【現代ファンタジー】右手に春の便り
花田(ハナダ)
第1話 郵便屋さん
怖くなどない。
冬も終わりに近い頃の、なんの変哲もない話。
冷たい曇り空の日のこと。
「子どもは風の子でしょ!」
と、母親に言われて家を追い出された。
それは特別なことではない。夏でも冬でも外で遊べと言われることが多かった。
これは、私だけではなく、どこにでもある話だ。
その日も近所の川沿いの砂利道を何の疑いもなく歩いていた。灰色の雲が日差しを遮り、空がいつもより暗いけれど、川の近くに来ると心は少し明るくなる。
姉たちは大きくなって遊んでくれなくなったし、友だちもいなかったから、この川沿いを歩くことが私の『遊び』になっていた。
学校から帰って一、ニ時間。一人でひたすら歩くという『遊び』は、やや儀式めいていて、どことなく神聖なものになっている。
私しか知らない、一人きりの『遊び』は少しも寂しくない。きっと寂しくない。
その理由は私しか知らなかった。
しばらく歩くと雪が降り出した。
ーー夕方から降り始め、積もるかもしれませんーー
そういえば天気予報でそんな事を言っていた。最初はチラチラと細やかだった雪は、次第に一片が大きくなり、紙吹雪みたいに景色を埋めていく。
この辺りで雪が降るのは珍しいことだった。
私は嬉しくなって、足取りも軽くなる。川沿いの道をどこまでも進んでいった。
気づいたときには、ずいぶん遠くへきてしまった。
(調子に乗りすぎたかも)
帰らないと夜になってしまうかもしれない。そろそろ引き返そうと振り返った時、声をかけられた。
「どうかしましたか?」
それは郵便屋さんのお兄さんだった。
でも、普通の郵便屋さんとは違った。
乗っているバイクは空を飛んでいて、私はお兄さんを見あげていた。
この川沿いを歩けば、いつもとは違う世界の誰かに会える。不思議な事が起きる。
だから私は川沿いを歩く『遊び』をやめられない。
「もう日が暮れますよ。もしかして迷子ですか?」
郵便屋さんのお兄さんはバイクに乗ったまま私をしげしげと見つめる。とても心配そうに。
「いいえ、ちょっと遠くに来てしまっただけ」
そう答えると、少しホッとしたように息をつく。それから、
「それなら家まで送りましょうか」
と、バイクの後ろを指さした。そこには子どもが1人乗れるくらいの小さなすき間があった。乗せてくれるのなら面白そうだと思う。でも、私は首を振った。
「ごめんなさい。知らない人について行っちゃダメなんだ」
「そうですか」
郵便屋さんのお兄さんは苦笑いをして、バイクを降りた。それから、私の右手を取り、
「じゃあ、お守りを」
と、言って、右の手のひらに何かを入れて、握らせた。
「何をいれたの?」
「開けちゃだめ!」
郵便屋さんは手を開こうとした私の右手を慌てて掴んだ。握りこぶしは大きな手で包み込まれた。
「どうして?」
「これは春の便りです。親御さんに届けてください」
郵便屋さんは大真面目な顔を私に近づけた。頬や首から北風の匂いがした。配達のためにずっとバイクを走らせているから、外の匂いが染み付いているのだろう。
「家に着くまで開いちゃだめですよ」
郵便屋さんの迫力に押され、私はコクリと頷いた。
「わかった。開けないよ」
答えた私に郵便屋さんは笑顔を落とした。
「約束です」
その優しくて柔らかな笑みに、私もわけもわからず安堵する。
「さよなら。気をつけて」
郵便屋さんはそう言うと、空飛ぶバイクに乗って颯爽と去っていった。
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