時計の隠されたデスクを地球とするなら、私は人工衛星だろうか

神楽森志保

第1話

 私のデスクでは全ての時計が隠されている。


 業務中、友人から貰った置き時計は伏せられ、パソコンのタスクバーは基本的に非表示、時計表示のある電話はディスプレイが見えない角度に傾けている。かと思うと、始業前と休み時間には時計を起こしたり表示させるのが同僚からは奇異に見えるようで、理由を尋ねられることがたまにある。その度、私は「時計が苦手なんです」と適当に誤魔化している。しかし、本当は私の時間感覚がちょっと変ということが理由なのだ。


 中学から高校まで、大体の授業が退屈だった。これは面白く無かったというよりも、私が勉強に対して前向きではなかったことが原因で、授業中に時計を見る回数が異様に多かった。その時、「見れば見るほど時計は進まない」ということに気がついた。


 例えば、長針が1分進むのには60秒かかる。その進み具合を確認するための下限は1回だ。1分後に時計を見れば1分進んだと分かる。対して上限は限り無く刻むことが出来るのだ。1秒ずつ進むのを確認するなら60回、更に1秒を細かく見ていくことだって可能なのだ。それに気付いた時、戦慄した。私を含めて教室全員に同じ時間が流れているとしても、時計を確認する回数が多い私はより長く感じてしまうのではないか。私はそれから時計が少し苦手になり、なるべく見ないように心がけるようになった。

 幸い、大学に入ってからは精神が勉強というものに追いついてきたのか、学ぶことが楽しくて時計を見ている暇なんて無かった。とはいえ、日常的に時計が目に入らないようにはしていた。


 時計は昔の人が何となく「生活の指針になる一日の長さがあったらいいな」みたいに思った所から発明が始まったのだと思う。しかし、時代を経る事に正確な時間を計ることができるようになった結果、現在の時計は絶対的な指針になりつつあるような気がしてしまう。時計は気分によらず1分を60秒で刻むけど、私は楽しければ1分は1秒くらいだし、辛ければ1分が1時間くらいに感じることだってある。私と時計の時間の捉え方にはズレがあるけれど、時計の時間は世界中で共有されていて、時計を見る度そちらに強制される感覚があるのだ。


 こんな考え方をしている内に時間への興味関心が強くなり、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『四畳半神話大系』といった時間を扱った作品の虜になった。そんな作品に触れる時は、副読本として二間瀬敏史監修の『現代物理学で解き明かす 時間はなぜ流れるのか』(NEWTON PRESS)を片手に持っておく。この本ではアインシュタインの特殊/一般相対性理論の解説やタイムトラベルの可否の検証を踏まえつつ、分かりやすく時間の正体が論じられている。時間が絶対的なものであると考えられていた時代から、重力の変化で進み方が変わるじゃんという時代を経て、天体の動きを考慮しつつ精密な1秒を割り出そうと研究が進められている現在を知ることで、時間という存在が絶対的に揺るがないものではないと再確認できる。そして、辛い時は私の周囲に恐ろしい程強い重力が働いており、時間の進み方がゆっくりになっているのだと理解できる。ありがとう、相対性理論。ありがとう、アインシュタイン。


 会社でここまでの詭弁を弄する訳にもいかないので「時計は苦手なんです」とだけ言うと、「仕事の時間の管理はどうしてるの?」と尋ねられる。そう、まるで一切時計を見ていない人みたいに伝わってしまうのである。ここまで読んだ方も同じ疑問を抱いているのかもしれないが、仕事中に時計を一切見ないなんてことはない。

 

 大切にしているのは、自分のペースで時計を見ることだ。視界に時計があると癖で時計を定期的に確認してしまう。そうすると「今ってまだ何時か」とか「あと3時間あるのか」みたいな雑念が入ってきて集中が途切れる。だから、一区切りついた段階で時計を見て、次の作業が終わるまで時計を見るのを最小限にする、ということを徹底している。勿論、人との約束がある時はデスク上のあらゆる時計が目に入る状態にして余裕で5分前に到着できるようにしておく。あくまで、自分だけで作業する時だけだ。


 他の人にとっては、時計を隠さなくても簡単にこのやり方ができるのだと思う。けれど、私はあらゆる時間を隠すことで「時計を確認したい」という心の動きを抑える必要がある。周囲からは奇異に見えるのだろうけど、私にとってはしっくり来ているやり方なのだ。現在の時間軸から離れて自分の時間軸で仕事をして、終わればまた現在の時間軸へと戻り、作業時間が足りなければ効率的な動きへ修正し、作業時間が余れば次の仕事を考える。私は世界で共有されている時間の重力から逃れつつ、そこと自分との差を常に修正し続けている。


 時計の隠されたデスクを地球とするなら、私は人工衛星だろうか。そんなことを考えながら週に5日、私は相対性理論を展開しながらデスクをくるくると回っているのである。

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時計の隠されたデスクを地球とするなら、私は人工衛星だろうか 神楽森志保 @Kagamin0707

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