第2話

 雀の涙ほどの収入のアロンには、賃貸を借りる金も、まともな宿を取る金すらもない。

 彼は極貧宿で、自らと似た境遇の人々共に大部屋の床に横になる。

 村の腕利き剣士から億万を稼ぐ冒険者へと、そんな極一握りの成功者の夢物語を信じた大勢の末路がこれなのだ。

 それでも早朝には、腹を空かしながら、パーティのメンバーの経費購入などの書類を提出するために、ギルドへと向かう。


「おはようございます、アロン君」


「お、おはようございます、リカさん」


 受付嬢が優しい笑みを浮かべて、アロンは心拍数が跳ね上がる。

 アロンの唯一の癒しの時間と言えば、このギルドの受付嬢リカだ。

 少し年上の誰にでも優しい美人として、皆から慕われている。

 そして、ギルドの嘲笑の対象であるアロンにもその態度は変わらなかった。


「アロン君がもってくる書類は、しっかりとしていて助かるわ。

 冒険者の人って、少し大雑把な人が多いから、余計にね」


「い、いや……僕なんて」


「……鷹の目の人たち、少し酷いね。

 私からも言っておこうか?」


「いや、それはやめてください」


 リカの申し出に、アロンは慌てて断った。

 そんなことをすれば、メンバーが逆上するのは目に見えているし、最悪、彼女に危害が及ぶかもしれない。

 リカは悲しそうに眼を伏せた後、今度は別の提案をした。


「倍率は凄く高いんだけど、近々、事務員を募集するみたいなの。

 アロン君も受けてみない?」


「ありがとうございます。

 でも、僕は学校を出てないから、無理でしょう。

 それに、冒険者になるのは僕の夢でしたから」


「簡単には諦めたくないか……。

 わかった、私も陰ながら応援するね」


 リカの微笑みに、アロンは少し救われた。


 ◇


「は!? やばい!」


 一方、その頃、ゲイブは自分の宿で素っ頓狂な大声を上げてきた。


「ちょっとなによ?」


 実は彼と付き合っているバーバラが、うんざりとした声で尋ねる。


「どうもこうもあるかよ!」


 ゲイブは自分宛てに来た手紙を見て、騒いでいる。

 それは督促状だった。

 二人は見栄っ張りで、ブランド品を買いあさっていた。

 だが、所詮は中堅パーティ、二人は借金に借金を重ねていった。

 まともな銀行は二人に金を貸さなくなり、二人は闇の金融機関に手を出してしまった。

 そこから督促状が来たのだ。

 銀行相手なら、最悪逃げればいい。

 だが、裏社会のヒットマンたちは得物を逃がさない。

 ギルドの依頼をこなしていけば、返済できるとタカをくくっていたが、彼らは酒に、ブランド品にと買いあさっていたため、まるで金がなかった。


「やばいって!」


「待って、私にいい考えがあるわ」


 何かを閃いたバーバラは、意地の悪い笑みを浮かべた。


 ◇


「チャンスをくれるのか!?」


 ゲイブから、前衛に戻っていいと言われたアロンは歓喜の声を上げた。


「ま、不器用なりに頑張ってたんじゃないのって、昨晩話したのよ」


「ただし条件がある。何、これにサインするだけだ」


「ああ、なんにでもサインするよ!

 ……これって、督促状? 」


 アロンが書類の内容に気づいたことで、二人はぎくりとする。

 田舎者なら騙せると思ったが、皮肉なことに雑用で書類整理をやらされていたため、アロンにはそういう知識がついていた。

 一転して、アロンの表情が曇る。


「何の督促状か知らないし、深入りもしないけど、これにはサインできない」


 だが、ゲイブとバーバラも後には引けなかった。


「サインしないなら、もういい。

 仲間じゃない、今日の内にパーティを出ていけ」


「!? そんな横暴だ!」


「だって、そうでしょ。

 仲間が苦しんでいるのに、助けてくれないなんて仲間じゃない」


「バーバラさんだって、この目の傷を治癒してくれなかった!

 早く応急措置してくれたら、視力がなくなることはなかった!

 それにリーダー、ジェフさんは!?」


「ジェフがアンタの肩持つわけないでしょ?

 で、田舎を飛び出したアンタに、行先なんてあるの?」


「くっ……!」



 行ける、ゲイブは最後の一押しを決断した。


「督促状の請求額なんて、次の依頼をこなせば返済できる額なんだよ。

 レッド・リザードの討伐なんて、そんなに難しい依頼じゃないだろ。


 ちょっとしたスリルだと思えよ、こんなの、そんな小心者だからうまく行かねーの。

 次の依頼でちゃんと働けば、パーティのメンバーとして認めてやるからさぁ」


 アロンは迷った。

 絶対にサインするべきではない、と彼の理性が訴える。

 だが、拒否したら、パーティから追放。

 学のない自分が王都で就職できるわけもなく、田舎にも帰れそうにはない。

 それに……上手くやれば、冒険者として活躍できる輝かしい未来が待っているかもしれない。

 それは明らかに、楽観的かつ非現実的な甘ったれた考えだった。

 結局、彼はサインした。

 18歳になったばかりのアロンの、若さゆえの過ちだった。




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