第2話
依頼を受けると告げた瞬間、場の空気が静かに変わった。
まず口を開いたのは、身なりの良い壮年の男性だった。
「本日は、お時間をいただきありがとうございます」
声は落ち着いている。
感情を抑えた話し方。役人か、それに近い立場の人間だろう。
「私は今回の件の窓口を務めております。名乗るほどの者ではありませんが……」
名を伏せる。
それだけで、この依頼が表に出せない類のものだと察しがついた。
続いて、少女が一歩前に出る。
白髪に蒼い瞳。
年相応の幼さを残した顔立ちだが、立ち居振る舞いはどこか尊大だった。
「ノルン・ハーディス」
胸を張り、堂々と名乗る。
「今回の依頼主だ。引き受けてくれて感謝するよ、天童大貴」
神様が依頼主。この時点で、普通の仕事じゃないのは確定している。
「……こちらこそ」
短く返すと、ノルンは満足そうに頷いた。
「本来なら、直接声を掛けるつもりだったのだがね」
その言葉と同時に、頭の奥に声が響いた。
(君はまだ探索者一年目。実力はあっても、信用が足りない)
念話…だろうか? どうやら周囲には聞こえていないようだ。
(だから彼を通した)
ノルンの視線が、横に立つ男――ローウェンへ向く。
「俺が推薦した」
ローウェンが簡潔に言った。
「腕は確かだ。余計なことも言わねえ」
それだけ。
擁護も説明もないが、それで十分だった。
「今回は、お前一人に任せる」
ローウェンはそう続ける。
「俺はここまでだ」
依頼の場に立ち会っただけで、同行するつもりは最初からないらしい。
それについては正直、少しだけ安堵した。
この手の仕事は、自分一人の方が動きやすい。
「では、依頼の話だが――」
役人風の男が口を開きかけたところで、ノルンが手を上げた。
「詳細は、ここでは話さない」
きっぱりと。
「守秘義務がある。聞かなくていい。
現地に向かえば、必要な情報だけは分かる」
随分と雑な説明だ。
だが、神様が言うならそうなのだろう。
「内容を伏せたままでも、受けるかい?」
試すような視線が向けられる。
少しだけ考える。
だが、答えは最初から決まっていた。
戸籍もなく、後ろ盾もない。
探索者になって一年の俺が、生きていく手段は限られている。
そして何より――
目の前の存在が、断らせる気で来ていない。
「受けます」
そう告げると、ノルンは嬉しそうに笑った。
「よろしい」
まるで最初から決まっていた結論のように。
「では、準備が整い次第、現地へ向かおう」
それだけ言って、ノルンは踵を返す。
ローウェンと目が合った。
彼は小さく頷くだけで、何も言わなかった。
――この依頼が、普通でないことは分かっている。
だが、断る理由も、今の俺には無かった。
◇ ◇ ◇
現地へ向かうゴーレム馬車――馬の代わりに馬型のゴーレムが牽引する馬車の中で、ノルンは何でもないことのように言った。
「一応、表向きの立場は用意してある」
殆ど揺れない車内。向かいの席で足を組み、少女は窓の外を眺めている。
「ハーディス家の令嬢、ということになっている」
……貴族。
思わず視線を向けると、ノルンは楽しそうに口角を上げた。
「何だい。その顔は。嘘だと思ったか?」
「まあ……はい」
正直に言うと、彼女はやれやれと肩を揺らす。
「嘘ではないよ。正確には“後付け”だがね」
(器として、この世界に根差す必要があった)
また念話だ。
周囲に聞かせる気はないらしい。
(神が長く留まるには、因果が要る。血筋、家名、立場……
そういったものが無ければ、世界がこちらを弾く)
なるほど。
神様にも色々と事情があるらしい。
「時系列は気にしないでくれたまえ」
ノルンはあっけらかんと言った。
「この世界にとって“そうであった”なら、それで成立する」
納得は出来ないが、理解は出来る。
この少女が神である以上、細かい理屈を気にしても仕方がない。
◇ ◇ ◇
現地は、港からさらに離れた海沿いの廃区画だった。
かつて倉庫や作業場が並んでいたであろう建物群は、半ば崩れ、半ば抉れたような傷跡を晒している。火災とも爆発とも違う。力任せに叩き壊されたような、嫌な荒れ方だ。
「……空気が重いな」
口に出してから、理由に気づいた。
これは瘴気だ。主にダンジョン内で発生する、人体に有害で魔力を侵す性質を持つもの。濃くはない。だが確実に存在している。肺の奥に、じわりとした違和感が残る程度の薄さ。それでも、ダンジョンの外で感じる類のものではなかった。
「私はこれ以上は近づけない」
役人風の男がそう告げる。
「我々の調査団が二つ、消息を絶った。現場もこの有様では、まともに運用することも出来ない。こちらとしても出来るだけ早く解決したいところだが、並の探索者では恐らく対応出来ず…という判断だ」
男はそう言って、ちらりとノルンを見る。
「では、これで失礼。ノルン様が同席されている以上、私が残る意味はない」
……依頼主の貴族のご令嬢を、俺(探索者)がいるとは言え危険地帯に残す。
護衛も付けず、説明だけ済ませて帰る。
(流石に変だろ? 洗脳でもされてるのか?)
あまりに不自然に思えて、一瞬そんな疑念すら浮かぶが、ノルンは何も言わない。
ただ、楽しそうに周囲を眺めているだけだ。
役人が立ち去り、完全に二人きりになる。
「さて」
ノルンが、くるりと振り返った。
「ここからは調査だ。無理はしなくていい。
君が危険だと判断したら、引いても構わない」
……何かを期待しているような眼で言う台詞じゃない気がするが、今さらだ。
「分かりました」
そう答え、俺は廃区画の奥へ足を向けた。
◇ ◇ ◇
進むにつれて、瘴気が濃くなる。
目に見えるほどではないが、肌がざらつく感覚がある。
嫌な予感が、背骨を伝って上がってくる。
「……来るな」
そう思った瞬間だった。
空気が、歪んだ。
視界の端で、何かが滲む。
次の瞬間――
何もなかったはずの空間から、魔物が現れた。
一体、二体じゃない。
複数だ。
獣型、甲殻型、人型に近いもの。
どれも動きが洗練され、迷いがない。
「……ダンジョン外で
呟きながら、即座に距離を取る。
分かる。
こいつらは、雑魚じゃない。
熟練の探索者が束になって、ようやく対応出来るかどうか。
英傑級が二、三人で分担すれば恐らく安定するが――
それでも油断すれば死人が出る。
ローウェンのパーティなら、間違いなく死ぬ。
「ふふ」
背後で、ノルンが小さく笑った。
「面白い現象だろう?
安心したまえ。私は自衛出来る」
言葉通り、下がる様子は一切ない。
完全に観測モードだ。
――なら、遠慮はいらない。
俺は、地面を蹴らなかった。
空を、蹴る。
足裏に反発点を作り、一気に上昇する。
魔物たちの視線が、一拍遅れた。
空中で体勢を変え、最初の一体へ踵を叩き込む。
衝撃。
甲殻が砕け、内部が潰れ、地面に崩れ落ちる。
鋼鉄のような防御力すら、紙屑を思わせる程に意味を失う。
そのまま着地はせず、もう一度空を踏む。
二歩、三歩。空中を走る感覚。
翼を生やした人型の魔物が、空から躍り出て、刃のような腕を振り上げてきた。それに対しては正面から、ここ一年を支えてくらた相棒のナイフを合わせる。
ただそれだけで――魔物の刃は砕け、そのまま首を落とす。俺自身の力もあるだろうが…それ以上にこのナイフ自体の硬度も普通では無いようである。
一度地面に着地した直後、背後から獣の魔物が飛びかかってくるが、残念ながら動きはそこまでは迅くない。初撃を避けた俺は尻尾を掴み、そのまま振り回し、その質量が、そのまま武器となるように投げる。
魔物同士が衝突し、数体まとめて地面に叩きつけられた。
地面が抉れ、瓦礫が舞う。
魔物の数はまだ多い。一気に片付けるために大きく跳躍後、掌を前に突き出す。腹の奥が熱を帯び、光も、詠唱もない、ただ、圧縮されたエネルギーが地面に向かって解き放たれる。
(この世界の魔法でも似たことは出来るみたいだけど…やっぱ全然プロセスが違うよなこれ…英雄と謳われるような魔導士なら数百単位の魔物も蹴散らすらしいけども)
放出されたエネルギーの奔流により、地上の魔物が、まとめて吹き飛んだ。骨が砕け、装甲が剥がれ、瘴気が霧散する。
それでも、数体が残るが…
一体。
明確に格が違う。
動きが洗練され、判断が早い。
(…高難度ダンジョンの深層でしか目撃例が無いような個体だ)
俺は、空中で足を止めた。
完全な空中静止。
そして――闘気を解放する。
空気が震え、膜が身体を覆う。
世界が一段、軽くなる。
魔物が踏み込むより早く、距離を詰める。
頭部を、片手で掴む。
抵抗を受けるが、関係ない。
指に力を込める。
ミシミシと音を立てる内に感触が変わり――
砕けた。
英傑級の探索者が複数で対処する程の魔物が、ただの人間の握力によって頭部を失い、崩れ落ちる。
残った数少ない魔物は、逃げようとした。
判断としては正しい。
だが、遅い。空を蹴り、追いつき、背中から叩き潰す。
最後の一体が倒れた時、周囲は完全な静寂に包まれていた。
瘴気は薄れ、空間の歪みも消えていく。
「……」
息を整えながら、振り返る。
ノルンは、心底楽しそうに拍手をしていた。
「素晴らしい。
熟練と英傑が束になって対応する案件を、一人で制圧するとは」
観測者の目だ。評価でも、称賛でもない。
「やはり、成長してくれると嬉しいね」
その言葉は、どこか少し本音のようにも思えた。
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