友達以上恋人未満の幼馴染男女が蟹脚を巡ってバトルする(イチャイチャする)だけの話

無雲律人

最後の『手』は自分のものだ!

 ────蟹。


 蟹、それは平和な食卓に波乱を巻き起こす存在感抜群の高級食材である。


 これは、友達以上恋人未満の男女が一本の蟹脚を巡って死闘を繰り広げる(イチャイチャするとも言う)、そんなバトルを巡る話である──。


◇  ◇  ◇


「あと……一本ね……」

「あぁ、そうだな。泣いても笑ってもこのハサミの部分一本だけだ」


 女の方をナツ、男の方を冬馬という。この男女は、向かい合って座っているコタツで、一本の蟹脚を巡って眼光鋭く火花を散らし合っている。


「これって……『手』よね? ハサミが付いているもの。この部分で獲物を掴んだりするんだし、紛れもなく『手』よ」

「いや、これは脚だ。蟹は十脚目単尾下目たんびかもくに属する甲殻類の総称だ。だから、ハサミの部分も含めて全て脚だ」

「何よ、私にうんちくを垂れようって言うの? それもお得意のWi〇ipediaでしょう?」

「Wikip〇diaをバカにするのか? Wikiped〇aはネットの宝、さらには世界の宝だぞ」

「W〇kipediaをバカにしているわけじゃないわよ。そこで得た知識をまんま口にしているあんたをバカにしているのよ」

「何だと……もの知らずのナツに言われたくはない。蟹も脚を手と間違われていては可哀想だ。よってこのハサミの部分は俺が食う」


 冬馬は残った一脚に手を伸ばす。その腕をナツが制止する。


「ちょっと待ちなさいよ。うんちく野郎はうんちく語って満足していれば良いのよ。冬馬よりも私の方が蟹を愛しているわ。だからこのハサミの部分は私が貰う」


 すると冬馬はこめかみに青筋を立てて反論し始めた。


「何を言ってるんだナツ。俺の名前は冬に馬と書いて冬馬だぞ。冬生まれの俺の方が蟹を愛しているに違いないじゃないか。お前はなんせナツって名前の夏生まれ。蟹とは縁もゆかりもないだろう」


 今度はナツが眉間に皺を寄せて反論する。


「夏生まれが蟹を愛しちゃいけないっていうの? そんなの差別だわ。令和イズムじゃないわ。とんだ差別野郎ね。やっぱりこのハサミの部分は私が貰う!」


 一触即発である。アラサーともなる男女が、一脚の蟹脚を巡って真剣にバトルをしているのである。


「分かった。そこまで言うなら、じゃんけんで決めよう」

「じゃんけんですって……?」

「ナツはこのハサミの部分が『手』だって主張するんだろう? なら、その決着も『手』で決めようじゃないか」

「なるほどね。望む所よ」


◇  ◇  ◇


 コタツから出た二人は、テーブルを挟んで立ち上り準備運動をしている。腕を伸ばしたり、背筋を伸ばしたり、さらには手を組んで捻じった部分から隙間を覗いてじゃんけんの手を決めるという昭和イズムな行為までしている。この二人は平成生まれのはずだが、どこでそんな行為を学んできたのだろうか。


「じゃぁ行くぞ。最初はグーからだ!」

「来なさい。ぶちのめしてやるわ」


「「最初はグー! じゃんけんぽん!」」


 ……冬馬はチョキ。ナツもチョキだ。


 この場合、あいこなので戦いは続くはずだが、何故か二人は拳を下ろして視線を交わし合う。


「ナツ……いくらハサミの部分が食べたいからって、チョキを出すのは安直だろう」

「それを言うならあんただってチョキじゃない。そのお言葉、熨斗付けて返してやるわ」

「あいこだな。この勝負、もう一度だ!」

「次こそぶちのめしてやるわ」


「「最初はグー! じゃんけんぽん!」」


 ……冬馬はグー。ナツもグーだ。


 またあいこなので、この場合も戦いは続けるべきなのだが、またもや二人は拳を下ろして視線を交わし合い、そして苦虫を嚙み潰したような表情をする。


「ナツ……チョキに勝つのはグーだと思っただろう? やっぱりお前は考えが安直なんだよ」

「あんただってグーじゃない。私と同じ手を出しておいてよくもそんな偉そうな口が利けるわね。熨斗を百枚付けて返してやるわ」


 その後も二人はじゃんけんを続けたが、三十分続けても決着が付かない。この二人の息はぴったりと合っているのである。もしくは、究極的な似た者同士なのである。手の内が全く同じなのである。


「はぁ……はぁ……。冬馬……レディーファーストしなさいよ。幼馴染のこの私が最後の蟹の『手』を食べたいって言ってるのよ。譲りなさいよ……」

「ここまで来てあっさりと引き下がれるものか……! それと、これは『手』じゃない。『脚』だ!」

「とりあえず私、トイレに行きたくなって来たわ。さっきからビールをけっこう飲んでいたから」

「あぁ、行って来い」

「その間に食べてしまったら、末代まで呪うわよ?」

「俺がそんな卑怯者に見えるのか?」

「見えるし、思うわ」

「心外だな。なら俺もトイレについて行こうか?」

「ど変態じゃない」

「なら俺を信じろ」

「分かったわ」


 そうしてナツはトイレへと身を翻した。そして二歩歩いた瞬間……。


 ──ドガッ!


 ナツは誰かとぶつかった。


「痛っ! 何よ! 誰よ!?」

「おー、ナツか。すまねぇ。ただいまぁ! お兄ちゃんのご帰宅だぞ‼」


 これはナツの二個上の兄、春人である。


「おっ! 蟹があるじゃねぇか! あー、もうこれしかない! お兄ちゃんの分とっといてくれないとか酷過ぎる! じゃ、いただきまぁぁぁす!」

「「え……」」


 春人の行動は疾風の如きであった。目にも止まらぬ速さで最後の一脚に手を伸ばしたかと思うと、猛烈な勢いで殻を剥いてあっという間に食べてしまった。


「な、何すんのよこのクソ兄貴‼」

「酷いっすよ春人さん‼」

「……え?」



 ◇  ◇  ◇


 このお話は、友達以上恋人未満の幼馴染男女が一本の蟹脚を巡って死闘を繰り広げる(イチャイチャするとも言う)、そんなバトルを巡る話である。たかが蟹脚一本を巡ってここまで熱くなれるのも、二人の相性が抜群だという証だろう。


 ただ、この二人の間には、お察しの通り色気というものが欠落している。


 だから、この二人が恋人同士になるのはまだまだ先の話なのである──。



────了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

友達以上恋人未満の幼馴染男女が蟹脚を巡ってバトルする(イチャイチャする)だけの話 無雲律人 @moonlit_fables

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画