。
口元から血を流し、右手に魔法の帽子を持って。
私は翌日、学校を休んだ。
後から聞いた話だが、噂を聞き付けた不良が魔法の帽子に興味を持ち、私がいない間に盗んでいたらしい。それを悠斗が見かけ、殴り合いの喧嘩になりながらも取り返してくれた、とのことだ。やっぱり悠斗……ゆーくんは優しいのだ。いつも私を守ってくれて、私の知らないところでも私のために戦ってくれて。それなのに、私は、私は……
「美嘉―、悠斗くんがお見舞いに来てくれてるわよー」
私はあの日、悠斗に会った直後に疲労から気絶してしまったため、未だに何も言えていない。帽子を取り返してくれたうえに家まで運んでくれた感謝も、怪我をさせてしまったことへの謝罪も。
今、帽子は手元にある。悠斗が私を届けた時に返してくれたのだ。本当に、いくらお礼をしてもし足りない。でも、今の私に悠斗と会う勇気はない。あんなことがあった後では、ゆーくんに合わせる顔がない──
「……おーい、大丈夫か? 美嘉」
「!!! ゆ、ゆーくん……?」
「だからその呼び方やめろって」
びっくりした。気づいたら目の前にゆーくんがいた。そういえばさっき母がそんなことを言っていた気がする。ボーっとしすぎていた。
「ゆーくん、本当にごめん。本当に、本当に……」
「そんな気にすんなって。人として当然のことをしたまでだ」
「……ありがとう、ゆーくん……」
涙が止まらない。ゆーくんは、私には過ぎた人間だ。付き合いたいなんて、烏滸がましいのかもしれない。
「……それでさ、美嘉。今日はもう一つ、話したいことがあるんだ」
「うん、何?」
「実は俺、もうすぐ引っ越すんだ」
部屋の中の、いや世界の時間が止まった。
「この間急に決まった話なんだけどさ、親の都合で高3から東京の高校に通うことになって……終業式の次の日から向こうで暮らすんだ」
「……そ、そうなんだ……ってことは私たち、あと半月でお別れなんだね……」
言葉の自傷が止まらない。苦しい、痛い。だが、こうでもしなければ、私は今にでも再び気絶してしまいそうだ。
「だから今日は挨拶に来た。美嘉、今までずっと仲良くしてくれてありがとう。ぼっちの俺にとって、美嘉と過ごした時間はめちゃくちゃ楽しかった。来年はたまにしか会えないけど、大学生になったらまたいっぱい遊ぼう」
「……うん……あ、そうだ」
私は目から溢れ出る洪水をこらえながら、ゆーくんに帽子を渡した。
「そんなに私が大事なら、この帽子を私だと思って持って行って。魔法だって使えるわよ」
「でも、そうしたらお前が……」
「私はいいの。誕生日プレゼント、結局渡せなかったし。……それに、これのせいでゆーくんを傷つけちゃったんだから……」
「……分かった、貰うよ。ありがとうな」
それから数十分の間、私とゆーくんはいろんな話をした。そして、
「それじゃあ帰るよ。また電話しようぜ」
「……うん。またね」
そう言って、ゆーくんは家へと帰った。
その一月後、悠斗は東京に引っ越した。幼馴染ということもあり家族総出で駅まで見送りに行ったが、「また夏に遊ぼう」とか「着いたら連絡する」とか、ありきたりなことしか言えなかった。
ふと、自分があの時、ゆーくんが帰るときに言った言葉について考える。
──「また」とはいつなんだろうか。その時が来たとして、私はゆーくんと上手く話せるのだろうか。
そんなことしか考えられないまま、私は夜通し枕を涙で濡らした。
「結局、告白できなかったなあ……」
翌朝、一睡もできなかった私がベッドで悶々としながらつぶやいたその時。
「……やっぱり」
「……ゆーくん?」
帽子から飛び出た私の目の前に、悠斗がいた。
「ここは東京、俺の新しい家だ」
「え、な、なんで……?」
「突然すまないな。美嘉、俺は気づいたんだ。何故俺に対してだけ魔法が失敗するのか」
「え、な、なんで……?」
「俺が美嘉のことを好きだからだ」
時間が止まった。しかし、今度は良い意味で、である。
「あの魔法は『遠くにある』相手の好きなものを取り出す魔法だったんだ。美嘉はいつも俺と一緒にいたから発動しなかった、ということだ。考えてみれば簡単なのに、今の今までわからなかった」
「……」
「美嘉、俺はずっと、それこそ幼稚園の時からお前が好きだった。中学くらいから、ずっとお前に告白したかった。でもできなかった──あの楽しい毎日が壊れるのが怖くてな。顔にこそ出さなかったが、本当はずっとドキドキしてた。──なんなら、今この瞬間も」
「……う、うわあああん!!」
私は号泣しながら、ゆーくんに抱きついた。
「やっと言える……私もゆーくんのことが好き! 大好き! ずっと、ずっと……」
「……両想いだったわけか」
「今更!? どんだけ鈍感なのよ!」
私たちは時間を忘れて愛を語り合った。なんで帽子の仕組みに気づけたかとか、この後どうやって東京から帰るかとか、今はそんなことどうでもいい。
私は今、好きな人と愛し合える魔法をかけられているのだから。
ラブ・マジック 鷹城千萱 @Tikaya_Hawks
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