次は、君の番。

鹿の子

第1話 起源

『速報です。アメリカの天文学者が先程、“今から3ヶ月後に隕石が落ちる”という発表をしました』

まだ睡魔が襲ってくる朝6時、私にとってとても興味深いニュースが流れた。

「ママ!もしかしたら地球滅亡するって、偉い人が言ってるっ」

朝ごはんの支度をいそいそと励んでいる母に向かって、私は嬉々として伝えた。

「まーたそういうの信じてるの?高校生になってもそれは心配するわ」

まるで相手にしていないかのように、単調に言った。

私は腹を立て、頬を膨らまし、ソファで歯磨きをしている弟にも言った。

「ね湊、凄いよね!」

起きて直ぐにスマホを開く湊は、私に目を合わすこともなく、ただ呆れた顔をして呟いた。

「陰謀論信じるとか、ありえねー」

庭に居る小鳥のさえずりが、静かな空間に響いた。

「はー?!陰謀論っ!出た出た、今時の中学二年生は厨二病だもんね!!かっこいい言葉使ってて偉いですね〜」

眠気も一気に覚め、私は早口で捲し立てた。再びテレビを見ようと体の向きを変えると、頭に何かが当たった。ティッシュ箱だった。

「そうやって年でしかマウント取れないバカアホ姉ちゃんが調子乗んな!」

今度はスマホを投げようと構えている湊が目に映り、私は顔を背けて叫んだ。

「ギブギブごめんっ!冗談だよ」

「朝からうるっさい!!暇なら手伝いなさいっ!」

キッチンから母の怒声が飛びかかり、私と湊は目を合わせて、渋々従った。

「たっく、俺のせいじゃねえし」

ブツブツと湊が呟きながら、皿出しをしていた。内心鬱陶しいとは思いつつも、怒られたくない一心から、何も言わなかった。

『数々の専門家の調査でも、確かに3ヶ月後に特大のメテオが地球に衝突するということです。自転周期を考慮すると、最も被害を受けるのは日本だそうです』

アナウンサーの男の人は淡々と話した。結局、この人も信じていないんだろうな。きっと、ただの嘘の火事だと思ってるくらいだ。

「ほら天音、早くご飯食べて学校へお行き」

いつの間にか朝食が目の前に完成していて、思わず飛び跳ねた。母にも哀れな目を向けられ、私は俯いた。

「…ほんとだし」

ぼそっと私が言うと湊は口を開いた。

「専門家とかの情報を何でも鵜呑みにする人って、“権威主義”って言うらしいよ」

両手で掴んでいたパンをぐしゃっと潰し、私は立ち上がった。

「あのねえ…っっ」

「席立たない天音!食事中くらい仲良くやって頂戴」

これじゃあただ私の怒りが溜まる一方じゃんか。やっぱり兄弟がある家庭で損をするのは、決まって年上なんだ。

溜息をついて、ガツガツと食事をした。

「もー、ゆっくり噛んで」

母も母だ。少しくらいは子供の言うことを信じてよ。バターのパンと、ハムエッグ、ウィンナーとサラダとスープの裏に、母の顔が見える。

「ムキーッ!」

全部を一口で頬張り、お茶で流し込んだ。

そして走って自分の部屋へ行き、着替え、家を出た。

「行ってきますっ!お母さん今日も美味しかったよ朝ごはん!」

思いっきり玄関を閉め、歩き始めた。

「も〜根はいい子なんだけどねえ」

「どこがだよあの馬鹿姉貴」

いや聞こえてますが。窓空いてること忘れてるでしょ。

いつものコンクリートの道を抜け、公園を通る。

「ん〜!やっぱ自然が1番!」

喧騒な家の中と比べて、毎日の通学路は閑散としている。けれどそこが良い。

ゆっくり伸びをしながら進むと、2匹のカラスが市街のゴミ袋を突っついていた。

「…そういえばカラスって神の遣いなんだっけ」

カラス達に近づいて、しゃがんで話しかけた。

「カアッ、カアッ」

「へえー、やっぱりそうなんだ」

真っ黒な体に赤い目というギャップが凄く可愛い。

「そんなにお腹空いてるんだったら、カロリーメイトあげちゃうよ」

今日のお昼ご飯のつもりだったカロリーメイトを、1つを半分にして地面に置いた。

「わあ、ちゃんと食べてる」

顔が綻びながらその様子を見ていると、私の後ろに、自転車が止まった。

「…カラスは悪魔の遣い」

低い声が私の耳に囁かれ、がばっと振り返った。

「なんだ、海斗か」

尻もちを着いて腰を抜かすと、それに驚いたカラス達が飛んで行ってしまった。

「あーあ、神様があ」

「神様じゃなくて悪魔な」

ロードバイクに跨るこの男ーー山田海斗は小さい頃からの幼馴染で、尽く私と反対の意見を貫くウザイ奴だ。

「ところであと10分で授業欠席にされるけれどいいの?」

高校は中学校、小学校と違って単位というものがある。1時限毎に出席が取られ、遅刻は20分以内ならば許される。けれどそれを超えてしまうと、欠席となって、単位を1落とすことになる。

「え嘘!もうそんな時間なの!?」

実は以前まで私は何回も遅刻をしている為、そろそろアウトになりそうなんだ。

「うん。後ろに乗る?」

彼が叩いたのは、サドルの後ろにある何も無い空間。

「ロードは乗れないでしょうが!このバカ!」

私は急いで走って、学校へ向かった。1km離れているが、10分ならば余裕で間に合うだろう。

「それじゃあ先行くね」

海斗は優雅に自転車を漕ぎ始め、私の横を抜いて行った。

「あー、なんでもっと早く気づかなかったんだろう」

ギラギラと照らす朝日が、私の影を作る。

半袖のワイシャツが汗で滲み、ベトベトし始めた。夏はやはり嫌いだ。

横断歩道の手前まで来ると、信号は赤だった。

「この長いんだよなー、ええい行っちゃえ」

車は誰も来ていないし、今なら行けると思って足を踏み出した。

けれど気づかなかった。そこに透明な何かがいるなんて。ただ空気が歪んでいるのだけが見えた。

けたたましい音と共に私は撥ねられ、地面に倒れ込んだ。真っ赤な血が熱いコンクリートの上を流れる。

耳鳴りがする。

視界が揺れる。

これは死ぬかなぁ。

死に際って、こんなにも穏やかで居られるんだ。

そこに2匹のカラスが私の目の前に止まる。

「カアッ…カアカア」

「カアカアカアッ」

必死に何かを訴えたカラスの言葉を聞きながら、間もなくして現れた救急車が私を担架に乗せて、治療を始めた。


「本当に摩訶不思議ですねえ。防犯カメラで見ても、水瀬天音さんを撥ねたのは透明な“何か”なんですからねえ」

警察のおじさんが包帯で巻かれた私に幾つか、質問をした後に言った。

「どうかお願いします…娘を殺そうとした人を探し出してください」

母は泣きながら懇願した。湊はその横で、ただ佇んでる。

「悪いけど、青信号なのは車の方だからねえ。殺そうとした、は誤解じゃないかな」

考えながら呟く警察の人は、母から離れようと部屋を出て行った。

「…バカ姉ちゃん」

弟も目から一筋の涙を流して言った。

「大袈裟だよ…皆」

枯れた声で私が喋ると、母と湊は怒った。

「轢かれたのよ!貴方は!」

「轢かれたんだよ?!姉ちゃんは!」

でも少なからず私にも悪いところはあった。だから私が被害者ヅラをするのは違うだろう。

それにあのカラス達が最後に放った言葉ーーどんな意味があるのだろう。

「水瀬!無事かっ?」

汗だくで病室に入ってきたのは海斗だった。

「ごめん…本当は10分じゃないんだ」

まだホームルームすら始まっていないーーそう告げた。

「冗談かあ…びっくりした。私、そんなにマイペースだったかなって、驚いちゃった」

てへ、と舌を出して海斗に笑いかけると、母は眉間に皺を寄せ、海斗に話しかけた。

「貴方が…娘と出会わなければ、こんなことにはならなかったのね!?」

海斗のネクタイを母が掴み、壁に押し当てた。

「っ!止めて、湊…」

湊に呼びかけても、動いてくれなかった。

「そうです、僕の責任です」

母より幾分も身長が高い彼は、視線を下にやって母と目を合わせていた。

「ふざけないでよ…!!娘が…死ぬとこだったのよ!!」

そして罵声を聞きつけた看護師達が止めに来てくれて、母と海斗、そして湊は出禁となった。

最後まで気に食わなそうにして泣いていたのは母だった。

「娘の顔を見させてよ…」

悲痛な叫びが廊下で聞こえて、私まで胸が痛んだ。

布団に被さって寝ようとしたところ、窓がトントン、とつつかれた。

「カラスだ」

私は腕だけを伸ばして、器用に窓を開けた。

「カアッカア」

翼を広げたその翼で私の手に触れた。

「わっ」

無重力のように私はたちまち浮かび、そのまま窓の外へと連れ出された。

「あれ、痛みが消えてる…」

よく見るとあれほどあった傷やチューブ、包帯は綺麗に取れていて、朝見た私の完璧な体だった。

三日月の下、私はカラスに連れられ浮遊していた。

「そっか…これから行くのか」

私は後ろを振り向いて、暗闇に染まる病院を去って行ったーー。

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